山賊 1
敵方に、ナイジェル君。
なんだろう、味方側だったら問題なかったんだけど、敵だと思うとひたすらに面倒臭いな。
「俺等はどうするよ、ミシェル?」
「ナイジェル君に策を弄する時間を与えると面倒ですわ。そもそもが面倒な相手なのに、より面倒な事になりますわよ」
「それは俺も同意見」
「もう手遅れじゃないか?」
「それでもナイジェル君は、策を弄する時間を与えれば与える程、手に負えなくなるタイプだもの」
我らが山賊陣営の先輩曰く、騎士陣営の指揮を取っているだろう先輩は知性派タイプとのこと。
頭が固くてナイジェル君と意見が対立するようならまだ良いけど、清濁併せ呑む性質でナイジェル君の意見を認めて採用するようだったら更に面倒だ。策を授けられるだろう、その先輩まで警戒しないとならなくなる。
しかしまあ、今日は団体戦だ。私達が全方位対処する必要はない。面倒な先輩の相手や全体的な作戦は、敵の能力をよく知っていて経験豊富だろう先輩方にお任せだ。
私達はあくまでも、私達がよく知る障害……ナイジェル君を警戒して動く。
だってナイジェル君の脅威を最もよく理解しているのは、近くにいる私達に他ならないんだから。
幸い、山賊陣営は各々の班にある程度の自由が与えられていた。
一つの大きな集団として、組織だって動くんじゃあまり山賊っぽくないというのが先輩の言だ。まあ、確かに? 各陣営、百人くらいいるもんな。百人規模の山賊集団とか、実際に存在しようもんなら国から討伐部隊派遣されるわ。徹底的に根絶される危険性がある事を思えば、野山でのさばっている山賊って設定なら、もうちょっと人数少な目の集団の方が現実味はある。
という訳で、より山賊らしさを演出する為、私達山賊陣営は幾つかの集団に分かれる事となった。大きめの有力山賊団が一つ、二つ。それ以外は弱小山賊団だ。その中でも私達チーム下克上は、独立した弱小山賊集団という態で動く許可を得ている。
せっかくなので同じように弱小山賊として放流された奴らの中から、ナイジェル君の脅威を知るクラスメイト中心に有志を募って、同盟を結んだ弱小山賊集団として強襲しようと思う。ナイジェル君を。
「みんな、ナイジェル君の攻略法を知っていて?」
「本当の意味で禍根を残さず攻略できる方法、と言われたら難しいな」
「けど今この場だけ、試合の間だけ無力化する方法って言われたら、まあ、なんとなく?」
「……ようは、普段の模擬戦の時と一緒、ってことだよね」
「後が恐ろしくってなりませんわ!」
ナイジェル君の、攻略法。
つまりは倒す、もしくは無力化する方法。
その意味を考えると恐ろしくもなるが、仕方がない。
これはみんなもわかっていることだ。学園入学から、夏までにかけて私達は多くの経験を共にしてきた。そこには授業の一環として繰り返した模擬試合なんかも含まれる。
そして模擬試合は、個人戦闘だけでなく、集団戦闘の訓練だってあったんだ。
だからみんな、ナイジェル君の長所も短所もわかっている。
ナイジェル君は時間を与えれば与える程、手に負えなくなる。
だってあいつ、本質的に私達みたいな『駒』じゃなくって『指し手』なんだもん。
ナイジェル君は思考する頭と口を自由にさせている限り、手足が動かない状況だろうと油断できない。何しろ元から身体能力も戦闘能力も底辺だからな! 実働能力は本当、底辺だから! そこを頭と口で、相手を操作したり操ったり綺麗に踊らせたりして補うのがお上手な事この上ない。自由になる手足変わりの実働部隊を与えたら手に負えなくなる。
そんなナイジェル君を無力化する方法。
そりゃもう、一つしかないだろう。
唯一絶対の、対処法。
時間を与えたら厄介になるって言うんなら、時間を与えなければよろしい。
ナイジェル君の思い描いた策を実現させるだけの時間を費やしてしまう前に。
問答無用で意識を刈り取る。
そう、つまりはアレだ。私の得意な奴だ。
ぶん殴って気絶させるの一択です。
もしくは両手足を縛りあげた上で猿轡をして閉所に監禁って案もあるけど、それをやるには見張りとかで人手を割く必要があるじゃん。意識を刈り取った方が手っ取り早い。
策が形になる前に、ナイジェル君の計画が進む前に、全てを踏み潰す圧倒的な力業で強引に終わらせる。ナイジェル君を相手にする時は、考えたらダメなんだ。ナイジェル君を前にして考え込み始めたら、大抵、こっちがドツボに嵌るから。だってナチュラルに思考誘導とかされるし。考えれば考える程、こっちの考えてること推測されるし。馬鹿の考え休むに似たりって言うけどさ、むしろ考える事がナイジェル君に踊らされるフラグなんだよね。
考えるな、感じろ! むしろ感じるよりも先に動け!
ただ一つ自分の本能と野生の勘を信じろ!
それがナイジェル君と敵対した時のスローガンだ。
ちょっと意外な話。
ナイジェル君って考える頭がある相手にこそ強い優位性を持つ。
つまり、思考放棄した馬鹿は逆に天敵だったりするんだよ。
馬鹿こそ簡単に操作できるように思うだろ?
逆だよ、逆。
考えずに動く癖に、獣程には本能に忠実でもない。
何をやるかわからない馬鹿が、電光石火の速攻戦を仕掛けてくる。それがナイジェル君が最も苦手とするシチュエーションだ。折角編み上げた策も完成を待たずに無視して、力づくで暴力が強行突破してくるんだからな。策が無意味になる瞬間だ。
策が通用しない相手こそが、自分で戦う術に乏しいナイジェル君にとって何より嫌な相手なのさ。
ルールのある戦いには強いけど、ルールを無視してくる奴にはどうにもできないから。
これが経済とか商売なら、ナイジェル君も上手に馬鹿を操るだろう。
だってナイジェル君の得意分野の話だもん。
だけど戦闘って、根本的にナイジェル君の専門外なんだよね。
頭が良いから戦術とか練れるけど、戦闘勘がある訳じゃない。
なので折角綺麗に作戦を編み上げても、根っからの脳筋ほど、その枠を無視してくる。勘に任せて罠とかピンポイントで回避して、殴り掛かってくる蛮族こそがナイジェル君を倒せる。
だからこそ、私達は敢えて勘頼りで行く。
流石に正面突破はしないけど、初っ端から私達の狙いはサンドバッグではなくナイジェル君の無力化だ。
サンドバッグを狙う事が、試合の勝利条件だって事はわかってる。
でもナイジェル君をどうにかしようって思えるのは、今の時点では私達だけ。やるのは私達だけ。
むしろ私達がナイジェル君の無力化に成功したら、他の山賊どもがサンドバッグをどうにかしてくれるはずだ。少なくとも、余計な罠に嵌ることも無く、そっちに専念できるだろ?
「というわけで我が班は、ナイジェル君を仕留めに動きます。幸い、合宿一日目の一試合目。初めてくる場所だからナイジェル君の仕込みを警戒する必要もないし。今ならまだナイジェル君の策で完成しているモノは限りなく少ない筈! 皆無とは言わないがな!」
「おいおい、本当に大丈夫か……?」
「仕方ありませんわ。ミシェルの言う通り、時間が経過すればする程、こちらの勝ちの目は潰されていくのが目に見えていますもの」
「私の予想では、時間を与えると調略や引き込み策を弄し始めますわよ。間違いありませんわ。そんでもって山賊陣営と暗殺者陣営がぶつかるように差し向けてくるな。間違いない」
「その断言できるほどの根拠はどっから来るんだよ……?」
「しかしナイジェル君ばかりを警戒しているが、懸念すべきは他にもあるだろう?」
「ああ、野生児と元本職の二人な。十中八九、アイツらが警護してやがるはずだ」
「野生児の方は、獣対策に馴れた森育ちのマティアスがどうにかするから良いとして」
「え……っ?」
「ノキアの方は五人くらいで囲めば何とかなるだろう」
「じゃ、山賊陣営から人員募るか。最初からそのつもりはあったけど」
「委員長の班が山賊陣営だったよな、どうだ?」
「それより空から襲い掛かるアドバンテージが欲しい。暗殺者陣営にいるアドラスを誘えないかな」
「流石に別陣営のヤツ探して交渉する時間はないかな。それこそナイジェル君が魔王と化すぞ」
「山賊陣営の先輩方からもらった予測じゃ、騎士陣営の半分以上は巡邏して周辺警戒に務めるだろうって話だろ? どうやって警戒網潜り抜けるよ」
「囮が欲しいな……騎士陣営の注意を逸らせるだけの」
「暗殺者陣営の耳に入るよう、偽情報でもリークするか?」
「だから、暗殺者陣営に接触するのは時間が足りないと」
騎士陣営がいるだろう、大体の予測地点。
そこに近づく間にひそひそと話し込む、山賊陣営から引っ張ってきた十数名がいる。
ちょっとどうかなと思ったので、私はパンッと一つ柏手を打ってみんなの注意を集めた。
「みんな、止めよう。私達、いま考え込んでる」
「「「ハッ……!」」」
「考えて予測やら計画やら立てれば立てる程、ナイジェル君に絡めとられる危険性が増す。注意が必要ですわよ。敢えて思考能力を捨てよ、脳筋共め」
「おいこら」
そうして私達は、騎士陣営へと向かった。
向かって、ナイジェル君を上手い事見つけて。
乗り込んだ、の、だが——
まさか背格好の似ている元本職の野郎を替え玉にしている、とかさ。
思う訳ねえだろ、こんちくしょう。
どうも、皆さんご機嫌麗しゅう!
鉄砲玉のミシェル・グロリアス十五歳です。
私は今、山賊陣営の先鋒として騎士陣営へ襲い掛かり、そして今。
戦闘能力高めの囮との戦闘かーらーの、絶妙な位置に配置された落とし穴という魔の罠に集団で引っかかった結果。
ものの見事に取っ捕まって、騎士陣営が突貫で作った収容所(※落とし穴再利用)に収監されてまっす☆
くっそ、ハメられた!
誰にとは言わんが、ナイジェル君にしてやられたぜ此畜生!
テンション無理矢理上げでもしなきゃやってらんねー!
「よう兄弟、お前も今日から穴倉暮らしかい?」
しかも先客がいやがった、という。
私達が入れられた、簡単に縄で囲われた大きな穴の中。
そこには見慣れた顔がいた訳で。
我らが山賊でも、騎士陣営でもない……つまりは、アレですね。
どうやら私達より先に、暗殺者陣営の刺客がナイジェル君を襲っていたらしい。
くそ、急いだつもりで既に出遅れてたってか。
そこまで重要でもない事に、イライラする。
あからさまな替え玉に引っかかった自分や、班の仲間達。
そんな自分の不甲斐なさに苦い顔をするのも仕方ないだろう?
一試合、制限時間は一時間。
ただいま、試合開始から十五分ってところ。
さて、ここからどうやって巻き返したものか——?
ナイジェル君
実は交渉の余地なく問答無用で殴り掛かってくるミシェル嬢は、試合相手として相性最悪だったりする。
さて、騎士陣営の収容所にいた先客とは——?
a.赤太郎
b.アドラス
c.クレバリー
d.ハインリッヒ
e.ヒューゴ




