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【書籍化】旦那も家族も捨てることにしました  作者: 火野村志紀


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40/72

40話

「は……?」


 前妻の名前を出されて、トーマスの頭の中は真っ白になった。

 しかしすぐに愛想笑いを浮かべながら、首を横に振る。


「ラ、ライラが? あのお嬢様に、そんなことをできるわけじゃないか!」


 その言葉に、使用人たちは眉を顰める。


「ご存じないのですか? あの方は将来ご主人様の助けになれるようにと、政治学や経済学を学んでおいででした。そして、執事一人で執務をこなす様子を見兼ねて、手伝われていたのですよ」

「そんなの僕は知らないよ! 何も聞いていない!」

「ご主人様の自尊心を傷つけないために、黙っているようにとライラ様から口止めされておりました」

「~~~~っ!」


 次々と明かされていく事実に、トーマスは歯噛みをする。

 ライラの言葉は正しい。顔が綺麗なだけと思っていた少女が、自分の尻拭いをしていたと知り、苛立ちが込み上げていた。


「ですから、ライラ様がお亡くなりになって、執事の負担が増えたのですよ」

「う……」

「執務といい、レベッカ様のことといい……あなたはライラ様に甘やかされていたのです」

「うるさいなぁっ! 僕は公爵だ、この家の主だぞ! 生意気な口を利くと、クビにするよ!」

「構いませんよ」


 苦し紛れの脅し文句だったが、彼らが怯む様子はなかった。

 それどころか、主とその婚約者に冷ややかな視線を向けている。


「貯金もそれなりにありますからね。他の領地にでも移ろうかと、皆で話し合っておりました」

「私はルディック領に参ります。あそこは職業支援制度が充実していますからね」

「僕は、ボーラ領へ移ろうかと思います。ワインの名産地らしいですし」

「うううう……っ!」


 これからの予定を嬉々として語る使用人たちに、トーマスは冷や汗を掻く。

 彼らの態度は腹立たしいが、一気に辞められたら困るのはこちらだ。


「わ、分かったよ、やればいいんだろ! これからは、僕とレベッカで頑張るよ!」

「はぁ!? 何で私もしなくちゃいけないのー!?」


 レベッカはぎょっと目を見開き、不満そうな声を上げた。


「君は僕の奥さんなんだから、そのくらいやってもらわなきゃ困るよ!」

「嫌! 私、働きたくないもん!」

「そんなことを言うと……婚約破棄にしちゃうよ? いいの?」


 囁くような声で脅されて、レベッカは息を詰まらせた。

 トーマスは所詮、メルヴィンを手に入れるまでの繋ぎ。

 だが、今ここで捨てられたら、その野望を果たせなくなる。


「わ……分かったわ! 私……トーマス様のために頑張るっ!」

「君なら、そう言ってくれると思ったよ!」


 こうして真面目に仕事をする気になったトーマスと、それに付き合わされる羽目になったレベッカ。

 しかしこれが、ソルベリア領に大きな混乱をもたらすことになるのだった。

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