65話
全ての高位貴族がソルベリア公爵家を敬遠していたわけではない。
子育て以外は、優秀な功績を残している名家だ。厄介者のことは目を瞑り、親密な関係を続ける家も少なくはなかった。
ソルベリア公爵はそんな彼らを味方につけて、トーマスの恩赦を要求した。
一方、王宮でもトーマスの処分について、議論が紛糾していた。
これが大人であれば、即座に毒杯が手渡されていただろう。
しかし、まだ八歳の子供。しかも公爵家の嫡男である。
「子供を処刑するのか? 諸国からの非難は免れないぞ」
「だが、王太子に重傷を負わせたのだ。然るべき対応をせねば、示しがつかない!」
「例の国は慰謝料さえもらえれば、この件を公表しないと言っている。それを支払って終わらせるべきだ」
「陛下やメルヴィン殿下のお気持ちを考慮すべきだ」
「事件が公になれば、あのバカ子息のことを世界中に拡散する羽目になる。我が国にとって、大きな損失となるぞ」
議論の結果、トーマスの罪は不問となった。
だがソルベリア公爵家には、トーマスの更生という難題が課せられた。
「どうしてこんなに勉強しなくちゃいけないんですか! 絶対に嫌です!」
「文句を言う暇があれば、勉強部屋に戻りなさい!」
「母上助けてください! 家庭教師が僕を怒鳴るんです!」
「あなたのためを思って、叱っているだけです!」
公爵夫妻は心を入れ替えて、息子に厳しく接した。
だが、すぐにトーマスを甘やかすようになってしまった。
そして婚約者には、レオーヌ侯爵家のライラ嬢が選ばれた。いつかトーマスが爵位を継いだ時、聡明な妻がいれば何とかなると考えたらしい。
その数年後。公爵夫人が病に倒れ、帰らぬ人となった。
公爵も後を追うように亡くなった。心臓発作を起こした直後に、階段から転落して。
(それからは、どんどんと転がり落ちていった……)
先代公爵の過ちは、トーマスの教育を怠ったこと。
トーマスの過ちは、ライラを手放したことだ。
どれだけ本人が無能でも、彼女さえいれば何とかなった。事実、先代亡き後はライラが執務を行っている。
ところが、トーマスは男爵家の令嬢を連れ込んでいた。
理由を聞けば、
「抱かせてくれないライラが悪いんだよ?」と返ってきた。
貴族は、婚前の性交渉を原則として禁じられていることを知らなかったらしい。
そして、どんどん浮気相手に入れ込むようになり──、
そこまで考えて、執事はゆっくりと顔を上げる。
今さら後悔しても遅い。
後はもう廃爵の日を待つばかりだ。
それまでに、今後の予定を立てなければ……
「そ、そうだ。僕がこの国にとって必要な人間だと王様に分かってもらえばいいんだよ」
「……トーマス様?」
トーマスは突然口を開くなり、妙なことを言い出した。
その目は焦点が合っていない。
「僕にはまだ彼らがいるじゃないか。最強の兵士たちが!」
「兵士……もしやレオーヌ侯爵家の兵士のことですか?」
「ふふふふ。僕ってば天才だ。やっぱりロシャーニア王国には、僕がいなくちゃね!」
自信に満ちた表情で高笑いをするトーマス。
彼が考えた計画を聞いた執事は、あらゆる意味で衝撃を受けたが、反対はしなかった。
常軌を逸しているものの、成功すれば国王からの信頼を得られる可能性がある。
ソルベリア公爵家を守るためにも、なりふり構っていられなかった。




