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キングスレー ディークニクト
ベルナンドの裏社会に向けて文章を送り付けてから数日後、リバー廻船という会社から返事が来た。
「我が社の社長は、ディークニクト様に忠誠をお誓いします。つきましては、ベルナンドまでの輸送を我が社に一任していただきましたら、幸いです」
「輸送? 運河を使って糧秣の移動をさせろと?」
「はい、もちろんそれだけでなく、兵士の皆様方もお運びいたします。彼の地は要衝ですので、城壁も何もかもが頑丈にできています。無駄な犠牲を出さない為にも如何でしょうか?」
リバー社から派遣されてきたのは、狐目のいかにも胡散臭い男だ。
だが、言っている内容としては確かに考えてもいい内容である。
「確かに魅力的な提案だ。だが、そう簡単に河川の門が開いたままになるかな? 特に君たちは裏切り者となるんだから」
俺がそう強調して言うと、狐目の男が先ほどまでの笑みを若干引きつらせた。
しかし、彼はすぐに表情を戻すとこちらに嫌味なほど恭しく言ってきた。
「流石は今を時めく常勝の将です。ご慧眼感服いたしました。ですが、我が社も負けてはおりません。河を縄張りに商売をしておりますので、そう簡単に後れを取って河川の門を支配などさせませんよ」
「なるほど、確かにそうだな。だが、君たちの裏切りが無いとは言えないんじゃないか?」
俺の用心が伝わったのだろう、彼に緊張が走る。
かと思ったが、彼は意外にも落ち着きはらっていた。
「それを言われると、何と言って良いのか。こちらも信じて頂けるように必死に頑張らせて頂こうと思っておりますが」
「……まぁ良いだろう。こちらの手の者が内部の調査を始めている。その結果を待って決めると伝えてくれ。前向きに考えておこう」
「ははっ! ありがたき幸せ! 我が主に伝えておきます」
彼はそう言って部屋を後にした。
彼を見送って少しすると、天井裏から一人の影が下りてきた。
「ディークニクト様。件の報告が上がってまいりました」
そう言って、エイラが恭しく報告書を手渡してきた。
その報告書には以下の事が書かれていた。
リバー廻船の造反は、真実であり他の2社との戦闘が開始していること。
他の2社は、リバー廻船を駆逐後街の中で我らを迎え撃つつもりであること。
リバー廻船は、ボス以下数名の人員が必死になって河川の門を守備していること。
以上の3つの報告と敵である2社の配置図が書かれていた。
「エイラ、よくこれだけ調べてくれた。今後は、敵に新しい動きが無いかとリバー社が危ない時に助けてやれ」
「リバー社を助けるのか?」
エイラの問いかけに俺は首肯して応えた。
まぁ彼女としては、裏社会に自分たち以外の存在が居続けるのに抵抗があったのだろう。
なにせ、これが上手くいけば彼女にベルナンドの港を任せるつもりなのだから。
「安心しろ。こちらも奴らに自由にさせないさ。ちゃんと楔を打ってからエイラたちに任せるから」
「それを聞いて安心した。では、私も含めて向こうに行かせてもらう」
「あぁ、成果を期待しているよ」
俺がそういうと、彼女は消えるように天井へと移り、移動を始めた。
「さて、リバー社の社長さんはどうされるかな……」
ベルナンド クリスティー
お父様がベルナンドで反旗を翻して数日。
敵の攻勢は、緩慢だが断続的に嫌がらせて続けてきている。
恐らく、こちらの数的不利を突いて、疲弊させることを主目的にしているのだろう。
「お父様、こちらの指揮は私が一時交代します。お休みください」
「あん? 何を言ってるクリス。お前こそ休め!」
出た、若い者には負けないっていう頑固オヤジな部分が。
確かに相手は、オルトとアルメダの息子たちだ。
互いに犬猿の仲なので、連携も何もあったものではないが、それでもこちらを疲労させる分には不足はない。
「とりあえず、寝てろ。今度攻めてきたら逆撃を加える。その為にもお前はしっかり寝ておけ」
「ふぅ……、分かりましたわ。お父様の言う通りにします。ただ、緊急事態になったら参戦しますからね」
私がそういうと、お父様は口髭の端を歪めて頷いてきた。
なんだかんだ言いながらも、嬉しいのだろう。
そう思いながら、私は門に備え付けてあった守衛小屋で休み始めた。
どれくらいの時が経っただろう。
休んでいる途中で、突然部下たちに起こされた。
「お嬢! 起きてくだせぇ! とんでもねぇ奴らが来やがった! このままじゃ全滅だ!」
その声を聞いた瞬間、私は跳ね起きた。
雑魚寝をしていた部下も同時に起き上がると、すぐさま手近にあった武器を手に取り外に出た。
外に出た私が見たのは、叩き潰され、投げ飛ばされ、千切られたであろう部下たち。
そして、巨大な男に果敢に挑んでいるお父様だった。
「お父様! 今すぐ加勢を……」
「来るな! 足手まといだ! すっこんでろ!」
加勢をしようとした瞬間、物心ついて初めてお父様に怒鳴られた。
それも、あり得ないくらいの剣幕で。
もちろん、お父様が叫んでいる間も、敵は容赦なく武器を叩きつける。
それをお父様も、手持ちの大剣で防ぐのがやっとであった。
「けど、今加勢してみんなで叩けば!」
「それをやってこの有様だ! 良いからお前は逃げろ! ケイン、ガス! 早く連れて行け!」
そう命令されたのは、先ほどまで雑魚寝していた部下の中の二人だ。
比較的年齢の似た若い部下である。
「お嬢! ここは逃げやしょう! おやっさんが食い止めている間に」
「そうです、お嬢! 大将がきっと奴を片付けて追いかけて来てくれやすよ!」
「どこがだ!? あの状況で私が抜けたら、お父様は! お父様は!!!」
私が叫んだ瞬間、ケインが「すみません!」と謝りながら腰から担ぎ上げ、ガスが武器を取り上げてきた。
不意を突かれた私は、為す術もなく二人のされるようになっていた。
「ガス! 武器を返しな! ケイン! 降ろせ! お父様の所へ、私は行くんだ!」
「「すみません!」」
二人は相変わらず謝っただけで、降ろす気も返す気も無かった。
そして、全力で走り出した瞬間。
私の目の前で、お父様の首はどこかへと飛んでいったのだった。
「お父様! 嘘! 嘘!!! 嘘よ!!!!!!!」
それを最後に、私は意識を失うのだった。
次回更新予定は6月27日です。
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