蟻さんの引越し
引越しの会社の話ではありません。
これまで生きてきて、まだ一度しか見たことがない光景がある。
裏の雑木林の隣に、道路をはさんで竹と桜が生い茂る謎の土地があった。町内の子供会が七夕の時期になると笹竹を分けてもらっていたところでもある。
当時、散歩がてらひとりで花見をしにいく謎の小学生だったわたし。おかげで他に目撃者がいないという事態が発生する。
その年も道路のこちら側から花を眺めていると、向こうからなにやら行列が隣の雑木林へ向かっていることに気づく。近づいてみれば、大きな黒い蟻が卵や蛹を担いで運んでいた。
「なんでこんなところを、こんなに大きな蟻さんが?」
雑木林側にも大きな黒い蟻と小さめの赤い蟻が暮らしているのは知っている。ここは過去記事でも書いている、よく木から落ちていたところだから。
喧嘩にならないものかね。
そんなことを考えながら、帰った。
蟻の大移動の話を帰宅後に話すと「ああ、そこ(竹と桜の土地)、マンション建つんだよ」と言われる。
工事があるのはまだ先の話なのに、蟻さんはもう移動を始めていたのだ。
危機察知能力すごい。
その数ヶ月後、工事は始まり、あっという間にマンションが完成した。
雑木林も、三十年後には宅地造成されていたが、古くからこの地に住んでいる人には「よく住むな~」と恐れられている。
だって崖だったもん。よじ登ったり降りたりしてたけど。そして知らないおじさんおばさんに叱られるところまでがセットである。ある種のお約束かもしれない。
この雑木林に住んでいたと思われる虫さんたちは、どこへ移動したのかな。
現在住んでいるところの方が自然が多いのに、なぜかこのテの光景を見たことがない。移動する必要がないのか、この辺は開発終わってるようなものだし。
隣市で山を切り開いたときにたぬきの交通事故が多かったという話は聞いたことがある。実家近くのものより大きな国道沿いなのに,そんなところにたぬきいたんだ……と思ったのを覚えている。
生きるのも、たいへん。




