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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第5章 ビタースィート
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第54話  恋のカケラ



 俯いたまま、前も見ずにずんずんと歩いていく。

 なんだか胸の奥が苦くて切ない……

 俯いたままでいないと涙が溢れてきそうで顔を上げられない。

 別に……

 神矢先輩にあげるために作ってきたんじゃないから、神矢先輩が食べてくれなくったってどうってことないのに、素っ気なく断られたことに酷く傷ついている自分がいて、情けなくなる。

 唐突に、どんっと誰かにぶつかってしまって、したたかにぶつけた鼻を押さえてぱっと顔を上げると。


「小森……?」


 そこには驚いた表情の山崎先輩がいた。


「どうした……?」


 戸惑った声をかけられて、自分が今、泣きそうに情けない顔をしていることに気づいて慌てて俯いた。


「いえ……、なんでもないです……」

「なんでもないって顔には見えないけど……?」


 優しく尋ねられて、「本当に何でもないんです……」と言ったのだけど。


「神矢に何か言われた……?」

「えっ!?」


 突然出てきた神矢先輩の名前に、思わず顔を上げてしまって、決まりが悪くて山崎先輩から視線をそらした。


「どうして山崎先輩は、私と神矢先輩が何かあったと思うんですか……?」


 恐る恐る尋ねてみる。

 もしかして、成瀬君に続いて、山崎先輩まで私と神矢先輩のことを疑ってるの……?

 でも、疑われるようなことはなにもない。私の一方的な片思いだし、告白もしてないし!

 まあ……、抱きしめられちゃったりしたけど、神矢先輩は完全に私の事後輩としか見てないし。部則には触れていない。

 だけど、疑いの眼差しを向けられるのは居心地が悪い。

 ちらっと見上げると、山崎先輩はいつものあまり感情ののらない表情で私を見て、それからわずかに眉根をしかめた。


「いや……俺の勘違いならいいが……」


 歯切れ悪く言う山崎先輩を首を傾げる。

 疑っている、わけじゃないのかな……?

 成瀬君みたいなあからさまに疑う眼差しじゃなくて、ちょっと警戒心が薄れる。


「小森をいじめるのは神矢くらいだろ」

「私、やっぱりいじめられてるんですかね……?」


 山崎先輩の呟きに、私は思わず真顔で突っ込んでしまう。

 さっきのだって、普段の神矢先輩なら甘い物が嫌いなことも笑顔のオブラートに包んでやんわり断りそうなものなのに。

 話しかけた時から明らかに不機嫌そうだったし、突き放すような態度が、去年の体育祭の神矢先輩の態度を彷彿とさせて、胸がもやもやする。

 神矢先輩が理由もなしに冷たくするような人じゃないって知ってるくせに、一人で傷ついて馬鹿みたい。

 きっと今回も、なにか理由があるのだろう。

 成瀬君が側にいて疑ってたとか? 

 ぐるぐると自分の思考に浸って考えていたら、山崎先輩の心配そうな声で呼ばれる。


「小森、大丈夫か?」

「えっ?」


 顔を上げると、まっすぐにこっちを見下ろす山崎先輩の瞳にぶつかった。

 なんだか居たたまれなくて俯いて、手に持っていた鞄に気づく。

 そうだ。


「先輩、これ、試作で作ったコーヒー味の生チョコなんですけど、苦いの苦手じゃなければ食べてください」


 鞄の中から、タッパーに入れてきた大量の生チョコとは別に数個だけを綺麗に包装した生チョコを手渡した。


「じゃ、着替えてきますね」


 予鈴がなり、山崎先輩の返事も聞かずに私は慌てて部室へと向かった。



  ※



 手のひらの綺麗にラッピングされた生チョコを見つめて、俺はどうしたものかなとため息をもらした。

 朝練後、用具室で配られたタッパーに入った生チョコとは明らかに扱いが違う。

どうみても“特別”で、これが誰のために作られたものかは一目瞭然だった。

 それにしても……

 小森は神矢が甘いの苦手だって知ってたんだな。

 それで、神矢用にコーヒー味の生チョコを作ってくるなんて、なんてけなげで可愛いのだろう。

 自分にだけ好みを聞かれた時は、神矢のふてくされた表情に罪悪感を覚えたが、小森が神矢の好みを知っているのなら、聞かないのは当然の行動だろう。

 そのことに気づかない神矢も俺も鈍いのかもしれない。

 だけど。

 道場と部室をつなぐ砂利道から歩きだし、教室へと向かいながら考える。

 なにがあったのか分からないが、なんとなくさっきの小森の表情を見たらなにがあったのか想像できる。

 嫉妬して八つ当たりとか、ガキみたいなことするなよなぁ……




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