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子爵軍 ディークニクト
ほぼほぼ勝利した俺達は、何故かネクロスと一騎打ちをするという事になってしまった。
正直状況がかなり混乱しているので、掃討戦を行いながらとなる。
掃討の指揮は、一度キールに預けてみた。
彼自身騎士だったという事もあるので、見える範囲で見ている限り手際の良いものだった。
さて、そんな些末事を見ている場合ではない。
アーネットとネクロスの一騎打ちが始まろうとしているのだから。
両者は、緩慢とさえ見える足取りでゆっくりと近づいた。
アーネットは狼牙棒をネクロスは大剣を構えた。
アーネットが持っている狼牙棒も大きいが、敵の大剣もかなり大きい。
遠目に見ても、他の剣に比べて厚さが違う。
ただ、奇しくも間合いはほぼ一緒だった。
若干ネクロスの方のリーチが長いが、それがどうなるか。
静寂と緊張が、辺りを包む。
互いに見合って動かなくなった。
「……おい、動かねぇぞ?」
「どうしちまったんだろうな?」
動かなくなったアーネットたちを見て、周りに居た兵たちがざわつきだす。
これは動かないんじゃない、動けないんだ。
剣戟の残像が互いの中で交差しているのだろう。
息詰まる状況だ。
だが、いつまでもそうしていても埒が明かない。
俺は無粋だが、彼らが動くきっかけを、矢を彼らの真ん中に投げ入れた。
いうなればゴング替わりという奴だ。
矢が地面に刺さる瞬間、耳をつんざく金属音がした。
一瞬で間を詰めた二人の武器がぶつかったのだ。
「力は互角か。身体強化しているとは言え、アーネット相手に力負けしないのはすごいな」
俺が独り言ちると、隣から偉そうな声が聞こえてきた。
「当たり前だ。それが私の最も信頼するネクロスという騎士なのだからな」
どうやら先ほどの剣戟の音で目を覚ましたらしい、オルビスは簀巻きのまま威張っていた。
腐っても王子という事だろうか。
何ともシュールな光景だ。
そんな王子に視線を移していたら、つばぜり合いが終わってしまった。
どうやら両者互角だったらしく、互いにたたらを踏んでいる。
体勢を立て直した二人は、先ほどとは一転して今度は打ち合いを始めた。
互いの武器が交差するたび、辺り一面にあり得ないくらい大きい金属音が鳴り響く。
そして、何よりもあり得ないのは、踏ん張る足の地面がひび割れ始めたのだ。
互いにノーステップで上体の力だけで殴り合っている。
謂わば、ボクサーのインファイト。
お互いの凶器が、寸分の狂いもなく相手の急所を目掛けて叩きつけられる。
見ているこっちが生きた心地のしない状況だ。
そして、たまに相手の凶器をさばききれなくなった時に、顔面すれすれを行きかう。
それを、互いに武器弾きや上体反らしで避けている。
「に、人間業じゃねぇ……」
「アーネットさんと互角に……」
この数週間ほど、兵と一緒に訓練をしてきたアーネットだが、もちろん模擬戦では負けなしだ。
その為、兵たちの信望も厚い。
そのアーネットと互角以上の打ち合いをしているのだから、恐ろしいとしか言えない。
数十合打ち合った彼らは、同じタイミングで後ろへと下がり息を整え始めた。
現在の所、ほぼ五分と言っていいだろう。
身体強化しているアーネットと五分という時点で、空恐ろしい。
「やるな……、人間」
「貴様こそ、エルフにしておくのが勿体ない」
全くもって常軌を逸した戦いだが、その後も何十合と続いた。
全くもって、終わることのない戦いだ。
「夜が明け始めた……」
「あれから何百合打ち合っているんだ?」
「体力がおかしい」
掃討戦もほぼ終了し、降伏兵の受け入れも終わってきた。
その為、彼らの周囲には互いの陣営の兵士たちが、呆れながらも見守っていた。
確かに呆れるくらい長い。
どれくらいの時間かと言われると、正確な時間は分からないが、とにかく長い。
「オルビス。彼を止められるか?」
俺は隣で簀巻きになっているオルビスに声をかけると、彼は尊大な物言いで返してきた。
「ふん、私を誰だと思っている。これでも第二王子だぞ」
「じゃ、タイミングを見て止めてくれ。俺もアーネットを止めるから」
俺はそう言うと、視線を再び二人に戻した。
相変わらず彼らは、打ち合っては少し離れ、また近づいては打ち合って、を繰り返していた。
俺とオルビスは、二人が離れるタイミングで声をかけた。
「アーネット! そこまでだ!」
「ネクロス! そこまでだ!」
同時に声をかけられた二人は、少し不満そうにしつつも従って武器を下した。
ネクロスは、ここで止められては王子の命がとでも思ったのか、かなり戸惑っている様子だ。
「ネクロス、約束通り王子は無事帰してやる。だが、今回の戦の責任を取って、王子には居城を退城してもらう」
「殿下の命が助かるのでしたら」
彼はそう言って頭を下げてきた。
恐らくは、城も王子も両方守れなかったことへの謝罪だろう。
「そして、アーネット。よく戦った。今回は勝敗が付かなかったが、次は圧勝できるように努力をせよ」
「もちろんそのつもりだ」
相変わらずアーネットは不機嫌だったが、最初に「途中で止めるぞ」と言っておいたのが効いたのだろう。
まぁ、本人としてはもっと打ち合っていたかったのだろう。
「何とも釈然としないな。次は模擬戦で戦うぞ! ネクロス」
アーネットがそう言うと、ネクロスも何か感じる所があったのか、「おう」とだけ応えた。
次回更新予定は6月15日です。
今後ですが、HJに応募しておりますので早く投稿できる日は宣言よりも早くなる可能性があります。
遅くなることは無いように気を付けますが、基本的に最終更新日から隔日を目標にしております。
ちなみにHJは30日締め切りなので、……うん、辛い。
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今後もご後援よろしくお願いいたします。m(__)m




