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3-10

少し遅くなりすみません。

ロンドマリー軍 ディークニクト


 朝霧が徐々に晴れる中、敵軍の姿が見え始めた。

 重厚感のある鎧の煌めきに、遠くまで聞こえてくる金属音。

 そして、整然と動く様は威容と言っても遜色ない。


「……うちにもあんな軍があればな」


 つい俺は小言の様に漏らしてしまったが、栓無いことだ。

 だが、そう思いつつも言いたくなるというのは、それだけ相手が恐ろしいという表れだろう。


「ディークニクト、どうしますか? 迎え撃ちますか?」


 イアン先生が珍しく気持ちを逸らせている。

 これも仕方ない。

 何せイアン先生にとっては初陣だ。

 だが、逸った気持ちで出陣しては危険だ。

 俺はそう思って、先生に「まだです」とだけ答えた。

 対してウォルは、泰然自若というか威風堂々と言うか。

 全く動じている様子が無い。

 これもまた経験の差なのであろう。


「ディー。敵が出入口近くに陣地を設営し始めましたが、どうします?」

「……よし、ウォルが指揮をして敵にちょっかいを出してきてくれ。楽に陣地設営なんてさせられない。敵が反転攻勢に出ようとしたら即時撤退で構わない。距離を保ってやってきてくれ」

「はっ!」


 俺の指示を聞いたウォルは、返事とともに部隊先頭へと向かった。


「我が隊は続け! 敵に楽をさせるな!」


 彼の号令の下、喊声とともに軍が進む。

 防柵を越え、草をかきわけ進み、敵陣近くで弓矢を構える。

 敵も流石にこちらの動きを見ており、到着までに一糸乱れぬ防御態勢を整えていた。


「放て!」


 ウォルの号令で戦闘が始まった。

 敵は山なりの曲射をしてきたのに対して、我らは直射で返した。

 曲射と直射。

 一見同じように見えるが、その実は全く異なる。

 曲射とは、飛距離を稼ぐために斜めに打ち出す事を言うのだが、この方法では鉄の兜を被った相手にはまず被害が出ない。

 理由はいくつかあるが、最たるものは角度だ。

 曲射では鏃が侵入する角度が合わず、刺さりにくいのだ。

 対して直射は直線的に相手を狙うので、刺さりやすい角度で飛んでいくのだ。


「敵の弓は気にするな! 頭を守れ! 前の敵は弓兵隊に任せろ!」


 ウォルが言う通り、敵はこちらの矢で次々と倒れていくのに対して、こちらの数はほぼ減っていない。

 これ程の違いが出るのは、弓兵隊に数人ずつ派遣しているエルフのおかげだ。

 彼らは戦士としての訓練を受けていないが、風よけの魔法くらいは唱えられるので、補助させているのだ。

 その成果もあって、相手が曲射でやっと届く距離をこちらは直射で悠々と届かせている。


「ただ、敵も馬鹿では無いからそろそろ対策を立ててくるだろうな」


 俺がそう呟くのと同時に、敵の動きが変わった。

 先ほどまでは盾と盾の間が空いている陣形だったが、左右の距離を詰めて密集隊形を組んだのだ。

 これで、こちらの矢は相手にほとんど届かない。

 相手の陣形変更を見て、ウォルもこれ以上の戦果は期待できないと判断したのだろう。

 エルフの弓兵を殿に部隊を引かせ始めるのだった。




第一王子軍 リオール


 全くもって腹立たしい!

 なぜこちらの攻撃が相手に効かず、相手の攻撃だけが一方的に効くんだ!?

 ……いや、原因は分かっている。

 エルフの魔法だ。

 我らには無い、エルフの補助魔法だ。

 くそ、こんなにも彼我の差をつける事になるとは思わなかった。

 特に、敵の鏃も問題だ。

 恐らく貿易で手に入れ始めたのだろう、質のいい鉄が使われている。

 その為、こちらの防具を貫かれる者が何名か居た。

 これは、脅威でしかない。


 私がどう対策をたてようかと悩んでいると、一人の男が入ってきた。


「殿下、随分とお悩みのご様子で」

「……ワーカー、貴様か。何か用があるのか?」


 私の邪険な態度も、彼にはどこ吹く風だった。

 まったく、主人が不機嫌な時に来るなど他の臣では考えられない奴だ。

 私がそう思っていると、彼はおもむろに話し始めた。


「秘策と言うにはあまりですが、策を用意いたしました」

「策だと? 面白い言ってみろ」


 私が促すと、彼は地図に目を落としながら話し始めた。


「本日の戦いで、相手の弓矢が脅威である事は明白となりました。その対策としてこちらは彼らに勝っている兵力を全面に押し出して戦います」

「兵力を展開すると言うが、場所はどうする? それに今日やった密集隊形はかなり有効だったようにも思うが?」


 私がそう言うと、彼は首を振り私の方を見てきた。


「御冗談を? 殿下も既に気づいておられるはずです。敵はこちらに密集隊形を強いたのです。それが意味するところは分かりかねますが、奴らの意図に乗る必要は少ないと思います」

「確かにそうだ。だが、密集隊形にせねばこちらの被害は馬鹿にならんぞ?」

「それもごもっともです。ですが、今回はあえて敵を中央に引きつけます。そして、左右に展開した軍を持って排除するのです」


 そう言って彼が駒を置いたのは、木々が生い茂る山林の中だった。


「確かにそれは可能だろう。だが、敵も山林への侵入を許すまい?」

「恐らく奥深く行こうとすれば、敵が罠を張り巡らせているでしょう。ですが、ある程度場所を限定し浅い場所で展開した場合はその限りではありません。その為にも、わざと負けねばなりません。相手にそれと気づかせないくらいの迫真の演技で」


 引き込み、山林に伏せた兵で一撃を与えるか。

 確かにこれ以外に方法はないだろう。

 少しでも敵を減らせるなら、それにこしたことはない。

 それから私たちは、作戦を細部まで煮詰めるのだった。


次回更新予定は7月27日です。


今後もご後援よろしくお願いいたします。

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