第八話 情けない週末の後に
次の週の月曜日。
朝、元秋はいつも通り川原に行ったが、珍しく奈々は来ていなかった。
その日の東野高校、昼休み。
視聴覚室に元秋といつもの三人はいた。
「スイスの選手って胸大きいな~」
並んでいる椅子に横になりながら安藤が言った。
「お前がそんな事言うか?」
安藤の前に同じく並んだ椅子に横たわる大内が言った。
昼休みにこっそり忍び込み、四人はサッカー女子のワールドカップの試合を見に来ていたのだ。
「いいじゃん。男しかいないんだし」
安藤が返した。
「それよりお前と佐野、西女の子とファミレス行ってたって? ずるいよ。何で教えてくんないんだよ」
安藤の後ろでやはり横になっている佐藤が言った。
「だって、お前ら西女馬鹿にしてたじゃん」
安藤が言い返した。
「それとこれとは別じゃん。俺達だって女の子とは話したいぞ。ワクワクしたいぞ」
佐藤の言葉に振り向いて安藤が言った。
「だから、正直にそう言えば良いんだよ。女の子と話すだけでも楽しいって。それをお前ら、やりたいやりたい言うから。ホントは一緒にファミレスとか行って、話すだけでも幸せなんだろ? そういうとこ素直になれば今度連れってやるよ」
「マジか?」
安藤の方を振り向き、大内が言った。
「ああ、その代わり楽しそうな顔しろよ。目がギンギンなんてのは駄目だかんな。普通に楽しく話が出来る様な人間になれよ」
「ああ、俺駄目かも」
「俺も自信ない」
安藤の言葉に大内と佐藤が言った。
「全く、どいつもこいつも、駄目だな~。あいつも」
そう言うと安藤は振り返り、一番後ろで横になり、ボーっとモニターを眺めている元秋の方を見やった。
元秋は朝からズーっと奈々の事を考えていた。
出会ってから今日まで見て来た奈々の姿、声、顔。
抱きついて来た時の手の感触、胸が背中に当たる感触、包み込まれた匂い。
そして重なって聞こえた心臓の音。
ドキドキしているのが分る、激しい鼓動。
元秋は四日間会わなかった間に、自分自身が今すぐ会いたくてしょうがない気持ちになっている事に気付いた。
『今すぐ会いたい。やっぱり俺、奈々が好きなんだ。今すぐ会って伝えたい』
会わない間に元秋の中では、噂が段々小さなものに感じられて行った。そんな筈がないという思いもあった。なによりも今は、奈々の事を考えるうちに盛り上がって行く自分の気持ちを抑えられなくなって来ていた。きっと奈々は自分の事を好きなんだと思うと、愛おしくてしょうがなくなった。
元秋は突然スッと立ち上がった。
「安藤!」
「はい!」
突然呼ばれた安藤はビックリして声を出して立ち上がった。
「俺、決めた。今日部活休む。西女行って、奈々ちゃんに会ってくる」
元秋が言った。
「おう。それでどうする?」
「告白してくる」
安藤の問いに元秋は即答した。
安藤は二ヤッと笑った。
「なになに?」
「何の話?」
大内と佐藤も立ち上がり、何の事かと、元秋と安藤の顔を見比べながら言った。
放課後、西女の前に元秋と舞が立っていた。
舞は安藤がLINEで呼び出してくれたのだ。元秋はまだ奈々も舞も登録していなかった。
「奈々ちゃん、今日は午前中で早退したそうですよ」
舞が言った。
「そうなの?じゃあ、連絡取れる?」
「そう思ってさっきしてみたんですけど。既読しなくて」
「既読無視…」
「そういう事じゃないと思うんですけど。奈々普段から読んだり、読まなかったりだから」
元秋の問いに舞が答えた。
「そう、ありがとう。安藤は部活終ったら連絡するって」
「はい」
舞が少し笑って言った。
元秋はその場を後にした。
元秋には当てが一つしかなかった。
川原だ。自分と同じ気持ちなら、先週冷たい態度をとったまま別れたあの川原に彼女はいる筈だ。と、元秋は思った。
つづく
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