迫りくる未来の脅威
魔法騎士コースの強化合宿一日目。
いきなり始まった全学年合同メニューは、まさかの『ゲーム』。
一年生はルールもよくわかっていない中、最低限の説明だけで習うより慣れろと言わんばかりに放流された。
一から三の数字が書かれたクジ引きで、全ての班が三つの大きなチームに分けられる。
即ち、先生からの説明にあった三つの立場ってやつだ。
『騎士』と『山賊』、そして『暗殺者』。
なお、『騎士』にとっての護衛対象である『要人』は、先生の紹介にあった通り枕カバーを被ったサンドバッグである。我ながら上出来な気品溢れる人物画がペインティングされている。写実的な絵柄に変えてはいるけれども、知る人が見ればモチーフにした人物も一目で気付けるくらいには特徴を残せていると思う。特に中心人物として一番力を入れて描いた『女王様』がイイ感じである。流れるように足元まで広がる真っ直ぐな金髪も、ふさふさな長い睫毛に、憂いを含んだ眼差しも。
嫋やかでありながら威厳溢れる静かな佇まいは、今にも語り掛けてきそうだ。
本当に、自画自賛ながら良く描けたと思うの。
アレなら護衛担当も守る相手として不足はあるまい。
普段女生徒とは接する機会が露骨に少なく、女慣れしていない魔法騎士コースの生徒共。言っちゃ悪いがちょっとガサツで女の子の扱いがなってない部分も少なくないけど、あれだけ気品あふれる淑女であれば、相手が絵だとしても丁重に扱ってくれる事だろう。何しろ女の子への免疫、本当にないからな。
「なあ、ミシェル」
「何かしら、クレバリー」
「あの絵、お前が描いたんだよな?」
「ええ、そうですわよ?」
なんかクレバリーとトニックがめっちゃ物言いたげな目で見てきたんだが。
ん? 一体何が言いたいんだい? 口で言ってもらわんことにはわかりませんなぁ!
「ちなみに、あの絵のテーマは?」
「銀河の彼方、星の海で最も尊い貴婦人とその心を射止めた幸運な男。その家族」
「なっが! 長いよそのテーマ! ちょっと意味わかんないし」
「見る人が見れば、わかる。そうとだけ言っておきますわ」
今回、ゲームでは三つの陣営に分かれる。
一回のゲームごとに制限時間が設けられ、順番に立場を変えてゲームは合計三回。つまり三つの立場全てを体験予定だ。
我らがチーム下剋上が引いたクジに書かれた数字は、二。
最初に振り分けられたのは、『山賊』の陣営だった。
わぁ、思い出すなぁ……親睦会一回目の、追い剥ぎ作戦を。
不思議と妙な自信を持って、私は班員達とともに西へ向かった。何故かって? 見知らぬ先輩が腕を振りながら、「山賊陣営の生徒はこっちに! 十分ほど簡単なミーティングをします」って叫んでいたからだよ。
見れば他の陣営も一旦は作戦会議のために集まる模様。このゲームはそういうものなんだろーなと判断して、私は山賊の仲間たちに合流した。
さて、ここで一度、このゲームの基本的なルールをおさらいしておこう。
ゲーム名:山賊と暗殺者。
このゲームは、ようは陣営対抗戦だ。
それぞれの陣営ごとに目的が与えられ、それを達成する為に動く。
要人は他の三つの陣営に取って目的そのもの。守られる事が役目。
騎士は守ることが使命。要人を守り、犯罪者を捕縛する。
山賊は襲い、奪うことが目的。要人の持つ指定アイテムを奪取する為に動く。
暗殺者は山賊とはまた別の方向から要人を襲う。要人の持つ指定アイテム破壊の為に動く。
最終的に要人が無事であり、財産・生命の代わりの指定アイテムを守り通せば騎士の勝ち。
財産代わりの指定アイテムを奪うか要人を誘拐すれば山賊の勝ち。
生命代わりの指定アイテムを奪うか破壊すれば、暗殺者の勝ちだ。
三つの陣営がそれぞれの目的に沿って要人へ対し、それぞれの立場を全うできるよう競う。
つまりはそれぞれ騎士・山賊・暗殺者になりきった気持ちで行動しましょうってことだ。
これは要人警護の訓練であり、犯罪者の思考パターンを推測できるようになる為の思考訓練の一環である。
ゲームの舞台となるフィールド、その地の利を利用して動きを考えるも良し。
または別の陣営の動きを利用し、自分の目的達成の犠牲にしてやるも良し。
どのような形でも、どんなプレイスタイルであっても、最終的に目的を達成できれば良いのだ。
どの陣営も、あくまでも目的は『要人』。
他陣営との戦いは高確率で発生する。でもそれは、あくまでも副産物でしかない。
目的を達成する為にどう動くか? 何をするのか。
隠れ潜んで接近するも良し。
釣り餌の如く誰かを囮にして追いかけっこの裏側で目的を遂行するも良し。
もしくは騎士を手薄にさせたところで包囲殲滅するも有りか。
目的遂行の為に作戦立案まで自分達で考える。たしかにこれは、騎士向けの遊びかもね。
今回は順番に三つの陣営全てを全員がプレイできるよう、陣営の人数は均等化されている。だけど本来は陣営ごとの特色に合わせて人数調整したり、意図的に陣営の人数を偏らせたりもするらしい。
普通に考えて山賊や暗殺者の人数が騎士と同等かそれ以上だったりとか、どんな世紀末だよって感じだしね。
なお、どんな人数調整を行った場合でも、三陣営の『目的』である要人だけはごく少数に設定されるのが常である。まあ、護衛対象の人数が護衛より多いとか普通に考えて騎士の手が足りねぇし。
要人の立場はじっと守られているだけだし、正直面白くなさそう。ずっと襲撃してくる山賊や暗殺者、その防衛に動く騎士を見物し続けるだけのお役目である。
自分で動きたい派の私としては、ちょっと勘弁かな。
観戦するってのも面白そうではあるけど、高みの見物は別の機会で。
なお、今回のゲームに当たって。
私達チーム下克上が引いたクジは二だけど、他のチームもそれぞれが引いたクジに従って割振られている。
赤太郎のチームは三で、今回は暗殺者。
うん、あの野郎に暗殺者プレイとか、相性悪そうにしか思えねえな。
まずもって隠れ潜んで闇討ちとか、苦手s……いや、そう言えば前に親睦会じゃ水中に潜んで近づく奴を引きずり込むっていう鰐作戦やってたな? 待ち伏せ襲撃を思いつく発想力があるんなら、意外とイケるか?
そして我がクラスのダークホース(いろんな意味で)、曲者ぞろいなチーム裏街道は一を引きよった。マジかよ。
私達が山賊なのに対して、奴らは騎士陣営……つまりは敵対陣営だ。
私達が襲う立場なのに対して、奴らは守る側。
でも、アイツらがただ守りに徹するイメージが湧かない。
防衛にしたって、こう、なんかもっと攻撃的なイメージがつきまとう。
これは最初、様子見しとくべきだな。
さて、だけどそれを山賊陣営の他の方々、主に陣営を牽引しようとしている諸先輩方にソレを進言すべきかどうか……そこがちょっと問題だよな。
先輩方も、やはり普段は接する機会が少ないとしても後輩を気にはかけてくれているらしい。
学年混合の訓練とかも、夏休み終わったら増えていくって話だし。
今はどうやら先輩方も、後輩の実力や成績から目立った生徒の名前だけは知ってるってレベルらしい。
当然ながら、先輩方の注目度ナンバーワンは王子っていう看板を背負った赤太郎殿下である。
そっちにばかり目が行って、他は二の次というか、関心のランクが一段階下がる感じ。
後輩への情報収集も、赤太郎殿下が中心になってるみたいだし?
私も魔法騎士コース唯一の女生徒ということで、ちょっとは関心を集めてるようだ。だけど先輩方も『女子』という単語に幻想をお持ちのようで……私を見る目が、若干色付きフィルターによって歪んでいるような気がしないでもない。しょうがない。この合宿中にフィルターを叩きなおす……むしろ粉砕しとくか。今後の学生生活(邪神対策方面で)の邪魔になりそうだし。
そして、当然ながら。
魔法騎士コース故にある程度の脳筋を患っている諸先輩方は、筆記試験でこそ高得点を叩き出してはいるものの、純粋な戦闘力では学年最下層、特に目立った功績もないナイジェル君を、ノーマークだった。
いや、これ、ホントどうしよう。
こういう、自分自身で戦う必要がなくて、後ろから指示だけしていれば良い系統のゲームって、まさにナイジェル君の得意分野なんだけど。このままでは本領を発揮されてしまうかもしれない。
果たして奴の狂気……間違えた、脅威を先輩に申告すべきかどうか。
「どうしたミシェル、先輩の話聞いてたか?」
「オリバー。いや、先輩たちにナイジェル君って奴の事を警告すべきかどうか考えてた」
「「「「あー……」」」」
私の懸念を、正しく理解してくれたんだろう。
普段から苦楽を共にする班員達のみならず、同じく山賊陣営に振り分けられたクラスメイト達も同じように何とも言えない顔をしていた。
「いや……アレは言われても、な」
「実際に対応する羽目になるまで、口で言われてもどんなもんか理解は難しいんじゃね? 体験してからじゃねーと危険度なんて計り知れねえって」
「残念だけども、フランツに同感ですわ」
結論、口で言ってもわかるまい。
特に魔法騎士コースの先輩達(脳筋)には。
ナイジェル君がどれだけ要注意かってのは実体験を伴わなってからならわかるはず。
「先輩たちに進言するのは、タイミングを見てからにするか……」
「ああいうのは先に知っておく方が良いと思いますけれどね。本来は」
「後から言って、手遅れじゃなきゃ良いけどな」
「まあ、でも、どこの陣営も先輩方がリーダーシップ取りたがってる感じじゃん? ナイジェル君とこも、先輩が主導してナイジェル君は後に控えてたりは……」
「ナイジェル君なら、自分が矢面に立ちたがる先輩を誘導して、操作するくらいはしそうだけど……」
「「「「………………」」」」
色んな意味で、敵対するとなると厄介な相手だよ。マジで。
殴って終わるタイプじゃないし、むしろ殴ったら後が怖いタイプだしね。
私達はこの時点では、まだ知らなかった。
ナイジェル君率いるチーム裏街道が配属された、騎士陣営。
そこの主導権を握った先輩の上位実力者さんが、先輩たちの中でも知性派タイプの人で、さ。
合理性とか、効率とか、多くの意見とか。
そういうのを冷静に見極めて、有効だと認めたら取り入れるタイプの柔軟性に富んだ人だったんだ。
それこそ、指揮官としては優秀、自分ひとりの力を過信しないタイプの。
……参謀とか、ブレーンとか、そういう存在を割とあっさり認めるヒトだったんだよ。
つまりはアレだ。ナイジェル君の上司にするには、敵側からすると嫌なタイプの組合せで。
ワンマンタイプの体育会系とかだったら、ナイジェル君なら操作した気がしなくもないけれど、ナイジェル君の言葉を聞かずに暴走・独断専行する可能性があるのでまだ付け入る隙はあった。
だけどナイジェル君の意見を理解し、積極的に取り入れるタイプのリーダーに率いられた騎士陣営は、この上なく手強い敵となって私達の前に立ちはだかるのだった。
……三試合目は私達が騎士(防衛側)で、ナイジェル君達が暗殺者陣営になる予定なんだけど。
元暗殺者って肩書のノキアとか野生児とかが、あっちにはいる。
そして暗殺者として動くのなら、ほぼ禁じ手はないも同然。
まだ一試合目が終わった訳でもないのに、今から三試合目がどんな混迷を極めるかと空恐ろしい気持ちでいっぱいなんだが、この思いをどうしよう?
なお、要人がサンドバッグである今回。
山賊陣営と暗殺者陣営はサンドバッグにかぶせてある『枕カバー』かサンドバッグそのものを奪取する事が勝利条件となります。
枕カバー「●マトの皆さん……」




