60話
「な、何故陛下がいらっしゃるのだ!?」
「国王陛下が貴族議会にご出席するなど初めてではないのか?」
「何か大きな問題でも起こったのだろうか……」
ざわついているのは下位貴族ばかりで、高位貴族の多くは落ち着き払っていた。国王へにこやかに会釈する者もいる。
(ど、どうしよ。王様に文句言っちゃったぞ。でも、今のは王様が悪いよね。僕は悪くないっ!)
トーマスは自己判断すると、勢いよく立ち上がって国王を指差した。
「こ、国王陛下であっても、順番は守っていただきますよ!」
「そういうわけにもいかぬ。何せ私たち王家は貴様らに裏切られたのだからな」
「ひっ……」
国王の鋭い眼光に気圧されて、慌てて着席する。
その様子に、周囲からクスクスと笑い声が漏れる。
「さて……本題に入る前に、昔この国で起こった ある出来事について語ろうと思う。何も知らぬ者も多いだろうからな」
国王は会場を見回すと、低い声でこう続けた。
「十年ほど前、我が息子メルヴィンが重傷を負った事件のことだ」
直後、貴族たちがどよめく。
メルヴィン王太子殿下は幼少期に階段から転落して以来、杖をついて歩く生活を余儀なくされている。それは周知の事実だ。
しかし、たった今国王は『事件』と言い切った。
「ちょ……ちょっとやだなぁ。どうしてそんな話を今さら持ち出すんですか?」
そう尋ねるトーマスの声は上擦っていた。頬も引き攣っている。
しかしそんな問いかけを無視して、国王は静かに語り始めた。
「……あれは他国の王家も参加していた夜会の最中、一人の公爵子息が小国の王女殿下に言い寄ったのが始まりだった。その者は、『自分に口説かれたら、相手も喜ぶ』と思い込んでいたらしい。王女が会場の外に出た際、その後を追いかけて強引に関係を迫った」
「こ、国王……もうよろしいんじゃありませんか? ほら、皆つまらなそうな顔してますよ?」
トーマスがどうにか話を中断させようとするが、国王の話は終わらない。
「相手はまだ十にも満たない少年とはいえ、突然見知らぬ異性に言い寄られた王女は大層怯えた。王女の護衛兵も、ロシャーニア王国の公爵子息相手に手荒な真似ができず、困り果てていた。そんな時、騒ぎを聞きつけて現れたのが息子であった。王女から離れるように注意された公爵子息は、何と言ったと思う? なぁ、ソルベリア公爵?」
「それは……その……」
急に話を振られて、トーマスは咄嗟に目を泳がせた。
「『次期公爵の僕に指図をするな』だったかな。自分を止めようとしている者が王子だと、子息は気づいていなかったらしく、メルヴィンを力強く突き飛ばした。……背後が階段だということを忘れてな」
当時のことを思い返しているのか、国王は目をぐっと瞑った。
そして再び瞼を開くと、先ほどよりも強い口調で続きを語る。
「そしてメルヴィンは右足を骨折する大怪我を負い、何とか回復したものの後遺症が残ってしまった」
「お待ちください、陛下。その公爵子息は処分されなかったのですか? 王太子殿下に一生残る傷を負わせるなど、大罪ですぞ!」
高位貴族の一人が困惑気味に尋ねると、国王は小さく鼻を鳴らす。
「両親である公爵夫妻と、その取り巻きたちが庇い立てたのだ。まだ子供のしたことであり、いくらでも更生の余地があるとな。……ソルベリア公爵トーマス、貴様は両親が行ったことは正しかったと思うか?」
そして、かつて起こった悲劇の原因を険しい目つきで睨みつけた。




