12 キスの味は?
お祭りのメインである花火の打ち上げに備えて場所を早めに確保することにした。
河川敷の斜面にタオルを敷いて二人で座る。
途中に露店で買ったりんご飴を食べながら花火開始の時間を待った。
「……今日は楽しかったです」
サヤちゃんがぽつりと呟くように言った。
「それは良かった」
「ずっと……、ずっと啓一さんと一緒に来たかったです」
サヤちゃんが潤んだ瞳で俺を見つめる。
「いつも思っていました。どうして私はこんなに身体が弱いのだろうって、どうして私は啓一さんと一緒にお祭りに行けないのだろうって」
「サヤちゃん……」
「でもこうも考えるんです。もし私が小さい頃から病気もせずに健康だったら啓一さんに会えただろうかって。もし私が毎年このお祭りに来ていたら今こんなに胸がドキドキするだろうかって」
サヤちゃんは手を自分の胸に当てながら言った。
「確かにそう考えれば俺たちが昔会って、一緒に遊んだことも偶然と言えば偶然だったわけだね」
「……違います」
か細い声でサヤちゃんは、しかしはっきりとそう言った。
「えっ?」
「偶然じゃありません。私が啓一さんと会えたのは,その……運命だと思います」
サヤちゃんは俺から顔を逸らしながら言った。
そのサヤちゃんの表情は俺からは見えない。
しかし、髪をアップにしたことで晒されているいつもは見えない白いうなじは真っ赤に染まっていた。
――運命か
今回ここに帰省するまでそんなこと思いもしなかった。
しかし、子供の頃にふとしたきっかけで出会った二人がこの夏に再び出会って、そして婚約して、今こうしてここで二人並んで座っている。
そう思うと感慨深い。
それを運命と言わずに何というのか。
「うん、確かに運命だ」
俺はサヤちゃんとこうしてこの場にいることができることを感謝した。
『ただいまより、花火の打ち上げを開始します』
アナウンスが流れると周囲がざわざわとする。
「ほら、啓一さん。始まりますよ」
サヤちゃんがさっきの話は終わりとばかりに俺の腕を掴んだ。
俺たちの周りには腰を下ろして花火が打ち上がるのが今か今かと待っている老若男女たちがひしめきあっている。
――ひゅ~~~~、どーーん
「「「「「おお~」」」」」
最初の花火が上がり、周囲から歓声が上がる。
――ひゅぅ~~ひゅぅ~~~、どーーん、どどーーん
2発目からは次々と間髪入れずに上がり始める。
俺たちだけでなく、周囲の人たちも夏の夜空に咲く大輪の花に目が釘付けになる。
今この場にいる全ての人たちは一人残らず空を見上げている。
――くいっ
そのとき、急に俺の浴衣の袖が引っ張られた。
思わず引っ張られた方へと顔を向ける。
すぐ目の前には唯一空ではないものを見ているサヤちゃんのきれいな顔があった。
その瞬間、サヤちゃんの顔がみるみる近づいてくる。
――ちゅっ
唇に生暖かい感触を覚えた。
一瞬何をされたのかわからなかった。
柔らかくて瑞々しくて初めて感じる何とも言えない感触だった。
「へへっ、キスしちゃいました」
一拍遅れて俺はサヤちゃんに何をされたのかようやく理解した。
唇が熱を持つように熱い。
その一方で夜空に打ち上がった花火の光に照らされたサヤちゃんの顔は頬だけではなく耳の先まで真っ赤になっている。
表情はこれまでに見たことがないほど緩んでいた。
「サヤちゃん……」
「私のファーストキスです」
はにかむサヤちゃんを俺は自分の方へと抱き寄せた。
「あっ……」
サヤちゃんの顔を覗き込む。
潤んだ瞳、艶のある唇、色白で滑らかな頬。
俺の意図を察したのかサヤちゃんが目を瞑った。
「大好きだよ、サヤちゃん」
今度は俺の方からサヤちゃんにキスをした。
「えへへっ、啓にいちゃんにキスしてもらいました」
そう言って緩みに緩んだサヤちゃんの笑顔は空に咲く大輪の花よりも美しく見えた。
俺の初めてのキスはりんご飴の味だった。




