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エルドール王国某所 ディークニクト
ベルナンドから出て早数日。
途中でキングスレーに寄った俺は、供としてシャロを連れていた。
アーネットでも良かったのだが、どうしてもシャロがという事だったので仕方ない。
防衛に関してはいくつかの方策をクローリーに渡しているので、最悪それでどうにかなるだろう。
「ディー、どこまで行く気なの!? 馬を置いてからかれこれ2日は森の中よ? こんな所に人族なんて住んでるの?」
俺の後ろを見失うまいと、必死にシャロが追いながら文句を言っている。
何せこの森、草が肩近くまで生えていてエルフの俺達でも歩きにくいのだ。
到底、人族が歩いては入れる場所ではない。
もっとも、彼女が人族だと思ったことは一回もないが。
「もう少しだ。あと少しで家が見えてくるはずだから、頑張れ!」
「分かったわよ。所でその人族は何ができるの?」
「あいつに何ができるは愚問だ。基本的に肉体労働以外なら、何でもできる奴だからな」
「肉体労働以外って発明家か何か?」
「発明はしているけど、本業は魔法使いだな。それも人族どころか、この世界でも五指に入るくらいの実力がある」
「え? 五指ってほぼ世界の頂点だよ? しかもどれもが何百年生きているかも分からないって言われてる人でしょ?」
この世界では、一応魔法使いには異名があり、逸話がいくつもある。
その中でもどの魔法使いにもある逸話が、寿命だ。
曰、1千年は生きている。
曰、死という概念がないなど、それこそ様々なのだ。
ちなみに今回訪ねる予定なのは、「万能なるドロシー」と呼ばれる魔法使いだ。
彼女は、以前俺が転生する前に共に戦った人物で、恐らく魔動力の開発者でもある。
「そうそう、今回はその五指の中の『万能なるドロシー』を訪ねる」
「え!? 一番気難しいって有名じゃない!? 大丈夫なの?」
気難しい……、まぁ確かに気難しいかもしれないが、どうなんだろう?
確かに研究に没頭する癖があったし、邪魔されるのを何よりも嫌っていたからな。
「まぁ、何とかなるさ」
「軽!? 本当に大丈夫? 無駄足は嫌だよ?」
「ははは、大丈夫だ。ドロシーの扱い方はそれなりに知っているからね」
俺がそう言うと、シャロは若干怪訝な表情をしていた。
まぁそうだろうな。
転生については一切話して無いから、仕方がないよな。
それに、俺自身根拠が無いけど大丈夫な気がする。
あいつなら、転生した俺でも見つけ出すんじゃないかって。
「あ……、あれじゃない? 万能なるドロシーの家って」
他愛もない話をしていると、シャロが真っ直ぐ前を指差した。
指の先に視線を移すと、何とも言えないボロ屋が一軒建っている。
恐らく玄関門であろう柵は、朽ちて歪み。
庭であったであろう場所は、もはや跡形もなく森と同化していた。
辛うじて庭だっただろうと思えるのも、朽ちて崩れかけた塀があるからだ。
500年前にはこの辺りもそれなりに人の居る田舎だったのだが、年月が経つ間に人が居なくなり、彼女一人になったのだろう。
俺は、そんな感傷にも似た感情を抱えながらも、玄関へと進んだ。
家の作りはこの辺りの石壁づくりではなく、純和風の木造りで引き戸。
そして窓や扉には割れたガラスがはまっていた。
「ごめんくだ……、うわぁ!」
俺が玄関を開けようとした瞬間、突然屋根の上から何かが俺の背中に飛び移ってきた。
「ちょ、な、なんだ!? シャロ! 何がくっついている!?」
俺が声をかけても、シャロからの反応はなかった。
いや、声すらも聞こえていない。
やっとの思いで、背中に乗っているものを引きはがすと、そこには500年前と変わらない顔があった。
小柄で、魔法使いの三角帽子を目深に被った白髪の魔法使いの顔があった。
「ドロシー……」
俺が名前を呼ぶと、彼女は怒ったような泣いたような顔になりながら口を開いた。
「シマヅか。エルフにされたんだな?」
「確かにそうだけど。まだ何も言ってないのに、なんで分かるんだよ……」
彼女の問いと言えない確信したような物言いに、俺は小声で答えた。
そんな俺の様子を見て、彼女はシャロの方を指差して頷いてきた。
どうやら結界魔法を張ったらしく、シャロには俺はおろかドロシーも見えていない。
ただ、その場でオロオロとうろたえているだけだ。
「魔力の波長がシマヅだと言っていた。だけど、違ったら私が恥ずかしいから結界を張っている。今は何と言うんだ?」
「今は、ディークニクトと言っている。ディーと親しい人は呼んでいるよ」
「そうか、ではディーと私も呼ばせてもらおう」
そう言って、彼女はまた指先を少し動かした。
その瞬間、俺とシャロの間に張られていた結界が解ける。
「あ! ディー! 突然貴方とこの家が消えて私心配で!」
「あぁ、すまない。彼女の魔法で結界魔法を張られていたんだ」
俺がそう言ってドロシーをシャロの前に出した。
小柄なドロシーを見たシャロは、得も言われぬ表情で顔に触ろうと手を伸ばした。
「あまり舐めたことをするな、小娘」
シャロは伸ばしかけた手をピタッと止めて、凍り付いていた。
まぁ、見た目が子どものドロシーに、いきなりきつい牽制をされてはどう処理して良いかわからんわな。
ただ、言ったドロシーもすぐに俺の後ろに来て、腰にしがみつき、何とも言えない空気が流れるのだった。
次回更新予定は8月23日です。
今後もご後援よろしくお願いいたします。




