70話
広間へ向かうと、一人の男が椅子から立ち上がり、フィオナとメルヴィンに深く頭を下げた。
「この度は大変申し訳ございませんでした」
国境防衛師団の団長である。
「頭を上げてくれ。……貴殿たちの協力、まことに感謝する」
「我々には、もったいないお言葉でございます……」
団長は顔を上げると、苦い表情を見せながら再び俯く。
トーマスの計画を聞かされた後、悩みに悩んで王宮に密告した。
同じような行動をとった兵士は多い。
トーマスには以前から不信感を抱いていたものの、今回の件で完全に愛想が尽きていた。
もっとも、仲間たちの説得にも聞く耳を持たず、計画に加担した者もいたが。
「……だが、まさか本当に本人が直接出向いてくるとは思わなかったな」
メルヴィンはそう呟いて、深く息を吐いた。
計画を知った時点で、トーマスを捕らえようとも考えた。
だが、あのずる賢い男のことだ。どうにか言い逃れる恐れもあった。
そこでメルヴィンとフィオナが離宮を訪れるという情報を、わざとトーマスに知らせておいた。
そうすれば、もっと大胆な手段に出て、ボロを見せると踏んでいたからだ。
(私に何かしてくるとは思っていたけど、殿下を殺そうとするなんて……)
フィオナはぶるりと身震いをした。恐怖もあるが、怒りのほうが強い。
トーマスの秘密の作戦とやらに加担していた兵士は、ごく一部。
高額の報酬と引き換えに、メルヴィンの殺害を命じられたそうだ。
その中に、国王が事前に紛れ込ませていた内通者がいたおかげで、察知することができた。
「メルヴィン王太子殿下、フィオナお嬢様。お疲れ様でございます」
侍女長が二人に労いの言葉をかける。
「リーネはまだ部屋で眠っているのか?」
「はい。もうぐっすりです」
メルヴィンが問うと、侍女長はにっこりと微笑んで答えた。
リーネは今夜のことを何も知らないまま、朝を迎えるだろう。
そして暫くの間、王宮で過ごすことになる。そしてその間に、他の離宮へ移る準備を整えるのだ。
襲撃してきた野盗は全滅させたとはいえ、もうここには住めない。
「……王太子殿下、この首を差し出します。ですので、どうか部下たちに温情を施していただけませんか。彼らはレオーヌ侯爵家とソルベリア公爵家に振り回されただけなのです」
団長が覚悟を決めた表情で申し出るが、メルヴィンはゆるりと首を横に振るだけだった。
そして、おもむろに口を開く。
「貴殿たちにはまだまだ働いてもらわなければ困る。これからはルディック領で、国境防衛の任に就いてもらう」
「殿下……」
「レオーヌ領に残っている者たちも同様だ。……ただし、ソルベリア公爵の計画に加わった者たちには刑罰を受けてもらうが」
「ありがとうございます……ありがとうございます……っ!」
声を震わせながら、感謝の言葉を述べる。その目は赤く充血して潤んでいた。
こうして悪夢の一夜は終わりを迎えた。
しかし、これがソルベリア公爵家の滅亡を決定づけたのだった。




