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竜姫はチートを望まない  作者: 丘/丘野 優
第2章~迫害系チート少女編~
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第35話 かつての出来事

「……話は、分かりました。けれど……ちょっと不思議なことがあるのですが」


 リナはそう言ってスクルドに尋ねる。

 彼女は頷いて、リナの質問を待った。

 リナは言う。


「スクルドお姉ちゃんは、《意思の坩堝》……の、《変化》に対するイメージをたった一人で誰かが塗りつぶしている、とおっしゃいましたけど、それってどうしてそうだと分かるんですか?」


「……鋭いわね。いい質問だわ」


 リナの質問にスクルドは唸るようにそう言った。

 リナは、スクルドの話を聞いて思ったのだ。

 もしかしたら、何百、何千万の人間が……非常に不本意だが、ああいう、シバルバーのような謎の格好をイメージしている可能性もゼロではないではないか、と。

 いや、何千万でなくてもいい。

 一人ではなく、数人の、ものすごく意思の強い者が交代で行っている、という可能性もないではないだろうとも。

 しかし、スクルドはそう言ったリナの考えを理解した上で、首を振った。


「言いたいことはわかるけれど、どちらの可能性もないわ」


「それはどうして……」


「それこそ、シバルバーの格好よね」


 そう言って、スクルドはシバルバーを見た。

 情けない、ずーんと沈んだ雰囲気のまま、仁王立ちして下を向いている筋骨隆々の魔法少女(中年)がそこにいる。

 リナはなんとも言い難い目で彼を一瞥してから、


「……どういう、意味ですか……」


 と、震えた声で言う。

 いったいどんな気持ちで質問すればいいのかもわからなくなるほどの戦慄をリナに感じさせるシバルバーの格好だが、とりあえずそれは思い切って無視することにし、シリアスな表情を装って頑張って聞いてみたのだ。

 そういうリナの涙ぐましい努力をスクルドは察してか、特にいろいろ思うところはあるだろうに、それには触れずにリナの質問に答える。


「シバルバーの格好、あまりにも細かすぎると思わない?」


「えっ?」


「こう言ってはなんだけれど……人のイメージって曖昧なものなのよ。私が神力を発揮したときに変化できるこの格好も比較的複雑なほうだけれど、持っているものや、着衣、それにフクロウのこの子なんかは……絵本でこういうものが描かれていて、イメージがかなり統一されているからこそできることなのよね」


 確かに、リナは小さなころ、絵本で導きの女神さまはこういう格好をしているのだ、と絵本で何度も読んだ記憶がある。

 そしてその中では、確かにこういう格好をしていることが多かった。

 描いた人が異なっていても、大まかなディティールは同じだし、持っているものやフクロウ、それにゆったりとしたローブなどは共通している。

 またローブに描かれている文様も、伝統的な導きの神の紋章と言われるもので、彼女のことをイメージするものがローブにこの文様が描かれていると考えるのは当然の話だった。

 スクルドは続ける。


「でも、シバルバーのあれは……私みたいに統一的なイメージのある程度固まっているものじゃないわ。なにせ、何の格好なのかもわからないくらいなのよ。複数の人間が、こういうものをイメージしようとすれば、いくら意思が強くてももっと曖昧なイメージになるはずなの。たとえば、あのフリルの重ね方はもっと単純なものになるでしょうし、スカートの形もあそこまできっちりとはしていないはずよ。それのあのステッキのデザインも細かすぎるし、全体的な色合いや配色が計算されすぎているの……要は、複数の人間のイメージの複合されたものにしては、あまりにも頑固なこだわりがありすぎるように感じられるのよね……」


 リナは服飾には詳しくなかったが、女の子の端くれである。

 スクルドの語る話もなんとなく分かった。

 今、シバルバーがあの服を着ているからこそ、なんだかすごく酷いもののように見えているが、服単体で見てみると、かなりかわいい。

 あれを着ているのが、見目麗しい少女で会った場合には、かなり映える格好であるのは間違いないだろう。

 そしてその場合、腰が非常に細く見え、また手足は長く、そして全体的にきらびやかに見えるようによく調整されたデザインであるということも、よくよく観察してみればわかった。

 スクルドの言いたいのは、そこまでの複雑な計算のされたイメージは、複数人のイメージの妥協の産物ではありえない、ということなのだろう。


「服飾の女神にも意見を尋ねたことがあるのだけれど、これは一つの完成された服装であるけれど、今までシバルバーが着るまではこの世に存在しなかったもの、らしいわ。だからこそ、それを作った者は発明をしたと言える……そしてそんな発明を、シバルバーを第一号にして着せた者がいて……さっき説明したような理由で、それはきっと一人なのだろうと、推測できるというわけよ」


「このかわいい服を……この人に着せようなんて考える人がこの世に存在するんですね……」


 思わずつぶやいたリナに、スクルドはため息を吐いて、それから核心をつく一言を言う。


「……そうね、信じられないけど、いるのよね……っていうか、リナ。はっきりとは口にしなかったけど、あなたも、もうわかってるでしょう? これをやったのは、あの娘よ。あの娘ならこんなことをしかねないし……それ以上に、これが可能・・・・・なのも間違いないわ」


 “あの娘”というのが誰を指すのかわからないほど鈍いリナではない。

 そして、スクルドの言葉を聞き、やっぱりそうなんだという思いが強くなりこそすれ、そんなわけがないという気はひとつもしてこなかった。


 彼女なら、やる。

 彼女なら、出来る。


 何の根拠もない断言にしか聞こえないセリフだが、しかし、こと彼女についての話であるならば、これだけで十分な証明がなされていると言っても過言ではない。

 スクルドが、これは彼女の仕業だというのなら、そうなのだろう。

 ただ、一つ疑問があるとすれば、


「……いくらあの人でも、常識くらいはあります。何の理由もなく、一人の成人男性にこんな恰好をさせるとは思えないのですが……どうしてこんな嫌がらせを……」


 その台詞をリナが言った時の、シバルバーの救われたような表情と言ったらなかった。

 好きで着ているわけではない、という主張を理解してくれたのだとはっきりしたからである。

 中年男性が少女に向けるにしては、ひどく違和感を覚えさせるような、崇拝するような視線がリナの頬を貫いたが、リナはあえて無視して、スクルドが答えてくれるのを待った。


「はっきりと理由を説明してくれたことがあるわけじゃないけど……昔ね、あの娘がここに来たことがあるの」


「ここって、天界に、あの人がですか?」


 本来、ここは神や亜神、それに連なる者しか来れないと言われている場所である。

 そうそう訪れることなどできないはずだが、スクルドは頷いた。


「ええ、しかも、一人でね。私たちは誰も、手引きはしていないから……それは天界始まって以来、初めてのことだった。侵入者を過去許したことはあったけれど、そのときは必ず、誰かしら裏切りものがいたり、陰謀によって天界への道を開けられたりしていたからね。厳密な意味で、身一つで侵入できた者なんていなかったのよ。でも……」


「あの人は、一人でここに来た、ということですか……」


 リナの言葉に、スクルドは頷く。


「そうよ。あの娘は、幾重にもかけられたはずの結界や防御設備すべてをすり抜けてここにやってきた。そして主上の御前に立って、言ったわ……。『ちょっとその羽が必要なのよ。頂戴』ってね」


「は、羽……?」


「ええ。主上の背には、昔、翼が一対あったのよ。でも……あの娘が毟っていってね……まぁ、だからと言って力が落ちるとかそういうことはなかったみたいだけど、それ以来、主上の背から、翼は消えた……」


 このときリナが思ったことと言えば、天上神相手に何をやってるんだあの人は、という気持ちと、あの人ならきっと傲岸不遜な顔つきで堂々とやるのだろうな、という二つの相反する気持ちだった。

 そして、一応、きっと何かしらの理由があるのだろうとも。

 とんでもない人だが、まったく無意味なことはしないだろうという、謎の信頼もそこにはあったからだ。


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