山賊 3
私達五人が持つ、一種のアドバンテージ。
諸事情により、私の持ち分は実家に封印中(置き去り)だけれども!
それでも私以外の四人は、自分の意思で扱うことが出来る。
オリバーの宙に漂う大海月、ジェリー。
属性は、風・雷。なお、クラス内では『美容ジェルの化身』の別名で知られる。
エドガーの小型灰色熊、セオドア。
属性は、土。私は若頭って内心で呼んでる。
フランツの都会派一つ目巨人、ディッセルハイム13世。
こいつの属性は……うーん、なんだろ? 魔法とか使ってるところは見たことない。
とりあえず、見た目通り物理特化の怪力モンスターだ。
そしてマティアスの大山椒魚、ミルキー。
こいつも時々マティアスの腕や肩をちょろちょろしているのは見るけど、特に何かをやっている場面は見たことがない。属性……種族的に水系っぽい気もするけど、海月が空を飛ぶ世界なんで明言はできない。
さて、役に立つのかどうかわからん使い魔も、一部いるけれども。
陽動・攪乱・脱出補助、色々と重宝できそうな使い魔もいる。
特に若頭とディッセルハイム13世へは期待大だ。
どちらもいざという時の隠し玉にする為、騎士陣営への突入前に周辺の草むらに伏せさせていた。
余談だが海月はオリバーが何か指示するまでもなく、自由にふらふらとどっかの空に消えた。
多分、そこらへんで今も浮遊している事だろう……。
使い魔契約を結んだは良いものの、未だにまともに意思の疎通は取れていないらしい。
頼りになる使い魔は、実質二頭。単位は頭で良いのかわからないけど、二頭。
だけど今日、私が最も注目しているヤツは若頭でもサイクロプスでもない。
「マティアス、ミルキーちゃんはどこにいるのかな?」
「なんで今聞くの……? ここに、いるけど」
ちょろり、マティアスの袖口から首を出すオオサンショウウオ。
服の下に潜ませるとか、殴り合いの末に転倒でもしたら潰しかねないと思うの私だけ? 荒事塗れな魔法騎士コースでその選択は色々危なくないかな?
まあ、そこの主従が問題にしていないんだったら良いんだろうけど……大山椒魚もソレそのものって訳じゃなくって実際、魔物な訳だし。標準の大山椒魚よりは頑丈なんだろう。多分。
「ねえ、マティアス」
「ん、何……?」
さて、マティアスは何やらキョトンとしているが。
私がミルキーちゃんに期待しているってのは、偽りじゃない。マジで期待しているんだ。
その、囮としてのポテンシャルを。
「ご主人様だから当然気付いているとは思うけど。今でもナイジェル君がミルキーちゃんを視界に入れる度にガン見して動きを追ってるの、私の気のせいじゃないよね」
「……っ」
確認するような私の言葉に、マティアスの顔が若干強張った。
表情は薄めだけど、見慣れればわかる。
物凄く、しまったって顔してやがんなぁ。
指摘されるまでもなく、マティアス本人は気付いていたに違いない。
何しろ腕や肩にミルキーがいると、ナイジェル君の視線が追尾してくるんだからな!
大山椒魚もナイジェル君の視線にはナニか思うところがあるのか……使い魔取得実習の時に捕獲されて何かされそうになった記憶を、今も保っているのか。
ナイジェル君の視線がミルキーに注がれると、一瞬硬直した後に気持ち急いだ様子でそそくさとマティアスの懐に潜り込んで隠れてしまう。そんな場面を、私は何度も見た。
うん、つまりさ。
結論を言うけど。
「ナイジェル君、まだミルキーを売りさばくこと諦めてなくね?」
「敢えて、見ないようにしてたのに……っ」
他人に所有権が移った時点で、諦めてはいるようだけど。それとこれとは別というか。
感情面での納得は、まだ完全にはしきれていない様子で。
つまり大山椒魚は、その場にいるだけでナイジェル君の思考を何割か独占する事が出来る。
ナイジェル君の気を逸らすのに、これほど適した存在もいるまい。
というわけで、大山椒魚にオーダーです。
ちょっくら行って、ナイジェル君の注意を引いてこい。
ぱかっと口を開けた大山椒魚が、なんだか絶望ってテーマを付けたくなるような表情をした気がした。両生類の顔色なんぞ判別できないので、多分気のせいだろう。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「ん……?」
サンドバッグへ椅子代わりに腰掛け、バインダーに挟んだ紙をめくる。
それはナイジェル君が、今後の予定についてタイムラインを確認している時だった。
ちょろり
どこかで見たことのある、割と大きな両生類。
それが茂みの端から顔を出していた。
ナイジェル君に気付くと怯えたようにぶるりと震えると、慌てたように茂みへと飛び込んでいく。その背中には紐でくくり付けられた……『密書』と書かれた紙束が。
ナイジェル君の視線は、緑の陰に消えた大山椒へとがっちり注がれていた。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「う、うわぁぁあああああ!! さ、サイクロプスだ————!!」
ソレは彼らの陣営を囲むように、簡易で作られた木の柵を強引に突き破って雪崩れ込んできた。
たった一頭での突入だというのに、雪崩の質量に例えたくなる勢いと圧を纏い、異形の大男は騎士陣営へと単身乗り込んでくる。周囲にいた、魔法騎士コースの生徒達を弾き飛ばしながら。
「なんだあのサイクロプス! サスペンダーにキャスケットだと!? サイクロプスっていったら腰蓑一丁がデフォルトじゃないのか!?」
「うわー。明らかに人の文明が加わってるっすねー」
「しかも、なんだ……あのプラカード。大特価売出し中?」
「何を売ってるって言うんだ……肝心の商品名がねえんだけど!?」
「売込ってそういう事じゃないっすよねー」
「うん? プラカードの裏面に商品名があるっぽいぞ」
「ええぇと、なになに? ……『喧嘩を売りに来ました』???」
「いやだから、売込ってそう言うことじゃないだろ!?」
明らかに何者かの差し金で、急襲してきたサイクロプス。
風体はふざけた物でも、種族を由来とするその怪力と突破力は確かなもので。
魔法騎士コースの小童共など寄せ付けもせず、プラカードを掲げて近寄る者から蹴散らし、薙ぎ払いながら騎士陣営の深くへと食い込んでいく。
異形の巨人は、陽動であり露払いだ。
己の属する『集団』の目的を遂げる為、『個』の一つに過ぎないサイクロプスは主人の指示に従って突き進む。
「あ、ああー! ジョンソンがプラカードでかっ飛ばされた——!!」
「くそ、勢いが止まらねえ!! 個人で挑んでもキリがねえ……集団の力で止める。指揮系統も一つにまとめた方が良いな。誰か、指示出せるヤツ呼んで来い!」
「指示出せる奴って言うと……先輩は移動先拠点の確認に行ってるだろ? 後方支援班の指示出し任されてるのは……ええと、ナイジェル君って言ったっけ?」
「ナイジェル君? ナイジェル君ー? そういやあの坊主どこ行ったー!?」
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆
「にわかに騒がしくなってきたな」
「随分、良い感じに暴れてくれてるみたいですわね。正直言って、期待以上ですわ」
「お前……人の使い魔暴れさせといて」
「予想以上の働きを見せてくれる。褒めていますのよ?」
さーてさてさて?
フランツんとこの都会派サイクロプスが期待以上の暴れっぷりを披露してくれているようだし? お陰で私達が囚われている穴牢近辺からもサイクロプス方面へ援軍が向かったようだ。何となくだけど、わかるよ。人の気配が減ったって。
ナイジェル君がいれば、こうも露骨な襲撃に対し、他の場所から無理に人手を割いて手薄にさせるなんて真似はしなかっただろう。特に、重要なブツを置いている場所の近くであれば尚の事。
逆説的に、それを許しているってことはナイジェル君の指示が届かない状況にあるという事。どうやら大山椒魚は上手い事『釣り』に成功したらしい。こっちも、期待以上の効果じゃないか。ナイジェル君……イケると踏んだのは私だけど、予想通りに進んで微妙な気分にも陥っている。やらせておいてなんだが、大山椒魚は無事か? 無事に帰ってこれるんだろうか。次に合流した時、尻尾がなくなってましたー……なんてことにはならないと良いけど。
「さて、良い感じに人の気配も薄くなったし?」
「そろそろこちらも、動くか」
次は何をするかなんて、とっくに打ち合わせ済みだ。
今更話し合うことも無く、後は騎士陣営の奴らが立て直すまでの間に、如何に迅速に動けるか。敵に囲みを突破して逃げ切れるかにかかっている。
頃合いと見て、私達も行動を開始した。
この面子の中で、瞬発力が一番あるのは私だ。
そして精霊様の恩恵による、身体強化の効率が一番良いのも私。
「エドガー!」
「ええ、いつでもいけますわ!」
穴の中には人がみっちり。
すし詰めというにいは余裕と隙間があるけど、それでも駆け回れる程じゃない。
それでも、三歩だ。
他の面子を穴の壁際に押しやり、強引に捻出した三歩の距離。
散歩の助走で、やり遂げる。
私は一、二、三で——
「今!」
「てぇい!」
まっすぐ駆け込み、飛び込んだエドガーの正面。
私に差し出されたエドガーの組んだ両手へ足をかける。
瞬間、身体はぐぐんっとかちあげられた。
まるでボールを投げるような気軽さで、エドガーに比べるとあまりに小さな私の身体は、空へ。
エドガーの力が足りないかも、なんて。
そんな無駄な心配は最初からしていない。
最初っから、穴の淵のその更に上まで跳ね上げられる想定だ。
穴を囲むように設置されていた柵の高さよりも、更に上へと。
私の身体は余裕で空の中。
柵を飛び越えるも、蹴り破るも、私の意思一つ。
まあ、後続の脱出難易度を下げる為には、柵を壊しといてやるのが優しさかな。
私は柵のてっぺんを狙い、身体が丁度いい位置まで届くタイミングを見計らい……
ここぞという時に、思いっきり木柵を蹴り飛ばした。
喰らえ、鉄板仕込みブーツの一撃!!
なお、勿論の事、孔雀明王様の御力により身体強化済の一撃であった事をここに述べておこう。
ばべきゃっ、て。
なんだか木を組み合わせた柵とは思えない音を立てて、木柵はその用途を成さなくなった。役目を終えた……というか役目を果たせなくなったというか。
何はともあれ障害物撃破、完了!
さーて、逃亡するぞー!!
あわよくばどさくさに紛れて敵陣営に嫌がらせをしつつ!!
この後ミシェル嬢たちは、騎士陣営にどんな嫌がらせをする?
a.追剥
b.物資かっぱらい
c.偽情報散布
d.その辺の適当なヤツを捕まえては、額に『肉』と書く
e.サイクロプスとのキス権を無料配布即実行




