46話
「今年もこの尊き日を迎えられたことを、喜ばしく思う。ロシャーニア王国を統べる者として、この国の繁栄がいつまでも続くことを願っている」
国王陛下の演説は、十数分にも渡る長いものだ。
その間、レベッカは何度も欠伸を噛み殺していた。
(退屈だわ……早く終わってくれないかしら)
寝不足も相まって、立ったまま眠ってしまいそうだ。
必死に睡魔に耐えていると、ようやく演説が終わった。
さあ、乾杯が行われるのかと思いきや、グラスにはまだワインが注がれていない。
「……さて、本日はもう一つ大きな報告がある。この度、我が息子メルヴィンがルディック伯爵令嬢と婚約を結ぶこととなった」
突然の発表にホール内がどよめく。
祝福する者。驚愕する者。取り乱す者。様々な声が飛び交っている。
そんななか、レベッカだけは余裕の笑みを浮かべていた。
(この後、毒で死ぬっていうのに……ぷくくっ)
国王の隣に、メルヴィンと伯爵令嬢が並び立つ。
その瞬間、貴族たちは目を見張った。
「ど、どういうことだ……?」
「あの子がルディック伯爵家のご令嬢……!?」
「いや、だって彼女は確か……!」
メルヴィンに寄り添う少女は、ストロベリーブロンドではなく、月の光を集めたような銀髪の持ち主だった。
長い睫毛に縁取られた瞳は、アメジストのような美しい菫色。
優美に微笑むその姿に、レベッカは陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクさせていた。
「ラ、ライラ……?」
どうして、死んだはずの女が。
トーマスやレオーヌ侯爵夫妻に視線を飛ばすと、三人とも愕然とした表情で立ち尽くしていた。
「トーマス様、あれってライラよね?」
「あ、あの子が目を覚ましたなんて聞いてない……」
「はぁぁぁ?」
まるで生きていたのを知っていたかのような口ぶりだ。
レベッカが怪訝そうな声を上げると、トーマスは慌てて自分の口を塞いだ。
「ちょっと、今のどういうことなの!? ライラは死んだはずじゃ……」
「そ、そうだぞ、レベッカ! ライラは死んでいる。あそこにいるのは別人だ!」
詰め寄ろうとするレベッカに、レオーヌ侯爵がどうにか言い聞かせようとする。
だが、メルヴィンの隣に立っている少女は、どう見てもライラだ。
到底納得できるはずがなく、レベッカが二人を問いただそうとした時だった。
「ど、どうした、ロザンナ!?」
青ざめた顔で体を震わせる妻に、レオーヌ侯爵が声をかける。
「だ、大丈夫よ、あなた……少し立ち眩みしただけだから……」
目を泳がせながら、どうにか答えるロザンナ。
そのことをすぐに察したのは、レベッカだけだった。
(待ってよ、ライラが婚約者ってことは……)
ルディック伯爵令嬢を探そうとするが、この人の数ではすぐに見つけることなんて不可能だった。
レベッカは一瞬悩んだ後に……その場に留まることにした。
(今、グラスを回収しに行ったら怪しまれるわ……ここは知らんぷりよ)
メルヴィンの婚約者を殺すという目的は果たせないが、伯爵令嬢が死んで困ることはない。
ロザンナもそう判断したのか、静かに時が過ぎるのを待っている。
演説の内容なんて、まったく耳に入ってこない。
気がつけば、参加者たちのグラスにワインを注ぎ始めていた。
「ライラ……そんなライラ……あんなに綺麗になって……」
トーマスが何やらぶつぶつ呟いているが、もうそんなことはどうでもいい。
そして、
「では、ロシャーニア王国の平和と繁栄を祈って──」
国王が乾杯の音頭を取り、グラスに口をつける。
貴族たちもそれに倣い、ワインを呷った直後、どこからかグラスが割れる音がした。




