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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第4.5章 好き、なんてものじゃなくて
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第47話  ずっと君を見ていた side神矢



 忘れたことなんて一度もなかった――

 ずっと君のことを想っていた――

 それは恋とかそんな生ぬるいものじゃなくて、彼女の存在だけが俺の救いで、大切な宝物の女の子だった。



  ※



 両親を亡くして親戚の家を盥回しのようにひきとられていた俺は、どこの家にも上手くなじめなかった。

 いや、上手くなじもうと立ち回りすぎて、逆に上手くいかなかったと、いまなら分かる。

 夜眠れなくなってしまった俺は、そのことを周りの大人たちに気づかれないようにふるまった。それが子供らしくなかったのか、大人たちを頼らない可愛くない子供と思われたのか、一つの家に長くいることはなかった。

 いくつかの親戚の家に転々と引き取られ、引き取りたがる親戚がいなくなった俺が最後に引き取られたのが、郊外に建つ一軒家だった。

 そこに住むのは、六十ほどの齢の、しかし、利発で若々しさの感じる外見のおばあちゃんだった。彼女は不思議な人でそこにいるだけで温かく包み込む力があり、親戚の家にいた時の居心地の悪さはなく、おばあちゃんの家に馴染むのはわりと早かった。

 おばあちゃんと俺には血縁関係はなく、俺の両親が教え子だったつながりで引き取ってくれたという。彼女は昔教壇に立っており、今は時々、何かしらの事情で一時的に保護が必要になった子供を預かっていた。

 俺が彼女の家に引き取られた時は、高校生くらいのお兄ちゃんが一人いた。

 彼がどういう事情でおばあちゃんの家にいたのか詳しくは知らないが、兄弟のいなかった俺にとって彼は本当の兄のような存在だった。彼は部屋に閉じこもりがちだったけど、声をかければ一緒に遊んでくれたし、悪戯なんかも彼に教わった。

 そしてもう一つ、彼が教えてくれたことは、弓道だった。

 当時小学三年生だった俺は、彼の弓道する姿が好きだった。だけど、そんなことは言えなくて、庭で素引きする姿や弓道場に行く彼をこっそり追いかけてその姿を眺めていた。

 そのことに気づいていた彼はおばあちゃんの家を出ていく日、自分が小学生の時に使っていたという四半的弓などの弓具をくれた。自分にはもう小さくて使わないからと言って。

 春、小学四年に進級した俺は、お婆ちゃんの勧めで彼が通っていた弓道場に通い、弓道を習い始めた。田舎だったからか、珍しく小学生も受け入れていた。

 はじめは礼儀作法ばかりだったけど、それでも俺は弓道をどんどん好きになっていった。

 だけど、好きだからといってすぐに上達するわけじゃなく、当時は小柄な方だった俺にはなかなか弓を引ききることが出来ず、悪戦苦闘していた。

 お婆ちゃんの家にやってきてもうすぐ一年が経つその年の夏、おばあちゃんの息子夫婦と孫娘がお盆休みにやってきた。

 彼女は自分のことを“なぎ”と言い、とても人懐っこい女の子だった。

 毎年夏にやってくるおばあちゃんの家で、はじめてみる俺の姿にも臆さず、にこにこと無邪気な笑顔で話しかけてきた。


『ねえねえ、おにいちゃん、きゅうどやってるの? いいなぁ~、なぎもはやくやりたいなぁ~』


 ちょっと舌足らずに喋る小柄な彼女のことを、俺は小学一年生くらいだと思っていた。

 彼女は弓道が好きらしく、毎年夏におばあちゃんの家にやってきては、お兄ちゃんについて道場に見学に行っていたという。その年の夏もお兄ちゃんに会うことを楽しみにしていたらしいが、彼がいなくなり、そこにいたのは俺だった。

 庭で素引きしていると、必ずといっていいほど、彼女は縁側に座って俺を眺めていた。

 なんだかその姿が、去年までの自分と重なって、恥ずかしいようなくすぐったいような気持ちになる。


『なぎね、まえいたおにいちゃんのしゃもきれいですきだったけど、おにいちゃんのしゃはもっともっときれいですきっ!』


 満面の笑顔でそんなことを言われて、胸の中がかぁーっと熱くなった。

 嘘やお世辞ではなく純粋な眼差しに見つめられて、もっと好きって言ってもらいたいと思った。

 それまでの俺は、夜にぐっすり眠れることはなく、昼間に寝てしまう生活が続いていた。

 だから、昼間に弓道場以外の場所に遊びに行くことあまりなかったけど、その夏は彼女に誘われて川に遊びに行ったり、野原を駆け回ったりして――、目が覚めたら朝だった。

 爽やかな小鳥のさえずりに目を覚ました俺は、隣の布団で、手を繋いだまま隣で眠る彼女のあどけない寝顔を見つめて、愛おしく思った。

 それは、両親を亡くして以来初めて、夜ぐっすりと眠れた日だった。

 たった数日だったけど、彼女といると不思議と夜眠るのが怖くなかった。夜中、目が覚めても、隣に彼女がいると安心して再び眠りに落ちていった。たっぷりと昼間に遊んだその疲労感からかもしれないが、俺には自分の手で包み込めるくらいのその小さな手の女の子が宝物になった。

 翌年、俺は児童施設に引き取られ、彼女と再会することはなかったけど、彼女のことを忘れたことなんて一度もなかった。

 弓道を続ける限り、あのキラキラした瞳で弓を見つめていた女の子とつながっていると思えたから。




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