19 長島暗躍~その2
甲賀五十三家は現在織田家と敵対し、同じように敵対する長島一向一揆を熱烈に支援している。
しかし、五十三家もあれば、意思統一も楽ではない。そもそも平時では集落ごとが争い、死者ができる事も珍しくないリアル世紀末の修羅の国だ。
横のつながりは薄い。長島支援といっても各家が、それぞれの長島とのつながりを持っている状況で、おれはそれを個別に紹介してもらっていたわけだ。
つまり、どこの家がどの派閥を支援しているかがわかる。親しい人を紹介されるのだ。秘密でも機密でもない。
こうしてオレは、甲賀五十三家という長島各派閥への情報提供ルートを入手する。
やがて、集めた長島一向宗の弱みの情報が、対立派閥に流れるようになる。
この段階では、まだ大きな問題にはならない。小さなシコリが累積し、ギスギスした雰囲気から、各派閥の対立関係が浮き彫りになってくる。
そして、関係が悪くなり始めたころに事件が起こる。
石山本願寺派の複数のお寺や館で、同時着火のキャンプファイヤーが発生。そして、地元長島派が「まて、あわてるな、これは織田家の仕業じゃ」と事態を鎮静化。
この報告は正しい、織田家のゲリラ部隊が、ピンポイントで焼いたのだから、織田家の仕業で間違いない。
ただ、織田の仕業である証拠品が地元長島派“のみ”に提供されただけである。
“偶然”にも、正確かつ迅速な証拠がそろってしまっただけ。
そして、次の放火は、まるで報復のように長島地元派のみが標的となる、他はボヤ騒ぎで終わるが、前回の「織田の仕業だ」と報告した寺は、“なぜか”重点的に放火され大きな被害が出る。
そして、「これは織田の仕業だ。間違いない。」と、その犯人情報が石山本願寺派に“のみ”提供される。
誰も嘘は言っていない、これは織田家の仕業だ。
真実はいつも一つ。
被害者が、その真実を信じるかどうかは、また別の話である。
途中、サプライズイベントで、岐阜からの内通の手紙が、“偶然”見つかり、該当の高僧が告発された事を甲賀から聞かされた時には、笑いを抑えるのに苦労した。
信長様。アドリブで、お茶目すぎ。
やがて、甲賀で入手した弱みの情報をちりばめた、根も葉もない噂が流れ始める。
聞く者の猜疑の念が、それに幻想の根と葉を付け加えてくれた。
僅か数ヶ月で、長島はギスギス。何もしないでも派閥争いで血を見る始末。
甲賀の頭領さんからも「尾張の天台宗は長島とは別に行動しては?」と心配される始末だ。
甲賀がそう判断するのは正しい。
仏の名のもとに、死を恐れず織田と戦う一向宗。ただ、残念な事に、信者一人一人に菩薩が現れて打倒織田を説いたわけではない。
『偉大な仏に仕える、高潔な坊主』という、仲介者が存在する。
では、その高潔なはずの坊主がお互いを罵り合い、憎みあい、争いだしたらどうなるだろうか。
石山本願寺には顕如と呼ばれるカリスマがいる。彼一人が高潔なら、教徒は彼を盲信するだろう。だが、長島にはそんな存在はいない。だから『高潔な坊主集団』を組織する。
それが『高潔な坊主集団(笑)』に変わってしまえば、長島一向一揆は実に微笑ましい状況に陥るわけだ。
そしてそんな中、評価を爆上げする存在がある。
迅速かつ正確な情報をもたらし、織田の暗躍を証明して見せた、ボクらの名探偵『甲賀忍者集団』である。次こそは、織田のテロを未然に防ぐのだ!とかいって、月曜4時くらいに放映されそうだ。
まあそれを甲賀が喜ぶかはわからない。何せ、死にかけた老人にすがりつかれたような状況だ。とはいえ、織田と敵対する勢力は甲賀周辺には長島一向宗しかない。
元亀3年5月
期限まであと3週間を残したある日。
オレは再び、甲賀の里に足を運んでいた。
「これは、豊念様。本日は…」
「はじめまして。それがしは、織田家家臣前田利家が家来 三直豊利と申します。」
頭領の動きが止まった。
チェックメイトである。




