36話
王宮には、近衛兵数人が待機していた。フィオナたちが乗る馬車へ、恭しく敬礼を行う。
「お待ちしておりました、王太子殿下」
「彼女が例の少女だ。通常よりも、警備を厳重にしておくように。不審者の侵入を決して許すな」
「「「はっ!」」」
馬車から降りたメルヴィンが命じると、彼らは野太い声で返事をした。
その物々しさに、フィオナは戸惑いの表情を見せる。
「あの……私は、もう貴族の人間ではございません。守っていただく必要は……」
「君がレオーヌ侯爵家の人間で、ソルベリア公爵夫人であったことに変わりはない。もし君が生きていると知ったら、利用しようとする者は多いはずだ」
メルヴィンの言葉に、フィオナの表情が硬くなる。
すると近衛兵の一人が、肩を竦めながら口を開いた。
「殿下、殿下。あまり怖がらせてはいけませんよ。ここはドーンと、『俺が君を守ってやる』ぐらい仰らないと」
他の兵たちも賛同するように、うんうんと頷く。
するとメルヴィンは眉を顰め、自分の右脚を見下ろした。
「こんな脚の男にそんなことを言われても、安心できないだろう」
「そ……そんなことはありません!」
「フィオナ……?」
フィオナが珍しく大声を上げると、メルヴィンは目を丸くした。
「メルヴィン殿下のお言葉を聞いていると、それだけで胸の中が温かくなって……とても安心するのです」
「……そうか」
「ですからお願いします。ご自分を卑下なさるのはおやめください……」
「分かった。分かったから、もうやめてくれないか」
「あっ」
手で口元を覆い隠しながら俯いてしまったメルヴィンに、フィオナは顔を青くしながら頭を下げた。
「さ、差し出がましいことを申しまして失礼しました」
「いや……そんなことよりも、君がこれから住む部屋に案内したい。ついて来てくれ」
目を合わせることなく一方的に告げると、メルヴィンは背を向けて歩き始めた。
怒らせてしまったのかもしれない。落ち込むフィオナに、近衛兵が小声で声をかける。
「お気になさらないでください。あれは単に照れていらっしゃるだけです」
「照れて……?」
フィオナは目をぱちくりさせた。
裏表のない言動ばかりのトーマスと長くいたせいか、人の感情を上手く察することができなくなっているようだ。
これからは気をつけないと。そう心に誓いながら、メルヴィンの後を追いかけていく。
「ここが君の部屋だ」
そして案内されたのは、離宮で暮らしていた時よりも広い一室だった。
テーブル、ベッド、棚などの家具が既に用意されており、クローゼットを開けると数着のドレスがかけられていた。上質な生地で作られたものばかりだと一目で分かり、フィオナはくらりと目眩を起こしかけた。
「あの……メルヴィン殿下……」
「そのドレスは、母上が取り急ぎ用意したものだ。後で好みのものを揃えてくれて構わない」
「いえ。そうではなくて……」
「?」
「戸籍のない身でこのお部屋で暮らすというのは、あまりにも恐縮と申しますか……その対価として、私に何かできるお仕事はございませんか?」
おずおずと尋ねると、メルヴィンは眉間に皺を寄せた。
「ここに連れてきたのは俺だ。君は何も気にせず、暮らすといい」
「そういうわけにはまいりません……!」
多分身が縮まる思いで、気が休まらないだろう。
今後の生活のために、フィオナが必死に訴えている時だった。
ドアを数回ノックした後に、「失礼します」と一人の侍女が入って来た。
二十歳前後だろうか。黒縁の眼鏡をかけた赤毛の女性だ。
そして自分の胸に指先を当てながら。フィオナに話しかける。
「でしたら、私のお仕事を手伝っていただけませんか?」




