夜空とやり直し求婚
静まり返った食堂。
壁際に控えるアメリさんも少しだけいつもよりうつむき加減だ。私たちに気をつかってのことだろう。
チラリ、と向かいに座ったジークウェルト様に視線を送る。
茶色の髪とどこまでも深い海みたいな青い瞳。
優雅な所作は高位貴族らしく、一応王立学園ではマナーの講師に褒められたことがある私の所作なんて子どもみたいに思えてくる。
ふと目が合えば、柔らかく微笑むジークウェルト様。普段はどちらかといえば強いとか凜々しいという印象を受けるけれど、笑うと急に幼くて可愛らしい印象になる。
――そのことを知っている人はたぶん王国でも数少ない。
そんなことを意識した瞬間、どうしようもなく頬が熱くなってしまい、慌てて口の中のデザートのタルトを飲み込んで水を飲む。
「タルトが気に入ったようだな。もっと食べるか?」
「とても美味しかったですが、もう十分です」
「では、行こうか」
(これでは、ジークウェルト様に赤くなってるのがわかってしまう)
クスッと小さな笑い声が聞こえた。
松葉杖を片手に立ち上がったジークウェルト様がもう片方の手で私の頬に触れる。
「君がそんなに照れると逆に冷静になれるな」
「……揶揄わないでください」
「許してくれ。あまりに君が可愛いから、ついいじめてしまいたくなる」
「……えっ」
「はは、もちろん優しくするつもりだから安心して?」
ジークウェルト様の笑顔に他意はないに違いない。けれど私はますます赤くなる。
けれど頭のどこかで浮かれることができない現実的な私が言う。
ジークウェルト様に私はふさわしくない、と。
少し冷静になったところで、先ほど受けた求婚について確認しようと口を開きかけたとき、テラスへの扉が開かれた。
――満天の星、美しい満月。
いつも見ているはずの夜空が今夜はあまりに美しくて、半ば呆然としながら見上げる。
「遮る物がないから、ここから見る夜空はとても美しいんだ」
再び訪れてしまったジークウェルト様の私室は三階にあるから、他の家よりずっと高い。
王城はテラスの反対側にあるから、夜空を遮る物がない。
「きれいです」
「良くここで、君を思い浮かべていた」
「……ジークウェルト様?」
「先ほどは途切れてしまったから改めて言おう。……俺と結婚してくれないか?」
暗闇にまだ目が慣れなくて、ジークウェルト様の表情が見えない。
それでも引き寄せられ、抱き締められれば彼の心臓が酷く高鳴っていることがすぐわかる。
「でも、私はメイドの娘です」
「王立学園で見た君はいつも明るくて辛さなどみじんも見せなかったから、メイドの子であってもそれなりに大切にされていると思っていた」
「……サーベル侯爵家とミリスティア伯爵家では家格が釣り合いません。しかも私はメイドの娘で家では居場所がありません。……それに引き換えジークウェルト様は侯爵様でしかも騎士団長で私なんてとても」
「――騎士団長の座は降りようと考えている。人の姿を完璧に保てなくなった今、これからどうなるか俺こそわからない」
その声は重々しかった。
顔を上げる。暗闇に慣れたからようやくジークウェルト様の表情が見えた。
(そう言いながら騎士団長を……辞めたくないんですね)
それは単なる直感だ。
けれどジークウェルト様が騎士団長に就任するまでの活躍も、就任後の活躍も聞き及んでいる。
それは単にその地位だけで騎士団長になった人ができる働きではない。
(努力して、誰かのために身を粉にして手に入れた地位だもの)
私は真っ直ぐ顔を向けて口を開いた。
「……求婚を受ける前に、ジークウェルト様の毒を無効化する魔法を探します」
魔力を体中に巡らせる魔脈。
それはたとえ解剖しても見えないけれど、確かに存在するという。
おそらく、ジークウェルト様を蝕んだのは魔脈の流れを乱す毒だ。
「はあ……そうだな。君に自信を持って求婚するにはその方が良いのだろう」
「もちろん、大型犬になってしまっても私は構いません……むしろジーク可愛いです、好きです、大歓迎です!」
「ん……?」
「暖炉の前で大型犬をモフモフするのに憧れていたんです」
「君のためならいくらでもこの身を差し出そう……。しかし犬の姿の自分に嫉妬する日が来ようとは」
お許しをくださったあと、何かごにょごにょと口にしていたジークウェルト様。
その姿はその夜、残念ながら大型犬に変わることはなかった。




