幕間:出撃前、未来を装備して
作者より:この話は、崩れる意識、穿つ希望の
のソフィア戦前の出撃シーンを描きました。
会話劇風に見ていただけるとありがたいです。
08:50|AL社 本社地下・第2整備フロアB
空調が微かに唸り、鉄骨フレームの壁を冷やしていた。地下区画の整備ベイには、3基の社装ユニットが並んでいる。脚部の駆動が仄かに熱を持ち、照明に浮かぶスーツの外装は、まだ起ききらぬ獣のように沈黙していた。
風巻 程時は、その一つに接続されたまま、小さく息を吐いた。
起動率──97%。
あと3%が、なぜ埋まらない。
焦りではない。ただ、数値の先にある“自分”に、手が届かない気がしていた。
「初陣指数ってやつね」
声がした。整備アームの影から姿を見せた芹沢 珠希が、タブレットを片手に片眉を上げる。
「初陣?それはこの間経験しましたよ!」
「例え話よ、要するに緊張してるから埋まらない。ユニットが緊張してんじゃなくて、あんたでしょ」
斜め後方では、矢口 慎吾が起立したまま機材に向かい、無精髭を指でなぞった。
「まあ風巻やしな。“顔の表情”で資料の出力ブレるとか、草薙が好きそうな話や」
草薙 修也の声が、スピーカー越しに返る。
「あはは……でも、実際そうなんだ。初出撃前の記録って、けっこう後で見るんだよ。“この時どんな顔してたか”とかね」
その言葉に、風巻は口の端だけで笑った。
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08:53|SIG-MIRROR照合フェーズ
視線を端末に戻す。ホログラフが展開し、中央にサークルが浮かぶ。
「SIG-MIRROR照合、始めます」
オペレーター席から、二ノ宮 梓の声が静かに流れる。
「そのまま中央をご覧ください。無言で構いません」
風巻はうなずいた。ホロサークルの中心を、迷いなく見据える。
「照合完了」
二ノ宮の声は、変わらない。だが、言葉の芯が強くなる。
「あなたの視点から、“何が撃てるのか”が記録に入りました。……誤魔化さないでください。視点の曇りは、全て照合されます」
端末が沈黙し、ホロが静かに消える。
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08:55|整備完了
アームが後退し、社装ユニットの膝部が一段低く沈む。同期振動がスーツ全体に走り、細部のロックが順に締まる音が連なる。
芹沢が近づき、風巻の肩に軽く手を置いた。
「行ける?」
問いは短く、それだけで足りていた。
風巻は正面を見たまま、ゆっくりと頷いた。
「行きます。“ミライノ”を撃ちに」
少し離れた場所で、矢口が鼻を鳴らす。
「最初の一枚目で勝負は決まる。構えで負けたら、資料がどんだけ優秀でも届かんで」
風巻は、わずかに笑った。
「だからこそ、構えだけは整えて出ます」
芹沢と矢口が視線を交わし、何も言わずに頷いた。
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08:58|リニア・ガイド接続
フロアの照明が一段落ち、壁面のLEDが淡く青に変わる。出撃用リニアレールの駆動が始まり、微かな振動が床下から伝わってくる。
「出撃2分前」
草薙の声が、管制から響く。
「SIG-MIRROR照合カウント、5秒前から同期開始。準備を」
続いて、オペレーター席の二ノ宮が告げた。
「照合音で、演算空間が展開されます。……心、構えてください」
風巻は軽く目を閉じ、深く呼吸を吸い込んだ。
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08:59|出撃カウント開始
天井パネルに数字が浮かび上がる。
──5
──4
風巻の両脚がわずかに沈み、スーツ全体が駆動モードへ切り替わる。
──3
芹沢のユニットに接続されたスライド砲が、ホロエネルギーを帯びて浮き上がる。
──2
矢口のスーツ背面にジャマーが展開し、スライドユニットに電力が流れる。
──1
風巻は、そっと呟いた。
「まだ見ぬ何かを、撃ちに行く」
⸻
09:00|照合音
《ピーーーーーン》
──照合が発令された。
社装ユニット3機が一斉に起動。ホール通路が開き、床下のリニアプラットフォームがわずかに沈む。
「照合起動、確認。出撃、許可」
システム音声が告げる。
ユニットの背に、青白い噴射光が走る。
芹沢がコクピットから声を張る。
「営業一課、出るわよ」
矢口が軽く笑った。
「誰が来ようが、主役はウチらや」
風巻の声は静かに、けれど確かに空間を震わせた。
「未来の意味を──撃ちに行く」
リニアガイドが加速を始め、視界が動き出す。
世界が、戦場へと切り替わった。




