39話
空が暗くなり始めた頃。トーマスとレベッカを乗せた馬車は、ようやく帰路に就き始めていた。
「今日は色んなところで買い物をして楽しかったね、レベッカ」
「うん! 欲しい物を何でも買ってくれて嬉しいわ!」
満足げに微笑む二人の横には、大量の戦利品が鎮座している。
ドレスやアクセサリー類だけではなく、高級酒、輸入食品、雑貨など。
レベッカが気に入った物は、全て購入した。
(これでレベッカも、僕に文句は言えないだろうね)
トーマスは前髪を指で掻き分けながら、笑みを深くした。
この婚約者は、以前愛人のことでとやかく言ってきたことがあった。一喝したらすぐに収まったものの、愛人が屋敷を訪れる度に、露骨に顔を歪めている。
伴侶として大事に扱ってやるつもりなのに、他にも女がいるぐらいで喚くなんてみっともない。
ライラもそうだった。彼女を手放したのは、もし目覚めたらそれはそれで面倒臭いとも思ったからだ。
それにレベッカの場合は、メルヴィン王太子に媚びているのが気に入らなかった。
(まったく、僕の婚約者って自覚がないのかな?)
王太子が視察に来た時のことを思い返して、トーマスはふんっと鼻を鳴らす。
と、馬車がソルベリア邸に到着した。
「ん?」
屋敷の主が帰って来たというのに、誰も出迎えに来ない。トーマスが帰宅した時は、使用人全員で玄関に集まるように言いつけているのに。
「まったく、全員今月の給料を減らしてやる!」
「あっ。そしたら、その分のお金でネックレスを買ってちょうだい!」
「もちろんさっ」
馬車の中の荷物は全て御者に運ぶように命じて、屋敷の中に入る。
いつもよりも静かに感じるのは気のせいだろうか。ひとまず広間に向かうと、何やら重い表情をした使用人たちが集まっていた。
「僕らの出迎えもしないで、何をしているんだよ君たちは!」
仕事をしている様子もない彼らに、トーマスは声を荒らげた。
すると彼らは謝るどころか、剣呑な眼差しを向けてくる。
「何だよ、その目は。雇い主の僕に反抗的な態度を取ってもいいのかなー?」
「……ご主人様が外出されている最中に、執事が倒れました」
挑発じみた口調のトーマスに、使用人の一人が低い声で告げた。
すると、他の者たちも口々に不満を言い始める。
「彼に仕事を押しつけて、ご自分はレベッカ様とお買い物ですか。いいご身分でございますね」
「家督を継いだら、真面目に仕事をすると仰っていたそうですが、それは嘘だったのですか?」
「トーマス様が当主になられてから、多くの貴族がソルベリア家と距離を取るようになりました。これがどういう意味か……分かりますよね?」
「はっきり申し上げます、トーマス様。あなたは当主には相応しくありません!」
この場に集まった全ての人間が、トーマスの敵だった。
予想外の事態に、トーマスとレベッカは後退りをした。
「僕だってそのうちやるつもりだったよ? だけど、どれも簡単そうな仕事で、僕の出る幕もないかなーって思ってただけで……」
トーマスは目を泳がせながら弁解をした。
仕事をサボっていた自覚はある。執事に強く命じれば、渋々ながらも引き受けてくれるので任せていた。
(だって、書類の見方とか全然分からないしさ……)
何度か執事から説明を受けていたが、まったく記憶に残っていない。
レベッカと遊ぶことばかりを考えていて、右から左へと聞き流していたせいだ。
「だ、だけど何で急に倒れるんだよ! 健康管理がなってないんじゃないの? あ、僕を困らせたいから仮病を……」
「以前は仕事を手伝ってくれる方がいたので、執事もある程度余裕を持てたのです」
「じゃあ、そいつにやらせれば解決じゃん!」
「……その方はもういらっしゃいません」
「はぁ? 僕の許可もなしに、辞めた奴がいるの?」
トーマスの問いかけに、使用人たちは首を横に振った。
そして、主をまっすぐ見据えながら静かに告げる。
「ライラお嬢様ですよ」




