宰相の悩み
私のお誘いの言葉に一瞬呆気に取られたような顔をしたべラルド卿は、結局促されるまま隣のソファに腰かけた。
私はティーポットに被せていたティーコジーを取ると新しいカップに紅茶を注ぐ。
そしてソーサーにカップを載せてべラルド卿の前に差し出した。
「よろしければミルクや砂糖もどうぞ」
そう言ってクリーマーとシュガーポットも横に添える。
この場所にこもって作業することの多い私は、ティーポットやティーコジー、それにカップやソーサーなど、紅茶を飲むのに必要な物を何セットかバスケットに入れて持ち込んでいる。
「ありがとう」
多少戸惑いながらも、きちんとお礼を言うとべラルド卿はカップに口をつけた。
「こちらのクッキーもいかがですか?」
私のお茶のお供である。
精神的にいろいろあった時は、丁寧にお茶を入れてゆっくりと味わいながら一息入れるのが以前からの私のルーティーンだ。
頭や心がいっぱいになっていたり余裕のない時は一息入れるだけでもだいぶ違う。
一拍おくことで頭も心も少しクリアになるから。
そんなことを思いながらベラルド卿へもお菓子を勧めたのだけど。
もし甘いものが苦手な人だったらどうしよう……。
勧めてしまってからその可能性に気づく体たらく。
「情けないところをお見せしました」
私の内心などまったく知らず、ベラルド卿はそう言うと小さく頭を下げた。
「情けないところ……ですか?」
ベラルド卿に情けないところなどあっただろうか?
「はい。先ほどの相手は私の息子なのですが……」
……息子!?
え?
けっこう大きな子に見えたけど?
内心かなり驚いた私は、しかしその驚きを顔に出すことはしなかった。
社畜時代に鍛えたポーカーフェイスがこんなところで生かされるとは。
「何か言い争いをされているように見えましたが?」
私に人様の事情に立ち入る趣味はない。
とはいえ明らかにわかっているのにそこに触れないというのも不自然だろう。
さらに言えば、おそらく自分の発言には常に気をつけているであろうべラルド卿があえて『息子との言い争い』だと明かしたということは、その話題に触れても良いという意味だと思った。
「ええ。息子と意見の食い違いがありまして」
少し疲れたように見えるべラルド卿が一口紅茶を飲む。
……こんな時に不謹慎だけど、美形は憂い顔すら鑑賞に耐えうる美しさなのね……。
変なところで感心しつつ、私はどう声をかけるべきか考える。
「べラルド卿。これは私の個人的な考えですが、誰かに悩みを『話す』というのは、その悩みを一旦『手放す』ことでもあるかなと思うのです」
何かに悩んだ時、誰もが一度は誰かに悩みを相談したいと思うだろう。
むしろ誰にも相談したいと思わずに溜め込んでしまうことこそ危ない。
「私はこの国の者ではありませんし誰とも何の利害関係もありません。お話を聞くことしかできませんが、話して気持ちが楽になるのであればいくらでも聞きますよ」
そこまで言って、そういえば相手は相当の立場のある人だということを思い出す。
この世界に来てからまともに接したのがべラルド卿とリリア、そしてグノシー伯だけということもあって何となく身近に感じてしまっているのだが、べラルド卿は本来であればおいそれとはお話しできないような立場の人なのだ。
「もちろん、べラルド卿がよろしければ、ですが」
だから私は慌てて言葉をつけ加える。
「私に悩み相談の協力を持ちかける人なんて初めてです」
虚をつかれたような顔をしたべラルド卿は、小さく苦笑するとそう言った。
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