52話
「そうか。君も私と同じことを考えていたんだな」
メルヴィンは星空を見上げて、意外そうな口調で言った。
幻滅されるだろうと思っていたのに。予想外の反応に、フィオナは目を見開いて固まった。
「……俺は君を復讐に利用しようとした」
「どういうことですか?」
「そのままの意味だよ」
フィオナが尋ねると、メルヴィンは少し間を置いてから語り始めた。その口元には皮肉げな笑みが浮かんでいる。
「俺は以前から、ソルベリア公爵に個人的な恨みを持っていた。俺が受けた理不尽な痛みや苦しみを、倍にして返してやろうかと何度も考えたさ。それでも、もう終わったことだと自分を無理矢理納得させて思い留まっていた。……だが、森で救った花嫁があの男の妻だと知って、嫌な考えが脳裏に浮かんだ」
メルヴィンの切れ長の瞳がフィオナに向けられた。
笑みを消して、悔やむように眉を寄せる。
「このままソルベリア公爵から彼女を奪ってしまおう。最愛の妻を失えば、あの男を苦しませることができる……と」
ぎり、と杖を持つ手の力が強くなる。
「酷い話だと思わないか? 王太子とあろう者が復讐のために、一個人の人生を私物化しようとした」
「殿下……」
「この機会に言っておくよ。俺は君が思っているほど善人じゃない」
「……でしたら、私たちは似た者同士ということになりますね」
フィオナは両手を伸ばすと、杖を握り締める手を優しく包み込んだ。
他人を深く恨んでいて、そんな自分を嫌っている。とても悲しくて、虚しい生き物。
「殿下がどのような人間であっても、私があなたに何度も救われてきたことには変わりありません。……それに、今はそんなことを思っていないでしょう?」
「どうして断言できる?」
「できるわ。あなたの声や言葉は、いつだって優しかったから」
この人は何があっても私を守ってくれる。そんな安心感があった。
「……母上やリーネからは、もっと愛想をよくしないと君に嫌われてしまうと注意を受けたりもしたぞ」
「そうだったのですか?」
リーネだけではなく、王妃にまで。
想像すると何だかおかしかったが、本人にとっては笑い事ではないだろう。
メルヴィンの眉間に皺が増える。
「だから俺たちの婚約が決まった時も、内心不安に思っていたんだ。恩義を感じて、好きでもない男に嫁ごうとしているのではないかと……」
「そのようなことはございません! 決して!」
流石に聞き捨てならず、フィオナはメルヴィンを鋭く睨みつけた。
その迫力に気圧されたのか、さっと視線を逸らされる。
まるで親に叱られた子供のようだ。いつも冷静沈着な王太子の幼い所作に、フィオナの口元が綻ぶ。
「私は殿下のことを愛しております。ですから、あなたと一緒になれて幸せですよ」
「そうか。……そうか」
メルヴィンは息を大きく吐くと、自分の手に重ねられていた白くて細い手をそっと外した。
そしてフィオナの体を静かに抱き寄せる。
「名前を呼んでくれないか」
「メルヴィン殿下」
「……余計な敬称なんていらない」
「はい。……メルヴィン」
罪悪感と自己嫌悪で傷ついていた心が、少しずつ癒されていく。
愛する男の体温を感じながら、フィオナはゆるりと目を閉じた。
元夫と元家族の思惑など知らずに。




