59話
(ライラ、前より綺麗になってない?)
それがメルヴィンと並び立つ元婚約者を目にした時の感想だった。
眠っていた時はガリガリに痩せて肌も荒れていたのに、頬の肉がすっかり元通りになっている。
以前より豪華になったドレスや装飾品も、ライラの美しさを一層引き立てていた。
そして「自分は世界一幸せです」というような可憐な微笑み。
あれに魅了されたのはトーマスだけではないだろう。女たちはライラへ、男たちは未来の王へ羨望の眼差しを向けていた。
(ライラは元々僕のものだったのに! なのに、どうして王太子の隣にいるんだよ! 足が不自由だなんて男として格好悪いじゃないか!)
ライラがあんな欠陥品を愛するはずがない。
(きっとライラはレベッカに嫉妬して、自殺しようとしたんだ。そのくらい僕のことを愛しているのに、目が覚めたのに僕のところに帰って来ないで、王太子の婚約者になるなんてきっと何か理由があるはず……!!)
たとえば、命を救ってもらった見返りに、妻になることを要求されたとか。
それか、無理矢理襲われて王太子の子供を孕んでしまったとか。
考えれば考えるほど、様々な理由が思いつく。
(嫌だ嫌だ嫌だ! このまま王太子にライラを独り占めさせてたまるもんか!)
けれど、再婚することはできない。
だってレベッカと婚約するために、ライラという存在をこの世から消してしまっている。
今の彼女は、ルディック伯爵家のフィオナ嬢だ。
それでもライラを諦めきれない。
どうにか王太子を痛い目に遭わせたい。
その二つの願いを叶える方法が一つある。
それこそが……
「ロシャーニア王国も愛人制度を実施するべきだ! 一人しか愛しちゃいけないだなんて、そんなの窮屈すぎるからね!」
貴族議会の場で、トーマスは声高らかに宣言した。
彼が思いついた秘策。それは以前から考えていた、『愛人を作っていい法律を作ること』だった。
しかも既婚者同士でも適用されるようにする。
(これでライラを僕の愛人にできる! 王太子も、ライラにあんなことやこんなことをされて悔しがるはず! 僕はあいつと違って不自由な体じゃない。ライラを僕なしじゃ生きられない体にしてやる……!)
にひひと含み笑いを浮かべながら、貴族たちを見渡す。
「愛人制度の制定か。素晴らしい法案だ」
「私のように親の取り決めによって他の令嬢と結婚させられた者は多い。私たちにとって、ソルベリア公爵が提示した制度は救済案となるだろう」
「公爵様の仰る通りだ。他国では既に愛人制度を設けているところもあるのに、我が国は遅れている!」
下位貴族たちの多くは、うんうんと頷いている。
平民に手を出したり娼館に足繁く通う者たちにとっては、メリットしかない制度だ。
笑みを深くするトーマスだったが、ここで想定外の事態が起こる。
「愚かな……まさかここまで倫理感のない若造だとは思わなかった」
「なるほど。法案が通ることを前提にして、あのような書状を送りつけてきたというわけか」
「いやはや、ソルベリア公は随分とお若いですな。己の欲求を満たすことを最優先に考えていらっしゃる」
高位貴族からの反応は、冷淡なものだった。
トーマスに侮蔑の眼差しを向ける者。嘲笑を浮かべる者。バカバカしいと退出する者。
(はぁぁぁ? 愛人作り放題になるんだよ? あいつら枯れてんじゃないの?)
トーマスが目をぱちくりさせていると、一人の男が咳払いをした後に「あー……一ついいかね?」と口を開いた。
「私も提出したい議案があるのだが、先にこちらの採択を優先してもよろしいかな?」
「何言ってんだよ! ちゃんと順番を守ってもらわなくちゃ困るんだけど……」
途端、トーマスの顔が強張る。
声の主は議長の隣に佇む──国王陛下だった。




