69話
「い、痛いぃぃ……何だよ、お前ぇっ!」
「うっさい!」
床の上で頭を押さえているトーマスを蹴りつけて、ジェイミーはフィオナを抱き起こした。
「フィオナ様、大丈夫ですか!? 変なことをされませんでしたか!?」
「はい。ジェイミーが助けてくれたおかげで無事です」
しかし、フィオナの体は小刻みに震えていた。それでも平静を装おうとする主に、ジェイミーは唇を噛み締める。
「どうしてクローゼットの中に侍女が入ってるんだよ……おかしいだろ……!」
「いいえ、おかしくありません。私があなたに襲われた時に備えて、隠れていたのです」
「はぁ!? 僕が来るのを知ってた?」
トーマスが目を白黒させていると、誰かの足音がした。
「何だ。まさか気づかれていないと思っていたのか?」
「その声……ギャッ!」
ドアの方を見て、トーマスは悲鳴を上げた。
そこにはメルヴィンが佇んでいた。補助杖ではなく、血に濡れた細い剣を携えて。
「メルヴィン殿下!」
フィオナはベッドから立ち上がると、メルヴィンへと脇目も振らず駆け寄っていく。
そして両腕を大きく広げて抱き着いた。
「ご無事でよかった……」
「……それはこちらの台詞だ」
「ジェイミーが私を助けてくれました」
フィオナの後ろで、ジェイミーがフライパン片手に笑顔でピースサインをしている。
メルヴィンは小さく笑うと、フィオナを優しく引き剥がしてトーマスに近づいていった。
「ソルベリア公爵。兵士たちに私を殺させようとしたのはお前だな?」
「な、何のことですか? そんなことより、王太子殿下って杖なしでも歩けたんですね……」
「……後に響くが、短時間ならどうにかなるさ。それと……よく見てみろ」
メルヴィンが自分の剣をトーマスに見せつける。
普通のものよりもすらりと細く、柄の先端は変わった形状をしている。
そして、そこにはアメジストが埋め込まれており、月光を浴びて輝きを放っていた。
「仕込み杖だ。足が不自由な分、戦える術は持っておく必要があるからな」
「ぐっ……」
「私とフィオナが離宮に招かれたのを知って、作戦を一部変更したそうじゃないか。私を殺害して、その隙にフィオナを襲う……稚拙だな」
「ぼ、僕はただリーネ王女を助けに来ただけです! そんなことより早くしないと、ゴロツキどもが屋敷を滅茶苦茶にしちゃいますよ!?」
トーマスが焦った表情で廊下に向かって指差す。
しかし、メルヴィンは冷ややかに告げる。
「そいつらなら、護衛兵がとっくに片づけておいた。それを気づかれないように、侍女たちがタイミングを見計らって悲鳴を上げていただけだ」
「へっ?」
「お前が立てた計画は、全て筒抜けだということだ」
「つつ……抜け?」
途端、トーマスの顔がくしゃくしゃに歪む。
「ぼ……僕の計画は完璧だったのに! 何で何で何で!?」
癇癪を起こして、両手で床を何度も叩く。
子供じみた姿を見ていられず、フィオナは目を逸らした。
窓の外からは、驚愕する声や許しを乞う声が聞こえてくる。
偽の伝令を信じ込み、やって来た兵士たちが捕らえられているようだ。
「僕の兵がぁ……」
トーマスもそれを悟り、両手を握り締めて嘆いている。
「彼らはお前の所有物じゃない。この国を守るための兵士だったんだ」
「僕のだ! ソルベリア公爵家も兵もライラも、ぜーんぶ僕のだぁ!」
トーマスは立ち上がると、血走った目でフィオナへ飛びかかろうとする。
だが、フィオナが怯えることはなかった。
むしろ軽蔑の眼差しで、まっすぐと見据える。
そして、
「お前は、自分で全て手放したんだ。それを理解しろ」
メルヴィンはトーマスの両脚を素早く斬りつけた。
どちらも浅い傷だ。しかし、それで十分だった。
「うわぁぁぁぁぁっ! 痛いっ、痛いよぉっ!! 助けてぇぇぇっ!」
トーマスは泣き叫びながら床を転げ回る。
「早く医者を呼んでよ、ライラ! 僕……僕死んじゃうよっ!!」
「ええ。どうぞ」
「え……っ、いいの? 僕たち結婚したんだよ? 大好きな旦那様がどうなってもいいの?」
呆けたように質問を繰り出すトーマスに、フィオナは綺麗に微笑みながら告げる。
「あなたが一度私を捨てたように、私もあなたを捨てましたから。……行きましょう、メルヴィン殿下」
「そうだな。後のことは護衛兵に任せよう」
「ち、違うよ。あれには深い理由があって……ま、待って、行かないでよライラ……!」
必死に引き留めようとする声を無視して、ライラとメルヴィンは部屋を後にした。




