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【書籍化】旦那も家族も捨てることにしました  作者: 火野村志紀


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25/72

25話(回想)

 森の中は澄んだ空気に満ちていて、植物や土の匂いを嗅いでいると、不思議と心が凪いでいく。


「……っ」


 普段履き慣れていないヒールのせいで、両足とも靴擦れを起こして血が滲んでいた。

 それを脱ぎ捨てて、再び歩き始める。

 木の枝や石を何度も踏みつけてしまって、足の裏はどんどん傷だらけになっていく。

 地面を踏みしめる度に鋭い痛みが走るが、いつの間にか何も感じなくなった。

 そして、切り立った崖の上に辿り着いた。


 下を見下ろせば、そこは川になっていた。水の流れが速く、ここからでも微かに水の音が聞こえてくる。

 落下すれば、恐らく助からないだろう。


「……さようなら」


 自分が死ねば、ソルベリア公爵家にもレオーヌ侯爵家にも迷惑がかかる。

 そう分かっていながら、ライラは崖から身を投げ出した。



 そこから先のことは、何も覚えていない。

 だが何故か冷たい川の中ではなく、色とりどりの花が咲き乱れる花畑で佇んでいた。


(天国かしら?)


 暖かくて、花の香りに包まれた優しくて綺麗な世界。

 ころんと寝転がって、瞼を閉じる。

 もう誰にも縛られない。誰にも苦しめられない。

 ずっと、ここにいたい。


 そう思っていたのに。


「え?」


 ライラは瞼を開くと、急いで起き上がった。

 今、誰かに頭を撫でられた気がしたのだ。


 どれだけ辺りを見渡しても、ライラ以外は誰もいない。

 けれど、恐怖や嫌悪感は不思議と感じなかった。

 それどころか。


「待って……私を置いていかないで……っ」


 顔も名前も知らない誰かに会いたくて、駆け出す。

 どこまでも走って、あてもなく探し続ける。

 きっと、向こうも自分が会いに来るのを待っているはずだから。何故か、そんな確信があった。


 やがて辺り一面が白い光に覆われて、ライラもその中に包み込まれていった。



 ……随分と長い夢を見ていた気がする。

 ライラは、ゆっくりと瞼を開いた。


(……ここはどこ?)


 見慣れぬ天井が広がっている。頭がぼんやりとしていて、手足にもろくに力が入らない。


(だれ……?)


 誰かが、ライラの頭を優しく撫でている。

 顔が見たくて、どうにか首を動かそうとしていると、はっと息を呑む音が聞こえた。

 そして青い髪の青年が、大きく目を見開きながらライラの顔を覗き込む。


「俺の声が聞こえるなら、瞬きを二回してくれ」


 ぱち、ぱち。言われた通りにすると、彼の表情が和らいでいく。しかしすぐに、真剣な顔つきになる。


「君は、自分のことを──」

「えっ!? お姉さん、目を覚ましたの!?」


 と、幼い声が青年の言葉を遮る。

 パタパタと足音が聞こえた後、キャラメルブロンドの少女が青年を押し退けて、ライラに顔を近づけてきた。


「わぁ~! とっても綺麗なおめめ……!」


 若葉色の瞳を煌めかせて、じっと見つめてくる少女。


(ああ、そうだ)


 ライラは瞬きを繰り返しながら、夢の内容を思い返す。


(わたし、このひとたちにあいたかったんだ……)


 長い眠りから、ようやく目を覚ましたライラ。

 あの日から、既に半年以上が過ぎていた。


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