45話
「どうしたの、お母様?」
レベッカが尋ねると、ロザンナは周囲に誰もいないことを確認しつつ話を切り出した。
「レベッカ……あなた、メルヴィン殿下を本気でお慕いしているわね?」
「……っ!」
図星をつかれて、ぎくりと体を硬直させる。
レベッカがレオーヌ侯爵家の養子になれたのは、トーマスと結婚するためだった。
そのことを今さら思い出して焦っていると、ロザンナは「正直になっていいのよ」と優しい声で言った。
「お、お母様、だけど……」
「ルディック家の娘なんかよりも、あなたのほうが見た目も中身も可愛いわ。メルヴィン殿下に相応しいのは、あなたよ」
「お母様……ありがとう!」
ロザンナは自分を応援してくれるらしい。レベッカはほっと頬を緩ませたが、すぐに表情を曇らせる。
「でも、このままだとメルヴィン殿下は、伯爵令嬢のものになってしまうわ」
「だったら、あの娘を消してしまえばいいのよ」
笑顔のまま提案をされて、レベッカは息を呑んだ。そしてロザンナの口元に、耳を近づけた。
「何かいい方法があるの?」
「……これを使いましょう」
ロザンナが懐から取り出したのは、ピンク色の小瓶だった。薔薇を模した可愛らしいデザインになっている。一見すると、香水瓶にしか見えない。
だがよく見てみると、少量の粉末が入っている。
「本当は夫人に盛るつもりだったけど、あの女を苦しめるなら娘のほうがいいわ」
「お母様、それってまさか……」
「レベッカ、ソルベリア公爵から離れたいでしょう? もっと幸せになりたいでしょう?」
「当たり前じゃない……!」
「だったら、やることは一つよ。あの娘がいなくなったら、殿下はあなたを見てくださるわ」
ロザンナの目は血走っていた。レベッカの想いなど二の次で、ルディック伯爵家を壊すことが一番の目的なのだろう。
それでもいい。レベッカは歪な笑みを湛えながら、ゆっくりと頷いた。
「随分と戻ってくるのが遅かったじゃないか。何をしていたんだい?」
ホールに戻ってきたレベッカとロザンナに、トーマスが腕を組みながら問いかける。
「申し訳ありません、公爵様。その……下着が少しずれてしまって、レベッカの手を借りながら直しておりました」
「ふーん。そんなことをしなくたって、誰にも見向きされないと思うけどね」
「……うふふ。この歳になっても、身嗜みの心は忘れておりませんのよ」
ロザンナは扇を仰ぎながら、トーマスの嫌みを受け流した。
と、参加者全員に、ワイングラスが配られ始める。国王陛下の演説を聞いた後に、皆で乾杯する流れとなっているのだ。
「……………」
レベッカはロザンナと目配せをすると、「他の方々へ挨拶に行ってくるわ」と歩き始めた。
その先には、ルディック伯爵一家がいる。
「グラスをどうぞ」
「ええ。ありがとう」
途中でボーイからグラスを受け取ると、ロザンナは香水瓶を取り出して、首筋に吹きかける仕草をした。
そして、その合間に蓋を緩めて中の粉をグラスに軽く振りかける。ごく僅かな量のため、見た目にはほとんど変化がない。
レベッカは横目でそれを確認すると、わざとよろけてルディック伯爵令嬢にぶつかった。
「きゃあっ!?」
伯爵令嬢は大きくバランスを崩すと、手にしていたグラスを手放してしまった。
落下したグラスの破片が、床に散らばる。
「あらやだ、ごめんなさい! お怪我はなかったかしら?」
「は、はい。私は大丈夫です」
驚いた表情を見せつつ、伯爵令嬢がそう答える。そんな彼女にロザンナは眉を下げながら、自分のグラスを差し出した。
「うちの者が申し訳ないわね。はい、代わりにこちらを使ってちょうだい」
「ありがとうございます。ええと……」
「感謝しますわ、レオーヌ侯爵夫人」
ロザンナと面識のない娘に代わり、ルディック伯爵夫人が礼を述べる。
ロザンナはにこりと微笑むと、何事もなかったかのように再び歩き始めた。
そして改めて、ボーイからグラスを受け取る。
(ふふ……上手くいったわ! ありがとう、お母様!)
満足そうに微笑むレベッカ。
あとは伯爵令嬢が毒に倒れた直後に、ロザンナが叫ぶだけだ。
「自分が渡したワイングラスに、毒が仕込まれていたかもしれない」と。
誰かがロザンナを毒殺しようとして、伯爵令嬢はそれに巻き込まれた。これがレベッカたちの計画だった。
高位貴族を狙う事件は少なくない。ロザンナが自分が標的にされたと主張しても、疑われる可能性は低いだろう。
空になった香水瓶は、演説に皆夢中になっている時に床に投げ捨てればいい。
そして、とうとう演説が始まった。




