魔術書と初恋
古びた書物には、普段はあまりお目にかかれない古代の魔法陣が描かれている。
「これ……あの時の」
「そう、君が魔術学で首位をとったときのご褒美だ」
「二人きり……」
ジークウェルト様がうなるような声を出した。圧倒的に心が狭い。
普段は強面だとか、冷酷だとか言われて周囲に恐れられ、それでいて誰にでも平等で正義感が強いと尊敬されているのに……。
「君だけだ」
「……え」
「俺をこんなふうにしてしまうのは、君だけだ」
「へぁ!?」
真顔になったジークウェルト様が、グイッと私に顔を近づけてくる。
「近いです!」
リアス先生がニヤニヤとこちらを見つめている。羞恥が限界点に達した私は、ジークウェルト様のたくましい胸元をグイグイと押した。
「……さて、本題に入るか」
「おや、気にしないのですね」
「傍目に見ていても、フィア君のことが好きでしかたがないジークウェルト君。その甘酸っぱいジレジレを見てきた側としては……おや、顔が赤いぞジークウェルト君」
「くっ……」
自分より照れている人がいると冷静になれるというものだ。
「……どちらにしても元婚約者、バール・ロンデル子爵令息にフィア君はもったいなさすぎた。君がどんな手を使っても引き離そうとしたのは間違いではなかったと思うよ」
「……先生」
「そんな目で見るな。君がしなければ僕がそうしていたかもしれないし」
『グルル』
白銀の光が眩く緑であふれる部屋を照らし出し、もちろん直後そこにいたのはジークウェルト様が姿を変えた大型犬のジークだ。
「ふむ。本当に君は完璧すぎる魔力制御をしていたのにな……」
『グルル』
「そんな声を出すな。可愛い教え子たちのため、もちろん一肌脱ぐさ」
『グル』
微笑んだリアス先生は、王立学園時代ファンクラブがあっただけあって、やはりあまりに麗しい。
一瞬だけ見惚れて『グル!』という不機嫌な鳴き声に我に返る。
やはりジークは可愛い。
しゃがみ込んで背中をモフモフ撫でると、ゆるく尻尾が揺れてますます可愛い。
「なあ、それはジークウェルト君だが」
「もちろん。リアス先生も変身するところをご覧になっていたでしょう?」
「うん。君が良いならそれで……理解があって良かったな、ジークウェルト君」
『グル!』
そのあと、ジークウェルト様は大型犬から元の姿に戻ることができず、魔脈の流れを乱す毒について調べるのは、リアス先生と私たち二人の役目となったのだった。
* * *
――そして日は落ちて、魔導ランプの明かりがつく。ようやく私たちは目的に近い記述を見つけた。
「これか……」
「確かに……まさか、聖獣様が人になれたのは毒をあおったからだなんて」
「ジークウェルト君とは逆に見えるが、元の姿を失いもう一つの姿になるのだとすれば同じと考えられなくもない。仮説としては成り立つな」
古びた書物には、愛する人のそばにいるために聖獣様がとった行動が記されていた。
それは愛しい人に選ばれなければ、元の姿と力と長い寿命を失う毒だ。
「この資料は、王立魔術院から持ちだしてきたものだ」
「……え?」
「古く隠されていたこの書物を読んだことがあるものはごく一部……」
「まさかその人が」
「その可能性が高いな。王立魔術院の上層部の一部には魔術こそ全てだと騎士団を目の敵にしている者がいる」
眉を寄せたリアス先生。
もしかして、リアス先生が王立である魔術院から離れ、王国の魔術師の二大勢力の一つであっても非公的機関である魔術師ギルドに移った理由はそこにあるのだろうか……。
「先生」
「おや、ようやく戻れたのか」
「……先生、ご協力感謝します。ですが、王立魔術院の上層部が絡んでいる可能性が高い以上、先生を巻き込むことは出来ません」
「……僕は教え子を見捨てはしない」
微笑んだリアス先生と押し黙ったジークウェルト様。
「僕は王立魔術院から離れた。そのことが、君たちを裏切らないという証明にはならないかな?」
「……リアス先生」
「それに君たちの行く末を楽しみにしているんだ、僕も」
ジークウェルト様の肩をポンッと叩いたリアス先生が軽くした。
「さて、作戦会議といこうか」
「ええ……。フィア嬢、少しここで待っていてくれるか」
「はい……」
部屋の奥にあるもう一つの扉の向こうに消えてしまった二人。室内には私一人が取り残される。古びた1冊の書物とともに……。




