66話
「ソルベリア公爵様……今何と仰いましたか?」
トーマスの計画を聞かされた師団長は、思わず目を見張った。
「だーかーらゴロツキを雇って、リーネ王女殿下の離宮を襲撃させるって言ってんの。で、一通り暴れてもらった後に、君たちがそいつらを退治するってわけさ」
「…………」
軽い口調での説明に、師団長だけではなく兵士たちも困惑の表情を浮かべる。
「それはつまり、自作自演の襲撃事件を起こすということですか?」
「そっ。君たちなら、上手くいくって信じてるよ」
「そういう問題ではございません! 何故そのような馬鹿げた計画を……」
「うるさい! 僕に口答えするなぁっ!」
トーマスは目をつり上げて、声を荒らげた。
「君たちのご主人様は僕なんだよ? その僕がいなくなっちゃったら、君たちも失業しちゃうんだよ? そんなの困るよねぇ?」
「ぐっ……」
師団長は苦い表情で視線を落とした。
かつては国境防衛師団として一目置かれていた彼らの現状は悲惨だ。
本来の雇い主であるレオーヌ侯爵家は降爵。ソルベリア公爵家に至っては、爵位そのものが剥奪されようとしている。
残された兵士に行く宛はない。両家に仕えていたというだけで、爪弾きとなる。
何としてでもソルベリア公爵家を存続させて、しがみつくしかなかった。
「僕の言う通りにしておけば、間違いないからね」
「…………」
「返事は?」
「……分かり、ました」
師団長は渋々ながら返事をした。兵士たちからも、反対意見は挙がらない。
こうして恐ろしい計画は、実行に移されたのだった。
(私たちは何ということをしているのだろう……)
星も月も分厚い雲に隠れた、暗い夜。
兵士たちに同行していた執事は、体を小刻みに震わせながら吐息を漏らした。
リーネ王女が住まう離宮は、ソルベリア領に位置する。
屋敷が野盗に襲われていると聞きつけたトーマスが、兵士たちに助けに向かわせる。
リーネを無事助け出したことにより、国王や高位貴族の信頼を取り戻す。
だが、離宮の敷地内には多数の護衛兵が常駐している。野盗が彼らに捕らえられてしまえば、その時点で全てが終わってしまう。
何としてでも護衛兵を潰さなければ。
そのために、野盗の中にも兵士を潜り込ませておいた。
(公爵様も悪知恵だけはよく働く……)
野盗たちは、計画の全容を知らされていない。
ただ離宮を襲って金目になるものを盗めという指示のみ受けている。
そして何も知らないまま、口封じで兵士たちに殺される。……彼らは捨て駒だ。
執事が震えの止まらない両手を強く握り合わせていると、
「伝令です! 離宮周辺の警備にあたっていた兵を、壊滅させたとのことです!」
その知らせに、兵士たちの顔つきが強張る。これでもう後戻りはできない。
と、この状況を誰よりも喜びそうな男がいないことに気づく。
自分には計画を見届ける義務があると、偉そうに言っていたのに。
「公爵様はこちらにいらっしゃらないのですか?」
「極秘の作戦があるからと、先に離宮へと向かわれました」
「秘密の作戦……?」
「一部の兵にしかその内容は知らされておりません。……ご存じなかったのですか?」
首を傾げる兵士に、執事は「いえ……」と弱弱しく相槌を打つ。
自分には何も知らされなかったことに、言いようのない不安を覚える。
(公爵様……いったい何をなさるおつもりなのだ……)
これ以上事態を悪化させることでなければいいのだが。




