22.完全にパーティーのデジャヴ
(それにしても、先生はやはり私のことを「面白い」と評するのね)
前にも言われたが、クリスの女性への評価は本当に独特だ。彼の口から「可愛い」とか「魅力的だ」とかいう言葉は一度も聞いたことがない。
(先生って、昔は婚約者とかいたのかしら……)
思考が横道に逸れていると、キャシーの静かな声が聞こえてきた。
「先生は少しミラのことを誤解なさっているかもしれません。彼女は研究のことばかりで他人に関心がなく、政略結婚を少しでも遅らせるために大学に逃げるような無責任な子です」
(うわあ……辛辣……)
別に他人に関心がないわけでも大学に逃げたわけでもないのだが、事実だけ見ると当たらずも遠からずな内容だ。
ジュダスが結婚を遅らせるために大学進学をミラに勧めたことを、クリスは知らない。だからクリスが信じてしまっても仕方がない発言だったが、彼はすぐに否定してくれた。
「あいつがそんな女性でないことは、そばで見ていればすぐにわかる。これ以上ミラの悪口を言うなら、すぐに出ていってくれ。実に不愉快だ」
クリスの声は不機嫌極まりなく、心底迷惑がっているのが伝わってくる。しかしキャシーもここで簡単に引き下がるような性格はしていない。
(よし……! 今度は私が先生を助けるのよ……!)
ミラは再び扉に手をかけると、そのまま勢いよく開け放った。
「先生! 研究についてご相談があるのですが!」
中に入ると、クリスとキャシーは居室のソファに向かい合って座っていた。
突然現れたミラに、キャシーはとても驚いた反応をしていたが、クリスはわずかに口角を上げただけだった。
「ミラ、いいところに来た。こいつを追い出してくれないか? 流石に力尽くというわけにもいかなくてな」
「あら、キャシー……! どうしたの? 大学に何か用?」
たった今来ましたという完璧な演技。ミラは心の中で自分に百点満点を出した。
対するキャシーはミラの存在が疎ましいらしく、キッと睨みつけてくる。クリスに見えない形で。
「あなたには関係ないわ……!」
彼女は憎々しげにそう吐き捨てると、さっと雰囲気を変えた。さながら悲劇のヒロインのように庇護欲をくすぐる表情で、クリスに言い縋る。
「わたくしっ、先生に一目惚れをしてしまったんですっ。わたくしにチャンスを下さいませんか!?」
キャシーの言葉がどこまで本当かはわからない。だが、もし彼女が本気なら、真剣な愛の告白の邪魔をするのは少々気が引ける。
ミラが扉のそばから動けずにいると、クリスは小さく溜息をついて立ち上がった。
「それは難しい」
そう言うと、クリスはそのままミラの方に近づいてくる。
そのまま部屋を出ていくのかと思い、扉の前からさっと退くと、クリスはなぜかミラの隣で止まった。一体どうしたのだろうと隣を見上げた瞬間、彼に優しく抱き寄せられる。
完全にパーティーのデジャヴだ。
「この通り、俺には心から愛する女性がいる。諦めてくれ」
(………………は?)
ミラはあまりの事態に思考が停止し、目を丸くしたまま固まった。腰に腕を添えられ抱き寄せられていることもそうだが、何より「愛する女性」という言葉に脳を殴られた。
(せっかく自分の想いを胸の奥底に押し込んだっていうのに、この人は……!!)
怒りとも呆れとも取れない感情が沸き起こり、ミラはぐっと息が詰まった。
もちろんこの場を乗り切る嘘だろうが、そもそもキャシーにそんな嘘をつく必要があったのだろうか。告白を断るならもっと他に方法があったろうに。
「どうして……どうしていつもあなたばっかり……!」
絞り出すようなキャシーの声でハッと我に返ったが、続けざまに彼女の叫び声を浴びせられた。
「わたくしが今までどれほど惨めな思いをしてきたかわかる!?」
「キャシー……?」
立ち上がった彼女は両手を力強く握りしめ、目に涙を溜めながらミラをきつく睨みつけている。その視線に込められていたのは、完全に憎悪だった。
「あなたと幼馴染だったせいで、わたくしはこれまで散々な目に遭ってきたの! 昔から優秀なあなたと比べられて、両親はわたくしに厳しい教育を強いたわ。でもいくら頑張っても報われなくて、二人共わたくしを見限った。出来損ないの娘だと家族から冷たくあしらわれる気持ちが、あなたにわかる!?」
それはキャシーの、心からの叫びだった。
キャシーには三つ上の兄がおり、幼い頃はよくミラとミラの兄エイダンと四人で遊んだものだった。彼女の兄は優秀で、今は王城に勤めていると聞く。
キャシーの両親は確かに教育熱心な人たちで、できの良い長男をよく自慢していた。しかしその影でキャシーがぞんざいな扱いを受けているだなんて、一度も聞いたことがなかった。
(まあ、もしそうだとしても、流石に隠すわよね……)
成長するにつれ、ミラは研究に熱中していき、キャシーは習い事や勉強に追われ、自然と疎遠になっていった。貴族学校で再会したときも、常に一緒にいるほどの関係ではなかったため、彼女の過去を全て知っているわけではないのだ。




