02-25 妖刀
気付けばアレイシアは、奇妙な色の中、あの空間に立っていた。目の前には黒美さんが屈んで、アレイシアの顔を見つめている。
「あれ? 私はあの後……?」
記憶を探っても、王都から帰ってシェリアナと血を吸い合った所までしか覚えていない。この空間に居るという事は、いつの間にか眠ってしまったという事だろう。
そこで、黒美さんが口を開く。
「……それにしても貴女、よく血を吸う様になったわね」
「吸血鬼ですから」
「そうとは言ってもね。前世元人間が血を吸う事を快く思う筈無いじゃない?」
アレイシアは確かに……としばし思考に耽る。吸血衝動が起こるからと言う事も出来るかもしれないが、それを忌避するでも無く、血を吸う事をアレイシアは受け入れた。今更ながら、そんな自分をアレイシアは不思議に思ってしまう。
「ま、順応力があっただけでしょ」
そう言って、黒美さんは懐から紙を取り出す。それはアレイシアが記入し終えた死神就職申し込み用紙だった。
「これ、書き終わっているみたいだから持って行くわね」
「分かったわ」
どうやって持って行くのかと聞きたかったが、絶対に話してくれないだろうと言葉を飲み込む。
「……あ、言い忘れる所だった。貴女の刀、妖刀なのよ」
「え、妖刀?」
アレイシアが問うと同時に視界が暗くなり始める。いつも通りの目覚める前兆だ。
「あ、妖刀ってどういう……」
そのままアレイシアは、言葉を最後まで言い切れずに落ちる意識に身を任せた。妖刀とは何かと考えながら———
現在は夕方の十二刻、地球で言う午後六時頃に当たり、遠方には橙色に輝く夕焼けが見える。今日はベルク先生に気の扱い方を教えてもらう約束となっていた。
待ち合わせ場所の学園中央噴水広場に到着したアレイシアは、噴水を囲う煉瓦に座り、腰に携えた刀を抜いて持ち上げる。銀の刃は夕焼けの光を反射し、より一層妖しさを醸し出していた。
アレイシアは、峰の部分を指で触れる。金属の冷たさが伝わって来ると同時に、別の『何か』を感じ取る事が出来た。
「……?」
もう一度、同じ場所に触れる。すると——
「……あっ!」
確かに感じ取れたそれは、アレイシアの知識から判断して妖力だと確信出来た。つまりこれが、黒美さんの言っていた妖刀という事なのだろう。
と、そこで丁度、ベルク先生が道の向こうから歩いて来るのが見えた。ベルク先生は、アレイシアを見つけるとすぐに手を振りながら近づいて来る。
「おーい! 待たせちまったかな?」
「大丈夫よ。まだ二、三分位しか待っていないわ」
その言葉に安心したのか、アレイシアのすぐ隣に座るベルク先生。
「そ、それにしてもお前……武器を撫でる少女って凄くアレじゃないか?」
アレイシアは一瞬、確かに……と考えるが、それが自分らしさだとも断言出来る。
「……私はそれでいいのよ」
「そうかい。カタナを気に入ってるなら何よりだ」
「これから校舎の屋上に行くんでしょう?」
「そうだ。何時でも自由に使えるからな」
ベルク先生は立ち上がり、校舎の方へと歩き出す。アレイシアも刀を鞘に収め、速足でその後を着いて行った。
「まずは、気を感じ取る事が重要だ。これは魔力でも同じ事だな」
「やっぱり」
「こらぁ! やっぱりとは何だ、やっぱりとは!」
校舎の屋上、そこでアレイシアとベルク先生は向かい合っている。魔力でも神力でも同じだったその過程は、アレイシアにとって『やっぱり』としか形容出来ないものであった。
「まずは目を閉じて、一切の余計な思考を絶つんだ。心を無にして感覚だけに集中する。やってみろ。そこに俺が微量の気を流す」
「分かったわ」
アレイシアは目を閉じ、言われた通りに感覚を研ぎ澄ます。そうすれば、何時もは気にしない風の音や、自身の心臓の鼓動まで聞こえてくる。果てには、空気中に含まれる微量の魔力や精霊の声でさえ感じ取る事が出来た。
——どれ程の時間が経ったのだろうか。アレイシアは突然、胸の心臓部に圧迫感を覚える。その感覚は更に強くなり、身体中に響く様な弱い痛みに変わった。それは痛いけど心地の良い、存在するだけで力が漲って来るという不思議な感覚……
———これが、気……!!
気の存在を遂に掴む事が出来たアレイシアは、ゆっくりと目を開ける。持ち上げた両手をじっと見つめ、そこに確かに気があるという事を確認した。
「…………!」
「そうだ! 本来は短くても四刻は掛かるんだがな、二刻半で感覚を掴むとは恐れ入ったぜ!!」
そう言って、アレイシアの背中をバシバシと叩くベルク先生。その表情はどこか嬉しそうで、誇らしげにも見えた。
「……え!? 二刻半ってことはもう十五刻?」
「そうなるな。今日はもう寮に帰って休め。本格的な使い方は明日からでどうだ?」
「そうね。……じゃ、また明日!」
「おう、また明日!!」
ベルク先生に見送られ、アレイシアは寮室へと戻って行った。屋上から飛び降りようとしたアレイシアをベルク先生が止めようとし、危うく先生共々落ちかけたというのは余談である。
真夜中の十六刻、この時間で日付が変わる。そんな時間になっても、アレイシアはまだ机に向かっていた。
「んー……」
「アリアさん、もう寝ましょうよ……」
「待って、あともう少し」
眠そうなフィアンの言葉に耳を傾けず、机に置かれた刀にじっと目を向ける。右手は柄の部分に添えられ、淡く発光しているのが分かる。アレイシアは刀に妖力を込めていたのだ。何故かといえば、先程感じた微量の妖力を増幅すれば、何かが起こるかもしれないと思ったからである。
「先に寝ててもいいわよ……あっ!?」
「アリア!?」
そこで突然発光が強まり、暗い部屋に光が満ちて行く。唐突の事に全く対応出来ず、二人は驚きの声を上げる。
「キャァアアッ!!」
「っ!?」
気付けば、アレイシアの右手にあった刀は赤く光り、周囲に妖力を撒き散らしていた。赤の濃い場所が模様のように、刀身に浮かび上がっている。
「さすが……妖刀の名は伊達じゃ無いわね。……あ、フィア?」
「うぁ、アリアさん……っ……」
妖力に当てられたのだろうか、倒れるフィアンをアレイシアは抱き止め、そのままベッドへと運んで行った。勿論刀は、すぐに妖力の供給を切って鞘にしまっておく。
フィアンをベッドに寝かせた時、アレイシアはこう言った。
「フィア、おやすみ……」
「すー……すー……」
それは前日、彼女自身が言われた言葉であったという事を覚えているのだろうか。アレイシアは知らず知らずの内に、自然とこの言葉を口にしていた。
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