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第十五話 涙の名前

 その日の夕方、元秋と奈々は駅前のコーヒーショップにいた。


 元秋はコーヒーを、奈々はフラペチーノを頼んで、店の前の通りが見える窓側の席に座った。


 「楽しい?」


 「うん!」


 元秋の問いに奈々は本当に楽しそうに答えた。


 「だって帰りも元秋君に会えるんだもん」


 「ハハハハ…」


 苦笑いしながら元秋は、話を切り出すタイミングを計った。




 「あのさ、奈々」


 「ん?」


 窓の外を眺めてた奈々が元秋の方を向いた。


 「気を悪くしたら悪いんだけどさ、知り合いが奈々が中学校の時、特別支援教室に居たって言うんだよね。だから、ちょっと障害があるんじゃないかって。俺は、例えそうでも今のままの奈々が好きだし、気持ちは変わらないんだけど。奈々の事で知らない事があるのが嫌なんだ。人から言われて自分が知らないのも嫌なんだ。だから、知らない事は全部知りたい。だから…」


 元秋は淡々と言った。


 奈々はその間中悲しそうな顔で、元秋の顔を見ていた。途中元秋が視線を外し、下を向いて話している時も。


 「気持ちは変わらないなら、何で聞くの?」


 元秋の方を向いたまま、悲しげな顔のまま、奈々は言い、そして窓の外を眺めながら続けて言った。


 「本当。中学で、数学の授業、特別教室で一人で受けてた。今の私立の高校、推薦は偏差値低いから、小論文と国語のテストだけ。それで入ったの。計算が全然駄目なの。暗算も駄目」


 そう話しながら、奈々の目からは涙が頬を伝い流れ始めていた。


 「病院に行って、検査も受けてる。IQ80ないの。お医者さんには『様子見ましょう』って言われた。70から75辺りが境だったみたい。偏差値とIQは別だっても言われた。だから良い高校、良い大学に入っても、社会生活不適合で、調べるとIQが低いなんて事もあるんだって。でも、社会人になってから気付くんならまだいいよね。私はその事では中学からずっと負い目を感じてるし、何時も何処かに恥ずかしい自分がいる。軽度の発達障害。でも、障害者手帳とかは貰ってないよ。そうすると、普通の高校や大学に行けなくなっちゃうから。出来れば、そんな障害の事とか忘れて、普通に生きたい」


 そこまで言い。奈々は泣いたままの顔で窓から視線を元秋に戻して、また言った。


「格好悪いよね。そんな子と付き合ってたら。みっともないよね。友達とかにも恥ずかしくて言えないでしょ?」


 泣きながらそう言う奈々の顔を見て、元秋は、自分は何て無神経で酷い事を尋ねたのだろうと思った。


 『俺の方が発達障害じゃないか。人の気持ちも全然考えていない。最低野郎だ』


 元秋は自分を責めた。


 「ごめんね。酷い事聞いたね。謝って許される事じゃないけど、俺、今までと気持ち変わらないから。奈々の事、友達にも紹介出来るから。あの、その…ありがとう。言ってくれて」


 元秋はそれだけ言うのが精一杯だった。


 「元秋君だから、言ったんだからね」


 涙を拭きながら、奈々は元秋の目を見ながらそう言った。


 元秋は奈々の潤んだ目に吸い込まれる様な気分だった。


 『あー、それでもやっぱり俺はこの子が好きなんだ』


 元秋は更に奈々に溺れていく自分を感じた。





 駅前、同時刻。


 安藤が和希と待ち合わせをしていた。


 「これが、中学のアルバムです。それと、北村君の同級生で、親戚だという子から聞いたんですけど、家族への遺書と、野沢さんへの遺書があったそうです。北村君の家族が野沢さんに遺書は渡したらしいです」


 和希がテキパキと安藤に言った。


 「そう」


 安藤はコーヒーショップの方を見ながらそう言った。


 「ごめん、和希ちゃん。色々頼んで調べて貰ったけど、もう必要ないんだ」


 「そうなんですか? でも、折角持って来たので、アルバムは貸します。持ってって下さい」


 役目がなくなると安藤に会えなくなる寂しさからか、和希は残念そうに言った。


 相変わらず安藤はコーヒーショップの方を眺めていた。そこに元秋と奈々が居るのも見えて分っていた。


 「そうか、髪型か…」


 突然何かを思い付いた様にそう言うと、安藤は急にニコニコして和希の方を振り向き言った。


 「和希ちゃん、色々有難う。お礼にコーヒー奢るよ。そこの店にコーヒー飲みに行こ」


 「え」


 突然の事にビックリした和希の手を取り安藤は、元秋と奈々の居るコーヒーショップに向かった。





            つづく

 

 

読んで頂き有難うございます。

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