36.制裁を!
「……そうですか。よくわかりました」
ミラはポツリとそうつぶやくと、ひとつ息を吐いて集中力を高めた。体内を巡る魔力に意識を向け、イメージを紡いでいく。
そして、魔法のイメージが脳内で完成されたその時、ミラは心のなかで叫んだ。
(土よ、この男に制裁を!!)
ゴゴゴゴゴゴ……。
足元から地鳴りが響いたかと思うと、ひび割れる地面から木がメキメキと伸び、ギズリーを絡め取りながら轟音とともに天を衝いた。
――そして一瞬にして、ギズリーの体は空中に引きずり上げられていた。
彼は高さ十メートルほど、だいたい建物の三階くらいの高さでぶらぶらと風に揺られている。
太い枝にがんじがらめになった彼は全く身動きが取れないようで、顔を真っ青にしていた。
ミラは宙吊りのギズリーを見上げ、彼に聞こえるよう大声で叫ぶ。
「あなたのせいで先生がどれだけ傷ついたかわかりますか!? わかるまでそこから下りてこなくていいです!!」
「ななな何すんだこのアマ! おおおお下ろせ!! お、俺は……高所恐怖症なんだよおぉぉお!!!」
ギズリーは青白い顔のまま、わあわあと叫んでいた。ミラは一切同情せず、フン、と鼻を鳴らす。これでやっとスッキリした。
「あははっ! 流石はエイダンの妹だ!! 是非とも魔法師団に欲しいところだよ!」
シリウスの声にハッとしてそちらを見ると、彼はすでにクリスを離し、腹を抱えて笑い転げていた。一方のクリスは、険しい顔でミラに駆け寄ってくる。
「ミラ、怪我は? 無茶しすぎだ。何かあったらどうする?」
彼はそう言いながらそっと上着をかけてくれた。いろんなことがありすぎて、自分が寒空の下にいることを忘れていたが、体が冷え切っている。
ミラはありがたく彼の上着で暖を取りながら、頭を下げた。
「申し訳ありませんでした、ご心配をおかけして……」
元はと言えば、一人になるなと言われていたのに勝手に行動した自分が悪い。クリスに迷惑をかけてしまったことを自覚し、途端に申し訳ない気持ちが溢れてくる。
しかしクリスは、悔いたような表情で頭を横に振った。
「いや、違う。すまなかった。俺のせいで、お前を危険な目に遭わせてしまった。あの男は私怨で俺の元にやってきたんだ。まさかお前を狙うとは」
(……何かしら。なんというか、なんとなく……)
クリスがギズリーに対して激怒していたのも、いま目の前で激しく後悔しているのも、全て「ミラを危険にさらしてしまったこと」に対してではないだろうかと、ふと思った。自意識過剰かもしれないが、なんとなく、そう思ったのだ。
「持っているその紙袋は何だ?」
クリスの声でハッと思考を引き戻されたミラは、慌てて説明を返す。
「忘れてました。いま宙吊りになってるあの男の人に、先生に渡してくれって言われて。なんだかすごく重いんです」
「どうせろくでもないものだろう」
クリスは溜息をつきながら茶色い紙袋を受け取ると、折りたたまれていた口を開いた。
彼とともに中を覗くと、その重さの正体は小さな丸い時計がくっついた四角い箱だった。が、じっくりと観察してみると、箱に取り付けられた丸いものは時計ではなかった。タイマーだ。針が一本しかなく、文字盤も時計のそれではない。
しかし、観察しても得られた情報はそれだけで、ミラには一体この箱が何なのかさっぱりわからなかった。
「なになに?」
笑い転げていたシリウスも、いつの間にかそばに来てひょっこりと袋の中身を覗いていた。彼は見た途端その箱が何なのかわかったようで、クリスと顔を見合わせる。
「爆弾だね」
「爆弾だな」
「ば、爆弾!? どどどどうしましょう!?」
突然の緊急事態に、ミラはパニックになった。もし男から渡された時に取り落としていたらと思うとゾッとする。
(爆発したら一体どこまでの被害が出るの!? もし研究棟にまで被害が及んだら!? ダメ……それだけは絶対にダメ!!)
慌てふためくミラをよそに、クリスもシリウスも平然としていた。こんな時にどうしてそんな冷静でいられるのだろう。
「お二人とも、何でそんなに落ち着いていられるんですか!? 爆弾ですよ、爆弾! 早くなんとかしないと!!」
必死の形相で訴えかけるも、クリスはクツクツと喉の奥を鳴らして笑う始末だ。
「ククッ。刃物を突きつけられても動じなかったのに、爆弾は怖いのか」
「だって、さっきは怒りが勝って……! って、そんな話をしている場合ではありませんよ! ととと時計! 時計の針がもうすぐゼロになるんですよ!?」
箱に取り付けられた小さなタイマーの針は、刻一刻とゼロに近づいていた。このままでは、あと数分ほどで爆発する。
そんな状況なのに、クリスは余裕の表情を浮かべていた。
「ミラ、分子の運動を止めるにはどうすればいい?」
唐突に物理学の問題を出題され、ミラは呆気に取られた。しかし、反射的に答えが口をつく。
「へ? ええと、絶対零度まで冷却……?」
「正解だ」
クリスは軽く頷いたあと、袋から箱を取り出し一瞬にして魔法をかけた。どうやら箱の中身だけ絶対零度まで冷却し、箱の側面に温度を遮断する結界を張ったらしい。こんな芸当、クリスかシリウスにしかできないのではないだろうか。
ミラが唖然として目を丸くしていると、クリスは持っていた箱をシリウスにひょいと投げた。
「残りの処理は任せるぞ、シリウス」
「はいはーい。あの男はどうする? うちで処理しちゃっていい?」
「ああ、そうしてくれると助かる」
その後、シリウスの部下が到着し、ギズリーは魔法師団の面々に連行されていった。今朝ミラが怪我をしたあの手紙も、おそらくは彼の犯行だろうということだ。
ギズリーの取り調べは、王城に連行後、行われるらしい。




