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【書籍化】旦那も家族も捨てることにしました  作者: 火野村志紀


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45/72

45話

「どうしたの、お母様?」


 レベッカが尋ねると、ロザンナは周囲に誰もいないことを確認しつつ話を切り出した。


「レベッカ……あなた、メルヴィン殿下を本気でお慕いしているわね?」

「……っ!」


 図星をつかれて、ぎくりと体を硬直させる。

 レベッカがレオーヌ侯爵家の養子になれたのは、トーマスと結婚するためだった。

 そのことを今さら思い出して焦っていると、ロザンナは「正直になっていいのよ」と優しい声で言った。


「お、お母様、だけど……」

「ルディック家の娘なんかよりも、あなたのほうが見た目も中身も可愛いわ。メルヴィン殿下に相応しいのは、あなたよ」

「お母様……ありがとう!」


 ロザンナは自分を応援してくれるらしい。レベッカはほっと頬を緩ませたが、すぐに表情を曇らせる。

 

「でも、このままだとメルヴィン殿下は、伯爵令嬢のものになってしまうわ」

「だったら、あの娘を消してしまえばいいのよ」


 笑顔のまま提案をされて、レベッカは息を呑んだ。そしてロザンナの口元に、耳を近づけた。


「何かいい方法があるの?」

「……これを使いましょう」


 ロザンナが懐から取り出したのは、ピンク色の小瓶だった。薔薇を模した可愛らしいデザインになっている。一見すると、香水瓶にしか見えない。

 だがよく見てみると、少量の粉末が入っている。


「本当は夫人に盛るつもりだったけど、あの女を苦しめるなら娘のほうがいいわ」

「お母様、それってまさか……」

「レベッカ、ソルベリア公爵から離れたいでしょう? もっと幸せになりたいでしょう?」

「当たり前じゃない……!」

「だったら、やることは一つよ。あの娘がいなくなったら、殿下はあなたを見てくださるわ」


 ロザンナの目は血走っていた。レベッカの想いなど二の次で、ルディック伯爵家を壊すことが一番の目的なのだろう。

 それでもいい。レベッカはいびつな笑みをたたえながら、ゆっくりと頷いた。




「随分と戻ってくるのが遅かったじゃないか。何をしていたんだい?」


 ホールに戻ってきたレベッカとロザンナに、トーマスが腕を組みながら問いかける。


「申し訳ありません、公爵様。その……下着が少しずれてしまって、レベッカの手を借りながら直しておりました」

「ふーん。そんなことをしなくたって、誰にも見向きされないと思うけどね」

「……うふふ。この歳になっても、身嗜みの心は忘れておりませんのよ」


 ロザンナは扇を仰ぎながら、トーマスの嫌みを受け流した。

 と、参加者全員に、ワイングラスが配られ始める。国王陛下の演説を聞いた後に、皆で乾杯する流れとなっているのだ。


「……………」


 レベッカはロザンナと目配せをすると、「他の方々へ挨拶に行ってくるわ」と歩き始めた。

 その先には、ルディック伯爵一家がいる。


「グラスをどうぞ」

「ええ。ありがとう」


 途中でボーイからグラスを受け取ると、ロザンナは香水瓶を取り出して、首筋に吹きかける仕草をした。

 そして、その合間に蓋を緩めて中の粉をグラスに軽く振りかける。ごく僅かな量のため、見た目にはほとんど変化がない。

 レベッカは横目でそれを確認すると、わざとよろけてルディック伯爵令嬢にぶつかった。


「きゃあっ!?」


 伯爵令嬢は大きくバランスを崩すと、手にしていたグラスを手放してしまった。

 落下したグラスの破片が、床に散らばる。


「あらやだ、ごめんなさい! お怪我はなかったかしら?」

「は、はい。私は大丈夫です」


 驚いた表情を見せつつ、伯爵令嬢がそう答える。そんな彼女にロザンナは眉を下げながら、自分のグラスを差し出した。


「うちの者が申し訳ないわね。はい、代わりにこちらを使ってちょうだい」

「ありがとうございます。ええと……」

「感謝しますわ、レオーヌ侯爵夫人」


 ロザンナと面識のない娘に代わり、ルディック伯爵夫人が礼を述べる。

 ロザンナはにこりと微笑むと、何事もなかったかのように再び歩き始めた。

 そして改めて、ボーイからグラスを受け取る。


(ふふ……上手くいったわ! ありがとう、お母様!)


 満足そうに微笑むレベッカ。

 あとは伯爵令嬢が毒に倒れた直後に、ロザンナが叫ぶだけだ。

「自分が渡したワイングラスに、毒が仕込まれていたかもしれない」と。

 誰かがロザンナを毒殺しようとして、伯爵令嬢はそれに巻き込まれた。これがレベッカたちの計画だった。

 高位貴族を狙う事件は少なくない。ロザンナが自分が標的にされたと主張しても、疑われる可能性は低いだろう。

 空になった香水瓶は、演説に皆夢中になっている時に床に投げ捨てればいい。


 そして、とうとう演説が始まった。

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