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砦後方 イアン
「ぬぉぉぉぉぉぉ!」
うなり声をあげて吶喊してくる巨漢が、その勢いのままこちらに突っ込んできた。
まるでディークニクトが考えた、玉突き遊びの様にこちらの兵が次々と吹き飛んでいく。
「巨漢の兵には近づくな! 私が相手をする!」
そう言って私が進み出ると、巨漢の敵兵もこちらに狙いを定めて走ってきた。
敵の体の大きさは2メートル、体重は3桁を超えているだろうがそれを感じさせない俊敏性がある。
「馬を頼む! 彼とは徒でやり合わねばならない!」
そう言って、私が馬を降りて男の真正面に立つ。
相手も私を狙っているのだろう、馬へと行かずにこちらに向かってきた。
「心意気が通じるのは、嬉しいものだ!」
私が一人快哉を叫ぶのと同時に奴も腕を後ろにして、防具で固められた左肩を突き出してきた。
これをもろに受けては、私と私の武器が持たないだろう。
そう考えた私は、ギリギリまで相手を引き付けて横に避けようとした。
その瞬間、後ろに置いていた敵の右手が私を捕まえようと飛び出してきたのだ。
「な!?」
一瞬突然の事に硬直しかけた体を必死になって動かし、右手の下を掻い潜って避けた。
そして、避けられた男はそのままの勢いで巨木に突っ込んだ。
「じ、自爆した!?」
一瞬周りで見ていた兵たちが歓喜の声をあげかけたが、それは勘違いだと一瞬で気づくことになった。
なにせ、突っ込んだ男よりも突っ込まれた巨木の方が、轟音と共に倒れたからだ。
「あ、ありえねぇ……」
「一体どんな衝撃だよ……」
その光景を見ていた兵たちは、口々に信じられないと呟いていた。
さすがの私も、あんなでたらめな破壊力の巨漢は一人しか知らない。
というか、破壊力だけならアーネット以上かもしれない。
そんな事を考えながら倒れている男の方を見ていると、むっくりと起き上がりこちらを向いた。
「う~む、あれをかわすかぁ~」
何とも間の抜けた声、そして見るからに鈍重そうな顔と体をした男が首をかしげていた。
初見殺しという奴だったのだろう。
「生憎と私も長生きでね。猪相手でも余裕はあるんだよ」
「む? 俺はぁ、猪じゃないぞぉ~」
猪という言葉に少し気を悪くしたのか、ムッとした表情になった。
だが、相変わらず何とも言えないのんびりとした口調のせいで、こちらとしては怒っているように感じられない。
「次はどんな風な技を見せてくれる?」
私がそう言って槍を構えると、彼はまた左肩を出して走る準備をし始めた。
「俺にできるのは~、これだけだ!」
そう言うのと同時に、彼はまた勢いよく突っ込んでくるのだった。
砦前方 オルビス
イアンに1万の兵を渡したのは、いいものの。
1万対3万以上になった戦局は、どう考えてもこちらが不利な状態だ。
先ほどから、何とかネクロスと副官が耐えているものの、恐らく決壊は予想よりも早い。
「徐々に退け! 敵の上陸拠点はこの際致し方ない。楽に拠点を作らせないようにしろ!」
遠方からネクロスの声が響き渡る。
既に3度の渡河部隊を撃退して、これで4度目である。
流石にこちらの消耗が激しく、これ以上渡河部隊を押し返すことが難しくなってきたのだ。
そして、そんな時ほど凶報とはやってくるものだ。
崩壊した北方向の見張りにやった数名から、報告が入ってきた。
「伝令! 敵が我が軍北側へと迂回! 渡河を始めました!」
「北に!? まずいぞ! ネクロスたちに退却命令を出せ! 我々はここで退却支援をするぞ!」
伝令が走るのと同時に、退却のラッパがあちこちから鳴りだす。
それと同時に、先ほどまで押しとどめようと頑張っていた軍が、徐々にこちらに向かって退き始める。
ただ、相手もこちらが退くのを見て追撃を開始してきた。
「各所に伏兵を配置しろ! 敵がこちらを深追いするなら迎撃しろ! 敵が追ってこないならすぐさま撤退を開始! 旗を持って動け!」
「は、旗を持ってですか!? そんな事をしたら伏兵の場所がバレバレです!」
「バレて良いんだ! 相手が躊躇して進軍を止めればこちらの目論見通りなんだ! 早く行け! 帰りには旗は置いてこい!」
私がそう命令すると、すぐさま数名の兵たちが旗を持って草木が生い茂る場所へと向かった。
すると、こちらの旗の動きを見て敵軍も躊躇する姿勢を見せた。
なにせ、旗だけで考えれば数百名は居るように見えるのだ。
だが、実際に居るのは十数名。
完全なブラフだが、なんとか相手の気を反らす事ができた。
数時間後、無事砦への撤退を完了した私たちは、一息をつきながら敵の渡河状況をみていた。
こちらの妨害がなくなった事で、敵は悠々と渡河そして、設営を始めた。
恐らく今後は、あそこが拠点となるのだろう。
そんな奴らの事を考えないようにする為に、私は物見の兵に後方の様子を尋ねた。
「後方のイアンはどうしている?」
「はっ! イアン様は現在敵将と交戦中。優勢に進めているように見えます」
「優勢とはどのくらいだ? 概算の数で言え」
私が少し苛立ちながらそう言うと、物見の兵は緊張した様子を見せながら再び後方へと目をやった。
「……およそ敵2千にまで減らしております。我が軍は……およそ8千は居るかと。ですが、奥の地形が降りになっておりますので……」
「分かった。では、イアンにも頃合いを見て退却のラッパを鳴らさなければな」
正面の敵が設営を終えるまでに、裏から来ている敵を殲滅して欲しいものだ。
私は祈りながら、その時を待つのだった。
次回更新予定は10月16日です。
※すみません、少し書ききれませんでしたので次回更新は18日になります(;´・ω・)(10/16追記)
今後もご後援よろしくお願いいたします。




