第34話 仕組みと答えと悪ふざけ
「……俺とて、好きでこんな格好をしているわけではない」
怯えてスクルドの背中に体半分隠しながら覗くように見つめるリナに対して、シバルバーは嘆くように、また歯がゆそうにそう言った。
「好きじゃないなら、き、着なければいいじゃないですかっ……」
汚らわしい者を見るような目で見つめながら、リナはそう叫ぶ。
その台詞に、シバルバーは言葉もないらしい。
首を振って、ため息を吐き、がっくりと崩れ落ちる。
しかし、意外にもそんなシバルバーについて肩を持ったのはスクルドであった。
「リナ。言いたいことは十分分かるけどね……シバルバーの言っていることは本当なのよ」
「それは……どういう……?」
流石のリナも、ふりふりのおっさんにではない者にそう言われると、少しは話を聞こうという気になるらしい。
相変わらずシバルバーからは身を隠しながら、リナはスクルドの言葉を聞いた。
「さっき、シバルバーが言ったでしょう。『神力を見せてやろう』って」
「……そうですね、ですから、私はてっきり何か特別な……神々しか使えない力を見せて、伝授していただけるのかも、と思っていました。それなのに……」
現実は、筋骨隆々の偉丈夫が突き抜けた女装をしただけなのである。
もちろん、人の趣味はそれぞれだ。
女装が趣味であっても、それは全くかまわないだろう。
けれど、真面目に修行をしよう、そのためには命を懸けても惜しくはないと覚悟を決めたリナに、唐突にその趣味を披露されても困るし、さらに言うならリナはそう言った趣味を持つ大人の男性、というのを見たことがなかった。
色々な意味で衝撃を受けるのは仕方なく、ひどく怯えるのも当たり前と言えば当たり前であった。
そんなリナに、スクルドは言う。
「貴女の言うことも分かるわ。でも、シバルバーだって何もふざけてあの格好をしているわけじゃないの。それと言うのも、神力、というのは少し特殊な力でね。世界中のあらゆる生き物の特定の概念に対する共通認識を増幅させて、それを自らの力とするものなのよ……」
その説明は、リナには難しくてよく分からなかった。
どういう意味なのか、と首を傾げたリナに、スクルドは続ける。
「たとえば、ね。私はエルフからは《道を示す神》と認識されているわ。だから、司る力は《導き》、そこから派生する様々な概念……なの。だから神力を発揮しようとすれば……」
スクルドの体がその言葉とともに光に包まれる。
ふわりとした優しい光だった。
そして、光が収まったあと、そこにいたのは先ほどまでのものとは違う衣装を身に纏ったスクルドである。
先ほどまでは真っ白なローブ姿だったのだが、今は濃い緑を基調とした複雑な文様の描かれたローブに、それと合わせたような博士帽を被っている。
視力矯正用の魔導具である眼鏡もかけており、さらに左手には辞書と思しき厚い書籍を、右手には枝の伸びる木製の杖を持って立っていた。
全体にアカデミックな雰囲気だが、その肩にはフクロウが乗っていて、静かに辺りを見回している。
深い学識を備えた魔術師、と言われると納得できる格好かもしれない。
この人物に何かを相談すれば、たちまち答えを出してくれる、そんな雰囲気がする服装だった。
「……シバルバーさんとはまるで正反対の服装なんですけど……それがシバルバーさんのあの感じといったい何の関係が……?」
リナは首を傾げてそう尋ねる。
シバルバーは少し離れた位置で、リナの言葉にびくっ、としていた。
リナもさすがに何となくかわいそうになってきたが、疑問は解決しなければならない。
尋ねないわけにもいかなかった。
スクルドは答える。
「なんとなく分かるんじゃないかしら? 貴女、私を見てどう思った?」
「……なんか、色々教えてくれそうな雰囲気に変わったかなぁって思いますけど……」
「そう、それよ」
びしっ、とスクルドはリナを指さす。
スクルドは続けた。
「つまりね……この私の格好は、世界中の人が考えている、《何か迷ったときに質問したい人》のイメージに合致する格好なのよ。たくさんの人が、そう思っている、強いイメージ。それを私たちは《意思の坩堝》と呼ばれるところから取り出し、自分の力として活用することが出来るの。そしてその力のことを、私たちは神力、と呼んでいるというわけ。私のこの格好は、《導き》の力の具現、神力の発動による具現化なのよ」
かなりわかりにくい話だった。
難しい。
しかし、何となくだが理解できるような気もしたので、リナは自分の言葉に直して尋ねることにする。
「……ええと、つまり神力っていうのは……みんなの想いを力にできる力ってことでしょうか……?」
「大ざっぱに言えばね。そしてどんな"想い"を力に出来るかは、人による、というわけよ。私は《導き》に対する人々の想い、シバルバーは《変化》に対する想い、ということ」
自分が大ざっぱにでも理解できていることにリナは安心する。
しかし、スクルドの話を改めて心の中で咀嚼すると新たな疑問が生じた。
あまり、よろしくはない疑問が。
リナは尋ねる。
「……だとすれば、世界中の人たちがみんな、《変化》するもの……というのは、ああいう……フリル付きの何かだと考えている、ということになってしまいませんか? 《導き》の具現がスクルドお姉ちゃんの格好なら……《導いて欲しい人》の格好が今のスクルドお姉ちゃんの格好なら……《変化して欲しい人》の格好が……あのシバルバーさんの格好ということに……」
リナのたどり着いた疑問に、スクルドはシバルバーを見ながら頷く。
「より正確に言うなら、《変化したらなりたいもの》があの格好だということでしょうね」
「そんなバカな……」
この世界の生き物のほとんどが、変化したらあれになりたい、などと考えているなどということがあり得るのか?
リナはそう思ってシバルバーを見た。
いや、ない。
と即座に答えがでる。
そう思ったリナの顔を見て、若干シバルバーの表情の絶望が深まった気がしたが、きっと気のせいだろう。
リナが思ったことをスクルドに言うと、彼女もリナの意見に同感のようで、
「そりゃそうよ。そんなことあるはずがないわ。そもそもあの格好、なんなのよ。あれになりたいってどういう理由があるのかすら分からないわ」
「……じゃあ、なんで。やっぱりシバルバーさんの個人的趣味なんじゃ」
「そこはシバルバーの名誉のために違う、と言っておくわよ。これがねぇ……不思議なことなんだけど。昔はシバルバーが神力を使うと、不死鳥とか、強力な武具を纏った鎧騎士とか、強大な魔力を持つ魔術師とか、そういうものに変化したの。でも……ある日突然、シバルバーはあれにしかなれなくなったわ……」
あれ、の辺りでシバルバーを見つめるスクルド。
リナは口をあんぐりとあけて、
「なぜ……あんな姿に……」
「分からないわ……と、言いたいところだけど、正直だいたい予想はついているのよね。というのも、世界中の生き物の統合されたイメージ、意思を塗りつぶすなんてこと、普通は出来ないわ。けれど、今回はあのシバルバーの格好になるようにそれが現実にされているの。ちょっと考えただけで分かるんだけど、恐ろしい意思の力よ。何せ、あのイメージをある時期からずっと固定し続けているんだから。普通、統合されたイメージは、時代によって変わっていくものなの。けれど、シバルバーのあれはずっと、全く変わらずに……いえ、たまにマイナーチェンジをするようにフリルの位置とか色とか武器の感じとかが変わったりするけど、だいたいあの感じなのよ。恐るべき意思の力だわ。たった一人で、全世界の生き物の意思と一時も休まずに対抗できてしまうのだから……そんなことが出来る者が、どれだけいると思う?」
と。
そこまで言われて、リナにもスクルドが何をいいたいのかわかってしまった。
つまりだ。
あれは、あのふざけたシバルバーの格好は。
彼女の仕業なのだ、と。




