そして散髪
コロナ禍で緊急事態宣言が出されていたときですら普通に通っていた美容室から、実はここ数年足が遠退いていた。かといって他の美容室へ行くわけでもなく。
行くならここ、この美容師さんと決めているから。
人に触れられることを極端に苦手とするわたし、「この手なら大丈夫」と思えない美容師さんとは二度目がないのだ。ごめんね。
パーソナルスペースが広すぎる弊害ともいう。
緊急事態宣言が出されても通っていた理由はただひとつ、この美容室が開店してからまだ数年と若かったから。勤め人だった頃に指名してくれていたお客さんがけっこうな割合でこちらに移動してきている(わたしもその一人)のは、本人から聞いて知ってはいたけれど、台風でもキャンセルしないからってコロナでキャンセルしないとは限らない。
美容室クラスターがいわれた時期でもあったけれど、このお店は店主ひとりでまわしているし、予約優先だから他のお客さんと同席することもない。動線もきれいだし風通しも良い内装(もともと)だから、安心して通えるお店でもあったのだ。
諸事情により「ちょっとお休みするけれど、絶対に戻ってくるから」と残して音信不通になり早数年。もしかしたらよそのお店に行ったと思われているかもしれない。
と、自ら高くしすぎた敷居におののきつつ、ようやく電話をする。免許の更新がなければ、さらに先送りにしていたかもしれない。不義理が過ぎる。
「ご無沙汰を重ねすぎております、穂積でございます~~……」
爆笑された。
電話を受けたのがわたしでも、たぶん笑う。
きっとまた餌付けを期待されているだろうなとは思いつつ、今回は持参せず。
以前のようなノリで作るには、わたしの身体的に材料の制約が多すぎる。自分の納得のいく出来でないと差し入れしてこなかったから、味見は必須なのだ。口にできないものは作れない。コーラ煮は作るけれど。
そしてこの暑さで、以前より吹き出す量の増えた汗。生地に入るから。料理ですら苦戦してるから。無理。
となった。
そして美容室へ到着。
「ちょ、穂積さん、(知ってたけど)汗出過ぎ(笑」
「湿度がっ、湿度がっっっ!」
半泣きである。でもこれもともとの汗かき体質に加えて、本格的に更年期きてると思うのよ。と泣き言を言ってさらに笑われる。
そうとしか思えないんだもの。
「今日はどうされます?」
「刈りたい!」
「えっ、刈る? 刈っちゃう? いっちゃう?」
やけにノリノリである。こいつは絶対にアレを狙っている、間違いない。
「坊主にして、写真に残します?」
ほらやっぱりぃーーーー!!!!
相変わらず刈りたがるな! しかもソフトモヒカンを通り越した!!
「いや、しない。五年残るし」
「一生に一度の記念になるって!」
「だからしないって」
「しないのかー」
こらそこ、残念そうにしない。
坊主にはしないが、刈るのは刈るのだから。
ネタに走るのは好きだが、ネタにするところは選びたい。免許証の写真にこだわる人を否定する気はまったくないが、自分はしない。それだけのことである。
そんなに免許証の提示をする場面なんてある? という質問へは、ご老体の付き添いで金融機関や役所へ行くことがあり、手続きを代理でするから身分証の提示を求められることを説明したら、驚きとともに納得された。
休めない時期に期限があるため夫の代理で役所へ手続きしに行くこともあるし、結構あるのだ身分証の提示の機会って。
かくして「なつかしいーーーー」と、ほんの数年前までしていた髪型になったのであった。伸ばしっぱなしでいちばん長い部分が腰あたり、だいたい背中の下の方までいっていたのが、一気にツーブロック刈り上げへ。
以前と少し違うのは、現在の流行に沿わせているからか。流行がわからない(追っていない)からその辺は不明だけれど。
「穂積さん……、もーちょっと、髪を大切にしよう?」
念を押された。
うん、こまめに切らないとね……。
「……反省してます……」
長かった髪をひとくくりにすると髪束を伝って毛先から汗が滴る問題があったため、後ろで団子にまとめていたせいか、正面から見るとほとんど変化がない不思議。
横が耳に当たって外はねするから(以前は耳を出していた)違いがわかる程度に。
時間の経過とともに耳周りの外はね程度が増し、子に「いかみみ♪」と楽しそうに言われている。
え、もしかしてこれで写真残んの?




