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大公が宣戦布告をしてから数日後、キールが情報をまとめてきた。
「ディークニクト様、情報が集まりましたぞ」
そう言ってキールは、何冊かの書類を机に置いてきた。
そこには、大公領の現状、大公のこれまでの主な戦歴、大公の現状の後ろ盾などが網羅されていた。
また、周辺地域の地理情報も全て収集されており、よく数日でここまで調べたと言える質だった。
「なるほど、これだけ詳しく知れると楽だな。ただ、大公の軍は傭兵が主力なんだな」
「えぇ、攻勢に出る際は傭兵を、守勢はごく少数の精鋭で守るのが大公の戦の哲学ですな」
大公のやり方は確かに理にかなっている。
攻める際は、被害をあまり考えずに突き進める傭兵の方が、割が良い。
何せ契約料を払えば、後は現地調達(略奪)で終わるのだ。
対して、守備は自国領の守りやすい場所で相手を迎え撃つことが多い。
そうなると、守備に特化した私兵を鍛えておいて使えばいい。
特に組織立って動くことが求められる守備は、個人で動く傭兵には不向きだ。
「ただ、こうなると陣形も何もない烏合の衆が突っ込んでくる可能性が高いな」
「えぇ、己が武を示す為にひたすらに突っ込んできて切り結ぶ、そんな戦いをされそうですな」
まぁ、それならそれでこっちは楽でいい。
「まぁ、そうなってくれればいいが、あれだけこちらに吹っ掛けてきたんだ。大公は余ほど準備を万端に整えていたのだろう」
「なるほど、しっかりと傭兵を軍として使える様にしたと?」
「さぁ、どうだろうな?」
俺がそう言うと、キールは呆気にとられたような顔で俺の方を見ていた。
「なんだ? 何かあるとでも思ったのか?」
「いえいえ、意外にあっさりと思考を放棄されたなと思いましてな」
「それはそうだろう。相手がどれくらいの練度に仕上げているかなんて考えるだけ無駄だ。こっちは相手がしっかりと戦えると想定して動かなければな」
「なるほど、それは至言でございますな」
キールはそう言うと、机にもう一冊資料を追加で置いてきた。
そこには、「大公領内の家臣の動向」と書かれていた。
「これは良いものをまとめてくれている。だが、家臣の動向までは指示して無かったんだが」
俺が意地悪くそう言うと、キールはニヤリと口ひげを歪めてきた。
「いえいえ、これは私めの趣味でございます。相手の家臣まで調べ上げるのが好きでしてな」
キールはそう言うと、一礼して部屋を出て行くのだった。
大公領 パウエル13世
私が、大公に保護という名の「軟禁」を始められて1週間が経とうとした。
日々の寝食については問題なく、衣類も定期的に新しいのが入るので問題は無い。
だが、城の外には出されず、また人々の目がある場所には行けず。
私は、城の片隅にある湖畔の小さなロッジで日長一日過ごすのだった。
もちろん、一緒についてきた司祭などの幹部たちとは離されている。
そんな私の近くには、一人の騎士が居る。
まぁ、有体に言えば見張りだ。
そんな騎士に私は、もう日課のようになっている質問を投げかける。
「おい、一体いつになったらここから出られるんだ? 私は聖光教会の総主教だぞ?」
「大変申し訳ありませんが、主人である大公が出ておられますので、判断できかねます」
「出かけていると言ってもう1週間以上じゃないか! どこへ行ったかくらい教えられんのか!?」
「生憎と、主人である大公からは何も聞かされておりませんので」
騎士はそう言うと、慇懃に腰を折って礼をする。
まったく、人形だってもう少し可愛げがあろうに。
私がそんな事を考えて窓の外を見ていると、城の方から早馬らしき者が駆けてきた。
早馬は真っ直ぐロッジに向かってくると、一礼して部屋へと入ってきた。
「失礼します。総主教猊下、大公がお戻りになられました。つきましては今後の事についてお話ししたいとの事でございます。ご足労ですが、城までお越しください」
早馬の兵士は、そう言うと胸に手を当てて敬礼をする。
我が国式の軍隊の敬礼だ。
私はそんな彼に手で応えて、支度を始める。
と言っても、ほぼ毎日来ている法衣の上に上着を着て、帽子を頭に乗せるだけだ。
準備を簡単に済ませた私は、1時間後には謁見の間に居た。
「おぉ、パウエル総主教猊下。永の留守を申し訳ありませんでした。何かお気に召されぬことでもございましたでしょうか?」
大公はやや大げさに私に近づくと、上座へと私を案内する。
「なに、大したことではない。私という聖光教会の光と言っても過言ではない者が居るのだ。そなたの領民たちに見せないのは損だと思うが?」
「確かにそれはそうなのですが、まぁ現在不届きにも猊下を指名手配している輩が居りますので一応という事でご納得いただければ幸いです」
大公はそう言うと、テーブルの上にあった菓子類を勧めてきた。
私が菓子類を手に取ると、後ろから見目麗しい女中が紅茶をカップに注いでくる。
そんな彼女を見ていると、大公は不意に声をかけてきた。
「総主教猊下。ここ数日私が留守にしていた件なのですが……」
大公はそう言うと、王城へ行って女王と話したことを伝えてきた。
「……な、なんという不信心な! 私の身柄を寄越せと言ったのか!? しかも聖光教会を、歴史ある聖光教会を蔑ろにするなど!」
「猊下、落ち着いてくだされ。ですので私も拒否して来ました。恐らく女王軍はこちらに攻めてくるでしょう。ですので猊下にお願いしたい事がございます」
彼はそう言って、私に耳打ちをしてきた。
「……なるほど、確かにそれなら私もできるだろう。良かろう。その願い確かにかなえてやろう!」
そう言うと、私と大公はお互い頷き合うのだった。
次回更新予定は12月1日です。
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