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imitation*kiss  作者: 滝沢美月
第3章 恋の道しるべ
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第27話  恋愛方程式



 静寂の先に、真剣な眼差しを的に向けて弓を構えて引き分けていく神矢先輩の凛とした姿を見つめて、息を詰める。

 学園祭二日目の朝、中庭の一角で行われている弓道部のパフォーマンスを見に来た観客の端の方で、私はいま弓を引いている神矢先輩の姿を瞳に焼きつけるように強く見つめた。

 壁に巻き藁用の畳を数枚斜めに立てかけてその中央に的を置き。体育倉庫から借りてきたカラーコーンでその周りを囲み、的から二十八メートルの位置に道場から持ってきた射位の立札を置き、その場所に立った神矢先輩の姿をみんなが見つめている。

 神矢先輩の引きはどこにも無駄がなくて、洗練されていて、弓道のことを知らない人だって思わず見入ってしまう。

 口割りまで引ききり会に入り、静寂の中、弓から放たれた矢の音と、さら的に当たった矢の音だけが響いた。

 誰とはなしに、弓道部員の中から「しゃっ!」という声がかかり、次いで、観客からの拍手が鳴り響く。

 離れから矢を倒す動作の中で静けさが戻ったけど。

 一手皆中で打ち終えて、射場に礼をして出てきた神矢先輩に再び盛大な拍手が送られた。

 端に控えていた山崎先輩が、マイクで弓道部の発表を終えることを伝えて、ぞろぞろと観客は去っていった。

 中庭に簡易射場を作って弓道部員が射るところを見せるパフォーマンスは、普段は壁で囲われた道場でやっている弓道をもっと多くの人に見てもらい、興味をもってもらおうという目的で行われている。

 実際、私も去年学校見学で来た学園祭で弓道部のパフォーマンスを見て、弓道部の存在を知っていた。

 だけど。

 去年見たパフォーマンスよりも、神矢先輩の姿が瞳に深く焼きついて離れない。

 やっぱり、神矢先輩の弓を引く姿はあまりに綺麗で、いいなぁって思ってしまう。


「さすがは神矢君ね。いつもと違う場所であんなに観客に囲まれても、涼しい顔で一手束中させちゃうなんて」


 神矢先輩の前に一手打った玉城先輩はまるで怪物でも見るような表情で、ちょっと皮肉気に言った。


「そういう、玉城は相変わらず緊張しいだな」


 いつものちょっと意地悪な顔で笑って言った神矢先輩に、玉城先輩は頬を真っ赤にして反論していた。

 まだ二人が一緒にいるところを見るのは辛いけど、周りには一年と二年生がいっぱいいるし、玉城先輩が食って掛かっている姿はなんだか微笑ましくて、つられて苦笑してしまう。


「お疲れ様」


 ぽんっと肩を叩かれて振り向くと、山崎先輩が普段無表情の顔に、薄く微笑を浮かべていた。


「お疲れ様です」


 がばっと頭を下げて言ったら、くすっと笑われてしまった。


「緊張しただろ」

「まあ、そうですね……」


 そう言いながら、ちょっと視線をそらす。

 私も玉城先輩の前に打ってて、一手羽分けだった。

 ええっと、一手っていうのは二本のことで、羽分けは半分当たったってことだから、つまり二本中一本当たったのだけど。

 実は、あんまり緊張していなかった。

 なぜかっていうと。

 打つ順番は私、玉城先輩、神矢先輩って決まってて、本当なら一番最初にやることに緊張しそうだったんだけど。

 一緒に控えていた城先輩がガチガチに緊張してて、その横で、神矢先輩が全く緊張したそぶりも見せず笑っているから、あまりに二人の対局な様子に緊張なんてどこかに飛んでいってしまった。

 まあ、羽分けなら上出来きな結果だろう。


「なんだ? あんま緊張してなかった顔だな」


 私のあいまいな苦笑を見て、山崎先輩が瞠目する。


「はぁ~、俺なんか見てるだけなのに緊張したよ」

「成瀬君もやればよかったのに」

「無理っ!」

「ってか、来年は絶対やることになるでしょ?」

「マジ無理っ!」


 断固拒否と言い切った成瀬君に、呆れて肩を落とす。

 本当はこのパフォーマンス、例年は二年生二人でやるらしいんだけど、玉城先輩が極度のあがり症で絶対無理と言っていて、もう一人の二年女子の吉岡先輩も嫌がってて、そうしたら、神矢先輩が「じゃあ、小森さんもやるってことで」とか言いだして……

 どこからどう、じゃあになるのか分からなかったけど、玉城先輩に、がしっと両手を捕まれて「深凪ちゃん、よろしくね」って言われたら……後輩の立場では断れるわけがない。


「人もはけたし、そろそろ片付け始めるか」


 山崎先輩の言葉に一年生が頷いて、片付けを始める。

 片づけは、畳やカラーコーンを運ぶといった力仕事で、パフォーマンスに出た私は準備片づけは手伝わなくていいと言われているけど、自分が使った弓と矢は自分で片付けようと思って、袴の裾をさばいて足早に道場に向かった。

 弓矢を片付けた私は、着替える時間も惜しんでそのままクラスに戻った。


「ごめんー、遅くなったっ」


 二日目の午前中がクラス展示の当番になっていた私は、少し遅れて教室に戻ったことを謝る。


「お帰り~、深凪。こっちはいまのところ平気よ」

「ありがとう」


 一緒に受付をする紗和と、私がいない間に代わりに受付をやってくれてた花塚さんにお礼を言って、受付の席に座った。


「まさか、その姿で戻ってくるとは思わなかったわ」


 紗和に笑われて、私は苦笑する。


「だって、待たせたら悪いかと思って」

「別に気にしなくていいのに」


 花塚さんが気づかって優しく言ってくれた。

 クラスの受付分担は部活の方の兼ね合いもあるから夏休み前には決めていて、二日目の朝一番に弓道部のパフォーマンスをやることは決まっていたけど、私は出る予定じゃなかったし、準備も特に手伝わなくていいと言われていたから――その代りに一日目はずっと部活の受付をするように言われてて――、クラスの受付を二日目になっていた。

 ちなみに、二日目の午後はじゃんけんで負けてしまい、午前中やることになっていたのだけど。

 夏休み中に、急きょ、弓道部のパフォーマンスに出ることになってしまい、最初は誰か他の人と当番を入れ替えてもらおうとしたのだけど調整が上手くいかなくて。

 私がいない約三十分を花塚さんが代わりにやってくれることになったのだった。

 自分の担当もある上に、私の代わりに受付もやってくれる心優しい委員長の花塚さんには感謝してもしきれない。


「私達も上から見てたけど、すごかったよ」

「あっ、ちょうど、うちのクラスって中庭見えるもんね」

「深凪ってば、ちょー上手だったよっ!」

「ありがと」


 褒められて、ちょっと照れてしまう。


「山崎先輩がやらなかったのはちょっと残念……」

「山崎先輩がやったら、違う意味ですごいことになりそうだね」


 紗和の言葉に、花塚さんが同意するように苦笑する。


「けど、神矢先輩もすごかったね! 普段はあの人好きする笑顔がちょっとつかみどころないカンジなのに、弓道やったことない私でもすごいって伝わってきて息を詰めて見ちゃった」

「うんうん、すごかったね~」


 紗和と花塚さんの二人に神矢先輩が褒められて、自分の事のように嬉しくて微笑んでしまう。


「でしょっ! 神矢先輩の射は見惚れちゃうくらい綺麗だよねっ!」


 意気込んでいった私に、いつも神矢先輩の話を聞かされている紗和が呆れたように顔を顰めた。


「でたっ、深凪の神矢先輩贔屓」

「別に贔屓目でみてるわけじゃ……」

「まあ、今日のあの姿を見たら贔屓目じゃないって分かったけど」


 そこで言葉を切った紗和が、はぁ~っと呆れたようなため息をつく。


「ほんっと、好きよねぇ~、神矢先輩の事」

「べっ、別にそういうんじゃないっていつも言ってるじゃない……」


 私は不服気にぷいっと視線をそらした。

 自分の頬が赤くなっているって分かっていて、でもそれを誤魔化すように言う。


「神矢先輩は私にとって憧れの先輩ってだけで……」

「だから、それが好きってことじゃないの?」


 真顔で聞き返されてしまって、私はきゅっと唇をかみしめた。


「紗和の山崎先輩に向ける“好き”とは違うよ……、そもそも、うちの部、部内恋愛禁止だもん……」


 ぽつんっと漏らした私に、はぁ~っと紗和は盛大なため息をついた。


「そんなの、ダメって言われても気づいたら好きになってて、止められないのが恋じゃないの――?」




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