第二十三話 やさしい旅 その④
「あれ、それって俺の事?」
「そうだよ」
「あれ、でも川原で会って一目惚れしたんじゃないの?」
「?、 そんな事一言も言ってないよ。あれは二目惚れ。あの川原の日の夜は凄かったんだから、もうドキドキが止まらなくて。眠れなくて。本当に出会えた、見つけちゃったって。こんなに好きな気持ち、元秋君は分んないだろーな」
「でも川原より前に奈々に会った記憶って、ないんだよな」
「安藤さんは私の髪型変わったの見て、直ぐ気付いたよ」
「髪型。あー、川原で奈々言ってたな。中学校の時みたいな髪型とか、どう? とか」
「アピールしたんだけど」
「ごめん。全然思い出せない」
「んー、そうかなー、そうかも知れないなー」
「何? そうかも知れないって?」
「1500mの試合、元秋君出てたの。あ、カッコいい、好み。って思ってたら、元秋君が私の方を向いて、笑いながら手を振ったの」
「嘘! それ俺じゃないよ! 俺知らない人に手を振ったりしないもん」
「嘘じゃないの。本当に私の方向いて手を振ったの」
「何かの間違いだ」
「兎に角もうそれで一目惚れ。それからの中二・中三は私にとって元秋君はアイドルで王子様で、神様だったの」
「記憶がないから何とも言えない」
「私の中でドンドン元秋君のイメージが出来上がって、中学時代色々あったけど、元秋君のおかげで乗り切れた部分もあるの。正直、二度と会えるか分らない元秋君を好きだって言う事で、誰とも付き合わない理由にもなったし。でね、川原で元秋君に会ううちにビックリしたのが、元秋君が私の思い描いた通りの人だった事。思ってた通り優しかった。私に優しかった」
「ああ、ありがとう。でも、全然思い出せないんだよな。ごめん」
「それはね、この前安藤さんが言った通りだったんだと思う」
「安藤?」
「うん。安藤さん、元秋君と中学も一緒だったんだよね。私の持ってる写真にも二人で写ってるし」
「そう。あいつもずっと陸上部だった。種目違うけど」
「それでね、私が一目惚れした時。安藤さん、可愛い女の子がいるなって、私の隣に来て話し掛けようとしたんだって」
「あの野郎」
「そしたら丁度、元秋君が安藤さん見つけて手を振ったらしいの。安藤さんが言うには」
「へ?」
「だから私、ずっと勘違いしてたみたい。安藤さんは、元秋君に見られたから私に声掛けづらくなって止めたんだって」
「安藤に手を振る位はあるかも知れない」
「やっぱり?」
「やっぱり。でも、俺が安藤に手を振ったとして、それが奈々を安藤の毒牙から守る事になって、今の二人に繋がってるなら、それは凄い事だ」
「そう、私も安藤さんから聞いた後思ったの。凄い運命。きっと本当に赤い糸かなんかで繋がってるんだって」
「そういう話聞いたら益々好きになっちゃうな」
「私もそう思った」
「なるほど、安藤が知れば嬉しくなる話って言ってたのは、こういう事だったのか」
「勘違いでも、ずーと好きだったんだよ。凄いでしょ」
「うん、凄い。益々奈々が可愛く感じる」
「へへへへ」
「だから奈々は俺に最初からオープンな感じだったんだ。誰にでもって訳じゃないんだね」
「うん!」
石段を上がり終わり、境内に入った所で奈々は、ワンピースのポケットから少し古びた二年前の中学陸上地区大会での写真を出して、元秋に見せた。
奈々の中学校の陸上部の集合写真だった。
その写真の脇に悪戯のつもりか、ピースして笑顔の安藤と元秋が写っていた。
元秋は右四分の一程は写真から切れていた。
「こんな俺を大事に持っててくれたの?」
「うん!」
奈々は元気な声で言った。
つづく
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