6-25
エルディナ平原 ディークニクト
「前方、帝国軍側の上空に飛龍多数接近! 数は不明!」
「飛龍だと!?」
物見の悲痛な叫びが陣内にこだまし、俺達は軍議を途中で止めて天幕から出た。
確かに、帝国領の方角から多数の飛龍が見える。
少なく見積もっても、100を超えるであろう飛龍の群れだ。
「まずいぞ! 停戦の使者を送れ! あんな数の飛龍相手にしては、俺達が倒れるぞ!」
俺が、手近に居た兵に命令するのとほぼ同時に物見から再度報告が入った。
「陛下! 敵軍が一斉に退き始めました! 近くの起伏に身を隠すようです」
「起伏に!? そんなところに隠れたら……、まさか!?」
通常、飛龍に対しては草木などで擬態してやり過ごすのが一般的な方法だ。
この世界で飛龍と言うと、馬くらいの大きさのトカゲに羽が生えたものを指す。
そして、その飛龍を相手に集団でうずくまるのは自殺行為というものだ。
それを帝国軍は、あえてやったのだ。
「ディー! ここは危ない気がする! すぐに兵たちに散開を!」
「いや! 散開させるな! 風魔法で迎撃させろ!」
「あの飛龍の大軍をか!? 俺一人なら3,4匹相手でも遅れは取らんが、あの数は無謀だぞ!?」
珍しく、アーネットが戦闘に消極的になっている。
ただ、俺の予想が正しければあれは、帝国兵を攻撃しない。
できないのではなく、しないのだ。
「アーネット! 敵の動きは!?」
「近くに居た敵は、全軍後ろに隠れてやがった! ……まさか!? あれ全部が魔獣使いが操っているのか!?」
「あぁ、だから逃げても変わらん! あいつらは俺達だけを狙ってくる!」
俺がそう断言すると、アーネットも覚悟を決めた様に頷いた。
「だが、どうやって迎撃するんだ?」
「それには秘策がある。ただ、規模を大きくしないといけないから少し時間がかかる……」
「分かった! それまでの間、お前には手を出させん!」
俺がみなまで言わずとも、アーネットは俺の前に仁王立ちして武器を構えた。
まったく、持つべきものは信頼してくれて頼れる友だという事がよく分かる。
「しばらく任せるぞ!」
「おう! 全軍! 弓兵は矢を番えて構えろ! 槍兵は上空を注視! 物見の兵は帝国軍の動きに注意しろ!」
アーネットの的確な迎撃指示を聞いた俺は、魔法発動の為に集中し始めるのだった。
エルディナ平原 アーネット
ディーが、俺の後ろで集中を始めた。
兵たちは、俺の指示通りに動き始める。
しばらく周囲から、ガチャガチャと騒がしく動く音が響いた。
そして全員が配置に着くと、ここが戦場であるとは思えないくらいシーンと静まり返る。
飛龍の襲来で、本来であれば鳥や獣のさえずり、虫の動きがあっても良いのだが、全てが息をひそめるように黙りこくった。
「飛龍、距離約1000m……、50……接敵します!」
数名残した観測用の物見が、大声をあげる。
その声と同時に、矢を番えていた弓兵は一斉に上空に向けて放つ。
数万の矢が、一斉に飛龍目掛けて飛び出す。
何本かの矢が敵に当たったが、落ちてくることは無かった。
「敵軍に今だ動きありません!」
視線を外せない俺の代わりに、敵軍の兵を観測している物見の報告が聞こえる。
この状況下で動かないという事は、敵もまだ飛龍がどれくらい言う事を聞くのか分かってないのかもしれない。
いや、もしかすると動く者を食えと命令されているだけかもしれない。
そんな考えが頭によぎったが、あくまで低い可能性でしかないので、俺は頭を振ってその考えを追い出した。
ここで博打を打つ必要は無い。
まずは、ディーを守って戦わねばならないのだ。
「弓兵は次の矢を番えろ! 槍兵は飛龍に対して、上空に向けて槍衾を組め!」
俺が指示を出すと、槍兵はが一斉に上空に向けて構える。
と言っても、上に向けるだけなので槍の根元をしっかりと抑える形でしゃがみ込んだだけだ。
「いいか! 敵は魔獣使いが操っていると言っても獣だ! 深く考えずにただ槍を支えておけ!」
俺の言葉に、何人かの兵が笑った。
この状況下で笑えるとは、大した度胸だ。
生き残っていたら、直々に酒を奢ってやらねばならない。
俺がそんな事を考えていると、一匹の飛龍が我慢できずに突っ込んできた。
槍衾を物ともせず、果敢に飛びつこうとする。
だが、こちらもただではやらせない。
一匹だけという事もあり、近くの弓兵と槍兵が飛龍目掛けて攻撃を開始する。
「このトカゲめ! とっとと失せやがれ!」
「狙え狙え! 一斉にあの飛龍に矢を浴びせてやれ!」
いきり立った兵たちが、飛び出してきた飛龍に襲い掛かる。
これには流石に飛龍も驚き、飛びのいたがタイミングが遅すぎた。
一斉に放たれた矢に体を貫かれ、ハリネズミの様になって倒れたのだ。
「よし! 飛龍と言えど勝てるぞ! さぁ、次はどいつが来る!」
一匹倒したことで、兵たちの意気が一気に上がった。
だが、飛龍たちも仲間が一匹やられたのを見て、怒ったのだろう。
あちこちで一斉に降りてきた飛龍との戦いが始まったのだった。
次回更新予定は、3月1日です。
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