散髪
ちょうロングヘアだった頃、髪を切りに美容室へ出かけた。
ろくに手入れもしていない、伸ばしっぱなしになっていたから、もっとも長いところは膝まであったと思う。座るときによく尻で踏んだ。
「とりあえず、肩甲骨の辺りまで切りたいんですけど」
お願いしたら、店員さんとほかのお客さんから悲鳴が上がった。
「えー、もったいないー!」といわれても……邪魔だし……。
なんでカット回避の説得が始まっているのだろう。切りたいんだよわたしは。
しかし当時のわたしは最強のカードを手にしていた。
「そろそろ就職活動があるので」
「あぁ……」
とてもとても残念そうではあったけれど、切ってもらうことに成功した。
シャンプーの前に、肩甲骨より下のあたりでざっくりと。人々の悲鳴とため息の中切られてゆく髪。
なにこの謎の儀式感。てゆーかきみたち何しに来てんのよ、客。
そして、ある程度切られたところでつんのめる身体。何が起きた。
「若いから髪がしっかりしていて重いのよ。たくさん切ったときあるあるだね」
あるある、というほどないような気もする。
その後、毛先を揃えてもらったり前髪を作ってもらったりして施術を終え、帰宅。
「切った髪、どうした?」家に着くなり訊かれた。
「え、要らないから置いてきた」
「なんで持って帰ってこないの。つけ毛とか作れたのに」怒られた。
理不尽。
体重計に乗ってみたら、一キログラム以上減っていて驚いた。頭重いはずだわ。
そしてバイトへ。
バイト先へ到着するなり、女性社員十人くらいに囲まれた。こわ。
そのうちのひとりにガッと両肩を掴まれる。こわ。
「何があったの、相談に乗るよっっっ」
なんだなんだこの前のめり具合は。髪を切っただけなのに。
失恋したとか思っていそうだ。失恋してもたぶん切らないぞ。
「え、就職活動するからあまり長いのは不利かなと」
特に事件性がなくてあからさまにがっかりする面々。失礼な。
しかし、肩を掴んでいた社員さんが就職活動の一言に反応する。
「えっ、ちょっとまって。さっちゃん就職活動するの?!」
「しますて」
「このままうちに居ると思ってたのに!!!」
いやまて、なんで就活しないことになってんの。そっちの方がよっぽど「何があったの」「ちょっとまって」だわ。
長さが違うだけで髪型自体はいつもと変わらんのに、よく気づいたよな女性社員さんたち。営業さんたちなんか全然気づかなかったのに。彼女たちに言われてこっちに確認しに来るという事態が。仕事してください。
その後もこういう切り方を何度かしている。気づかれなかった最長記録は、夫の一ヶ月。毎日見てると気づかないもんだよね、うん。
さらにのち、とうとうロングに飽きた。
「坊主か、それ以外か」で数年悩み、考えた末に「それ以外」で決着がついた。
が、行ってみた美容室で拒否られる。とにかく拒否られる。
仕方がないからその人ができるところまでやってもらって中途半端な長さとなり、辛抱すること一ヶ月。ダメだ。この長さ、嫌すぎる。
で、辛抱たまらず飛び込んだ美容室で、現在お世話になっている美容師さんと出会うのである。
「これこれこういう経緯で今の髪型になって、でもこの長さがものすごく嫌で。こうしたいのだけど、できます?」
「できますよー」軽。
「まじですか、助かります。めっちゃ拒否されたもので自分の髪(の生え方)に問題があるのかと思って」
「たぶんその人(美容師さん)の技術がない」うわあ、きびしいな。
「ここがこうなればいいので、あとはお任せで」
初めての美容師さんではあったのだが、シャンプーしてもらった手に謎の信頼感を得たのだ。人に触られるのが苦手なのになんともないから、たぶん大丈夫。
で、いきなり刈りあがったね。ハサミで。
お世話になりだしてしばらくしてから、この人が理美容両方できると知った。そらカット上手いはずだわ。
「女性にはバリカンを使わないと決めている」
「え、じゃあ男性は」
「とりあえすこうイッパツ(バリカンを)バリッと入れといて、『で、どうします?』っていこうかなと」
「まてやコラ」
男性の扱いがひどい。
わたしの扱いもたいがいになってるけど。座ったらなにも訊かれることなくハサミが入る。ずっと同じ人に施術をしてもらっていると、次かさらに次までを視野にいれた形を考えてくれているのがわかる。
たまに「なにも考えずに切っちゃったけど、次どうしよう」と悩まれる。
まあがんばれ。




