ドラゴン・オーブの見つけ方〈下〉
〇
檻の中に入れられて一夜が明けた。
流石に男女は分けられていて、僕とフォックスが同じ檻、パロットさんはどこか違う場所に連れていかれたみたいだ。この季節だと、毛布とかなくても全然寝れるので助かった。冬だったら寒さに震えたことだろう。下手したら凍死だ。
「うう~ん」
僕は伸びをして身体の凝りを解す。
髭がジョリジョリしてる。
そういえば、ドラゴンの解体を初めてから剃ってなかった。剃りたいな。
僕が自分の顎を触っていると、寝不足な顔のフォックスが恨みがましい目で見てきた。
「お前、この状況でよく寝られるな……」
「よい思考はよい睡眠から、だよ」
「まぁ、そんな感じの方が安心か。お前らしくて」
フォックスは疲労困憊な顔で言った。
そのとき、どこか視界の外でドアの開く音が聞こえる。しばらくすると、ローブ姿のおじさんたちが、朝食を持ってやって来た。
おお、ご飯はもらえるんだ。
と思ったとき、フォックスが檻にしがみついておじさんを威嚇した。
「テメェら、パロットに何かしてみろ。一生後悔させてやるぞ!」
「————」
おじさんが何か唱えると、何かがビリっと光り、フォックスがひっくり返った。
たぶん護身用の雷撃魔法だ。僕は駆け寄ってフォックスの無事を助かめる。
その間に、おじさんは朝食を檻の中に入れた。
僕はおじさんに尋ねる。
「あの、今日の作業ってどうなってます。早く処理しないと、せっかく摘出した内蔵とか腐敗しちゃうんで困るんですけど」
「あれらは学生に言って片付けさせる」
「片付けさせる?」
「我々が必要なのはオーブだ。それ以外は役立たずのゴミだ」
「……役に立つことがそんなに大事か」
「……何?」
「アンタたちは研究ってものが何にもわかっちゃいないんだ!」
僕は怒っていた。僕を馬鹿にするのは許せる。
学徒でない区長さんが、あれを邪魔扱いするのも仕方ない。
でも、アンタたちは——魔法管理委員会の人たちは、少なくとも魔法の専門家のはずだ。
ものを学ぶ喜びを知る者のはずだ。
未知に挑み、霧の中を歩く喜びを知っているはずなのに。
そんな人間が、学生たちに——学ぶ志を持った人たちに、あれをゴミだと言って片付けさせようとしている。学びの宝物庫を自らの手で捨てさせようとしているのだ。
それだけは生命博物館の人間として看過できない。
「役に立つなんて尺度が、そんなに大事かこの野郎ッ! 自分たちに都合のいいものばかり見ようとするから、不正をしたり、ずるしたりするようになんだ! 都合のいいものを探すのが研究だったか!? 学びの楽しさをすっかり忘れ果てたのか!? そんなこともわからなくなっちまった××野郎は、家に帰ってママの——」
僕はそこから先、結構下品な言葉でおじさんのことを罵りまくったらしい。
らしいというのは、よく覚えていないからだ。
というか、お昼ごろまで記憶がぶっ飛んでいた。後でフォックスに聞いたところ、電撃魔法の直撃でバッチリ意識を失っていたらしい。
乱暴な人たちだ。
まったく失敗した。時間を無駄にしてしまった。
僕は冷め切った朝食のスープに手を伸ばし、硬いパンをもさもさ食べる。食べながら、考えていることを思いつくままフォックスに話してみた。
「ドラゴン・オーブはどこにあると思う?」
「現物を解体して見つからなかったんだぞ。ここで何ができんだ」
「情報の整理。仮説の考察。それから——」
「わかった。たくさんできるな。んで、いいアイディアがあるのか?」
「それはこれから。さっきまで意識失くしてたし」
「準備バッチリだな、まったく」
フォックスは呆れて肩を竦める。
寝不足なせいか、顔色がよくない。たぶんパロットさんが心配なのだ。
でも、神経を使い続けていたら、疲れるばっかりでいい考えは浮かばない。たまにはぼんやりしないと。
僕がぼんやりしたり、考えたりしながら、もぐもぐ食べる。
フォックスが「悪かったな」と急に謝った。何を謝られたのか全然わからない。会話下手だからか、僕が。首を捻っていると、フォックスは気まずそうに顔を顰めた。
「役に立つなんて尺度が、そんなに大事か。おっさんにそう言ったろ。中々胸がすいたよ。だけど、俺もお前に似たようなこと言ったからな。悪かったよ」
「似たようなこと? そんなの言われたっけ?」
「アブラムシの研究なんて役立たずだ。みたいな感じのやつ」
「ああ~、確かに言われたような……今何だって?」
「いや、だから悪かったって——」
「そっちじゃなく!」
「はっ? じゃあ、どっちだ? てか、何だよ?」
「そうだよ! それこそ、僕の専門じゃないか!」
「それって、はっ? 何だ? アブラムシ?」
「そうだよ! 何で気づかなかったんだ!」
僕は興奮して飛び上がり、檻をガンガン叩いておじさんを呼びつけた。
ここから出て、すぐに確認したいことがあったのだ。その結果、駆け付けたおじさんに「うるさい!」と電撃魔法を放たれて、夕方まで意識がぶっ飛んだ。
夕方に目を覚ますと、フォックスが呆れ返った表情を浮かべていた。
「お前、今日の半分以上、意識失ってたぞ……」
僕はむくりと起き上がり、後頭部を掻く。
あっ、痛い。
たんこぶが出来ている。
なんて乱暴なおじさんなんだ。
僕は憤った。
そして、また時間を無駄にした。
僕はおじさんに気づかれないように、こっそり声をかけた。
「フォックス。ちょっとここから出たいんだけど」
「そりゃまぁ、俺だって出たいが」
「そうじゃなくて、わかったかも」
「わかったって、何が?」
「ドラゴン・オーブの見つけ方」
〇
「うう~ん」
フォックスは僕の仮説を聞き、両腕を組んで唸り声を上げる。
我ながら結構な珍説ではあると思っていて、専門外の彼が悩むのは無理もない。だが、いろいろ考えた結果、フォックスはこう言った。
「いや、面白いと思う」
「あっ、ホント?」
「だが、仮説は仮説だ。検証がいるし、何より現物を見てみんことには。あのおっさん、学生に片付けさせるとか言ってたろ。何なら一番に捨てられててもおかしくねぇーしな」
「そうなんだよ。だから、早く出て確かめないと」
「ああ、だからあんなガンガン檻を叩いてたのか。……いや、ダメだろ」
「ダメかな?」
「なんて言うつもりだったんだよ。証拠隠滅を疑われて出してなんかくれんだろ」
「そうかな。ドラゴン・オーブの隠し場所を教えてあげるとか言ったら——」
「そんなにすぐ証明できるか? 前例のないことだし、確認にだってそれなりに時間は取っておきたい。それにもし見つからなかったり、隠し場所を教えるってのが嘘だとバレたら、心証を悪くするだけだぞ?」
「そっか。じゃあ……ダメかなぁ」
僕は項垂れた。現物を見られないんじゃ、確かめようがない。
フォックスが言うように、すぐに見つけられるとも限らない。「実は今から調べます」なんてことがばれたら、あの乱暴者たちはまた電撃魔法を飛ばしてくるに違いない。
僕がへこんでいると、「どれくらい自信ある?」とフォックスが尋ねた。
「何の自信?」
「ドラゴン・オーブを見つけられる確率、どれくらいある?」
「確率なんてわかんないよ」
「まっ、そうだわな。じゃあ、聞き方を変える」
フォックスは僕を見た。
疲れた、でも、面白がるような顔で言った。
「お前のこと、信じていいか?」
「うん」
僕がそう答えると、フォックスは「耳を貸せ」と檻から出るための秘策を授けた。二人で計画を練り、準備を済ませて檻の中でその時が来るのを待つ。
「おい、夕食だ」
白いローブのおじさんが、檻の前に食事を持ってやって来た。僕は意識を失ったときと同じ格好で目を瞑っている。
これぞ狸寝入り。
というか、死んだ振りだ。
フォックスは死体を演じる僕を指さし、慌てた様子でおじさんに言った。
「アイツ、昼前に電撃魔法を喰らってから目を覚まさないんだ! 倒れた拍子に頭を打ってるから、このままだとヤバいかもしんねぇ! い、医者に見せてやってくれよ!?」
「……我々の知ったことではない」
「ア、アイツなんだよ! 隠し場所はアイツしか知らねぇんだ!」
「……何だと?」
「アイツが目を覚まさなかったら、ドラゴン・オーブは見つかんねぇかもしれねぇ!」
「貴様は壁まで下がれ。下手な真似をしたら、電撃を食らわせるからな」
おじさんはそう警告して、フォックスを壁際まで下がらせる。
万が一にも襲われない用心だ。
フォックスが十分に離れたのを確認して、おじさんは檻の鍵を開ける。意識を失くした振りをする僕に近づき、すぐ側にしゃがんだ。
おじさんは右手で僕の頬を叩いた。
僕は飛び起きると、おじさんの手を掴む。それと同時に、フォックスが「————」と呪文を唱えた。
おじさんの手から放たれる電撃魔法が、おじさんの顔に直撃する。おじさんは意識を失って倒れた。ゴツン。今のはたんこぶが出来る音。これでお相子だ。
「同じ魔法を何度も見せるからだ、間抜けめ」
フォックスが口にしたのは、おじさんが雷撃魔法を使ったときの呪文だ。
フォックスは自分が食らうときにしっかり覚えていたのだ。僕は全然覚えてなかったけど。
というか、最初に打たれたのは、呪文を確認するために、あえて興奮した演技をしていたらしい。「その後でお前が勝手に打たれたから、無駄になっちまったけどな……」と苦笑いだ。
「フォックスは役者でも食べていけるね」
「ここを無事に乗り切ったら考えてやる」
言いながら、フォックスはおじさんから魔法管理協会の白いローブを剥ぎ取り、僕に押し付けた。代わりに、おじさんには僕の上掛けを着せて、手足を縛る。自分の服の袖を千切って猿轡まで噛ませた。
僕は白いローブを頭から被り、檻を出た。
フォックスは檻の中に留まっている。
薄暗い檻の中なら、人物が入れ替わっていても、朝が来るまでは判別がつかない。だが、そもそもの頭数が違ったら、流石にわかるからと。フォックスは朝までの時間を僕にくれた。
「ぼんやりしてんな。さっさと行け」
フォックスはそう言って見送った。
僕はローブの被り物の下で頷き返し、魔法管理協会の人を装って檻のある建物を出る。真っ直ぐに、ドラゴンの漂着個体がある作業場に向かう。
祈るような気持ちだった。
最大の問題である檻からは出られた。
けれど、次にも問題が待ち構えている。町の人たちが、学生さんたちが、ドラゴンの漂着個体や資料を廃棄していた場合、そこから先の証明は不可能だ。フォックスが作ってくれた時間は無駄になり、今こうして脱走したことが決定的に立場を悪くするに違いない。
見咎められないように、気持ち一杯急ぎながら、僕は作業場に着く。
「灯りが……」
僕はローブを目深に引っ張り、身構えた。
夕闇に沈みかけた作業場から灯りが漏れていた。中に誰かいる。僕はこっそり忍び寄り、中を覗き込もうと首を伸ばす。
「あっ、魔法管理委員会の……って、ドープ先生?」
背後からの不意打ちに、僕はびっくりして飛び上がった。そこに学生さんがいた。昨日、作業を手伝ってくれた学生さんの一人だ。「えっ、ドープさん?」と中からも声が上がる。
気づかれた。不味い。どうしよう。
作業場の中から、学生さんが数名顔を出す。
僕は前後を学生さんに挟まれて狼狽えた。
「あ、これは……その、えっと……」
「ドープさん! やっと来た!」
中から飛び出して来た学生さんが、僕の手をぐいぐい引いて作業場に引き入れた。
僕は中に入って、それから馬鹿みたいに口を開けて呆然とした。
「……全部、残ってる」
ドラゴンの漂着個体も、回収した資料も、見た限り全部そのままだ。魔法管理協会が片付けるように言ったはずなのに。僕は周囲を見る。学生たちが十人以上、残っていた。
「これは……どうして?」
「ドープ先生、最初に言ってたじゃないですか。『この個体から出てきたもので、不要なものは一つもない』って。だから、みんなで守ってたんです」
「ドープさん、聞いてください。アイツら、全部ゴミなんて言うから頭きちゃって」
「ドープ先生、今日の分の質問がこんなに溜まってるんです!」
「そんなことより、ドープさん。次はどうしたらいいですか?」
「えっと……」
僕は言葉に詰まった。会話下手だから。
でも、よかった。
無理して喋っといてよかった。
苦手でも伝えておいてよかった。
そして、反省した。研究で大事なこと。一つは目先の利益だけに囚われないこと。そしてもう一つ。その研究が大事だって言葉を尽くして伝えること。
僕は今まで後者をサボって来たんだ。
フォックスに「役に立たない君の研究のために、どうして貴重な予算や器具を割かなきゃならない?」と言われたとき、本当はキチンと言い返すべきだったんだ。僕自身が、自分の研究に誇りを持ち、伝える努力をするべきだった。
そうしたらきっと。
今みたいに、わかってもらえたかもしれない。
「——うん!」
僕はローブの袖を腕まくりする。
苦手だなんて言っていられない。
「それじゃあ今日は、みんなで歴史に残る大発見をしようか」
伝えることも、僕の仕事なのだから。
〇
「ドープ・リンリンガル! また貴様かッ!」」
翌日の早朝、怒った魔法管理委員会の少女が、おじさんを引き連れて作業場にやって来た。おじさんたちは、手錠をしたフォックスとパロットさんも連れて来ている。ちょうどいい。
「ああ、いらっしゃい」
僕は徹夜明けの重い瞼を擦りながら、騒がしい乱入者を迎え入れた。
魔法管理委員会のおじさんたちは、今すぐにも僕を捕まえようとしたけれど、一緒に徹夜していた学生さんたちが取り囲み、睨みを効かせる。
これでおじさんたちも軽々と手が出せない。
その隙に、僕は眠気覚ましのお茶を淹れる。コップを片手に切り出した。
「それじゃあ、ドラゴン・オーブをお見せします」
そう言うと、パロットさんと魔法管理委員会の面々が驚いた表情を浮かべた。
犬や猫が喋ったときのような反応だ。
フォックスだけが悪い笑みを浮かべている。
魔法管理委員会の少女が「や、やはりな! そうであったか!」とやや遅れて反応した。
「やはり、貴様らが隠しておったのではないか!」
「早とちりさんめ。最後まで話を聞きましょうね」
「は、早とちりさんだとッ!? て、訂正しろッ!」
「順を追って説明します。まずはこの謎から。『なぜドラゴンの小脳から第三眼球が発見されなかったのか』について。これは簡単です。ドラゴンが魔法生物ではないからだ」
「なっ……」
パロットさんが言葉を失くす。
だってそうだ。
これは最初に否定した条件だ。
魔法管理委員会の少女が、失笑して肩を竦めた。
「はっ、くだらない。何を言うかと思えば、ドラゴンが魔法生物でないだと」
「この個体に関しては巨体なだけの通常生物だ」
「ドラゴン・オーブが存在せぬという妄言のために、まだ嘘を重ねるか!」
「やっぱり早とちりさんめ。僕は最初に言ったよ。ドラゴン・オーブを見せると」
「だ、だが、ドラゴンは魔法生物ではないと言うたではないか! ならば、ドラゴン・オーブは存在せぬということであろうが!」
「僕が言ったのは、ドラゴンの小脳から第三眼球が見つからなかった理由だ」
僕はお茶を一気に呷り、作業場を移動する。
そして、採取した資料からあるものを取り出した。
ひも状の蛇みたいな寄生虫だ。
持って近づくと少女は「ひっ」と距離を取る。
「い、いきなりなんじゃ! そのウヨウヨした生き物は!?」
「まだ名前はありません。これは僕たちの住む北部にはいない生物ですから。そして、これらこそが——」
僕は寄生虫を解剖用のナイフで開き、その頭を開いた。その生き物の小脳の中には、小さな石のような器官がある。
僕はその小さな石を摘まみ出し、顔面蒼白の少女とドン引きしているおじさんたちに向かって腕を伸ばした。石のような器官を見せる。
「これがドラゴン・オーブの欠片だ」
「ドラゴン・オーブの……かけら?」
パロットさんが即座に合の手を入れてくれた。
ありがたい。
「そうです。これはドラゴン・オーブのほんの一部でしかない」
僕は保存液に詰まった多種多様の——フジツボみたいなやつから、今みたいなひも状の蛇みたいなやつ、それからざっと百種類以上はいる——寄生生物たちを見せた。
「これらがドラゴン・オーブの正体だ」
僕が寄生虫を見せ終わると、外で朝食を吐いてきた少女が青白い顔で尋ねた。
「ど、どういうことじゃ?」
「アブラムシという生物をご存じですか? 植物なんかに付いてる小さな虫です」
「し、知っておるが、それとこれが——」
「アブラムシは非常に小さく弱い虫です。硬い外殻を持たず、他の生き物に簡単に捕食されてしまう。けれど、いつまでも滅びずに種が存続している。なぜか。彼らは自分以外の生き物に守ってもらっているんです。例えば、アリです」
魔法管理委員会の少女が、年相応の不思議そうな顔で聞いてきた。
「しかし、どんな義理があって、アリはそんな生き物を守るのじゃ?」
「アブラムシの中には、排泄物として甘い蜜を分泌する種がいるんです。それをアリに提供する代わりに、アリはアブラムシを守る。種を超えた協力関係です。ちなみにアブラムシはアリ以外にも体内では他の細菌たちと——」
「ドープ。話を戻せ、話を」
フォックスが呆れた様子で肩を竦める。
熱中してうっかり脱線しちゃった。
「ごほん」と咳払いして誤魔化す。
パロットさんが「くす」と微笑んだ。
「つまり、ドラゴンは共生関係を持っているんです。膨大な寄生虫たちと」
僕は後ろに並んだ寄生虫たちを見せて言った。
ドラゴンの身体はいわば城塞だ。
その巨大な身体を多くの生き物たちに提供する代わり、提供された生き物たちがドラゴンを守るために魔法を提供する。あの巨体を維持するだけの魔法も、空を飛ぶ魔法も、ドラゴンを守ろうとする寄生虫たちの働きかけあってのことなのだ。
それが、僕の立てた仮説だ。そして、確かに寄生虫は第三眼球を持っていた。仮説が立証されたわけではない。けれど、一歩近づいた。
「これが今現在の、ドラゴン・オーブに関する僕の見解です」
ドラゴン・オーブだけを探していたら、決して辿り着けない発見だ。
今までの人たちも一生懸命探したに違いないんだ。だけど、そのやり方だとこの答えには辿り着けなかった。近道を探し続けるだけでは、道は限られる。
そして、限られた道だけでは、本当の未知を開くことはできない。
「これが僕の、ドラゴン・オーブの見つけ方だ」
僕がちょっと誇らしげに言うと、フォックスが腹を抱えて笑い出した。
〇
それから先も、僕たちは結構バタバタした。
とりあえず、嫌疑は晴れたようで研究を続ける許可が降りた。
僕と学生さんたちが腐りかけたドラゴンの漂着個体を頑張って解体して、部位ごとにまとめたり、寄生虫や何やかんやを調べてたりしている間に、本格的に夏が来た。
保養に来た貴族の人たちに、漁師さんたちが「ドラゴンのチンチンお守り」を「子宝祈願のアイテム」として売っていたのが印象的だった。商魂たくましい。ちなみに、意外に売れるらしいのだ。跡取り問題とかで子宝祈願系のアイテムは人気だとか……。
そのころには、急ぎでやるべき仕事はだいたい終わっていた。後は生命博物館に持ち帰って研究できることだったから、パロットさんやフォックスと相談して戻ることにした。
出立の前に、学生さんたちがお別れ会を開いてくれた。学生さんたちは、僕のアブラムシの研究にも興味を持ってくれて、「いつか絶対、博物館に見に行きます」と言ってくれた。研究者冥利に尽きるね。
それから、そうそう。
魔法管理委員会からはたくさん謝罪文が届いた。あのお嬢さんも、後からやって来た偉そうな御姉様方に、めっちゃ叱られていた。
何でも魔法管理委員会の偉い魔女さんたちらしい。お尻を叩かれている姿は、ちょっと可哀そうだった。
——で、生命博物館に戻ってからもずっとバタバタは続いた。
何せアブラムシとか、ああいう共生生物の研究は流行ってなかったもんだから、僕がドラゴン研究の第一人者みたいな形に押し込まれていた。
毎日いろんな問い合わせなり、査読の依頼なりが飛んでくるし、いきなり班長とか言われても困るんだけど、そうも言ってられないからバタバタするしかなくて、ぼんやりする時間の確保が大変だ。
僕は新しくもらった自分の研究室の椅子にもたれて「ふぅ~」と息を吐く。
見かねたフォックスが「おい」と声を掛けてきた。
「今から一時間、ぼんやりして来ていいぞ」
あんまり忙しく立ち回っていると、たまにそう言ってくれるのだ。昔では考えられない台詞だ。
フォックスとパロットさんは、あれからも一緒にドラゴンの研究を続けてくれていた。彼らは今でも大事な仲間だ。
「うん。じゃあ、ちょっとブラブラしてくる」
僕はフォックスの言葉に甘えて、研究室を出た。
生命博物館の中をブラブラ歩く。
目の回るような毎日だけど、不満ってわけじゃなかった。あの漂着個体についていた寄生虫だけでも百種以上の新種がいる。目の前に解き明かしたい謎がこんなにたくさんあるんだ。
退屈している暇がない。
まぁでも、困ったことがないわけでもない。
僕は生命博物館のよく目立つところに置かれた全身骨格を見た。
入口を潜ってすぐのところに、全長八十メートルの巨大な骨格が組み上げられている。
骨格の前にはプレートが設置されていて、発見の経緯などが紹介されていた。
そこにはこのドラゴンの名前も書いてる。
ちょっと困った、小っ恥ずかしい名前が。
〈リンリンガル・ドラゴン〉
ちなみに言っとくけど、僕は他の案を出したんだ。
でも、多数決だと一対二だから、しょうがないじゃないか。
〈了〉




