06 衝突と相互理解
トナから借り受けた『ウンディーネの羽衣』を地面に敷いて、石の土台を組み上げたならば、そこに火を育てて冒険者たちの鉄鍋を設置した。
鉄鍋にはゴマ油をひき、それが温まったならば具材を投入する。ひと口大に切り分けたデザートリザードの肉、紫色のハクサイに似た『黄昏の花弁』、ヤマイモのごときマンドラゴラモドキ、赤とオレンジのツートンカラーである巨大キノコ、田辺老婦人からいただいたダイコンのくし切り、そして咲弥が常備しているタマネギの薄切りだ。
献立は、豚汁の要領で作りあげる味噌汁である。もともとはコンソメスープでも準備しようかと考えていたのだが、四名ものゲストを迎えるにあたって、もうちょっとボリュームのある品に変更しようかと思案して――そうして炊き出しからの連想で、豚汁を思いついた次第であった。
具材に油が回ったら、ウォータジャグの水をどっぷりと注ぎ、沸騰したのちに灰汁を取る。
そうして咲弥がひと息つくと、背後に人の気配が生じた。
「あれあれ? もうお腹は満たされたのかなぁ?」
それは髭面の男性たるテクトリであり、その斜め後方にはルウがひっそりと控えていた。
「そちらには、おかしな材料も使われていないようだな。唯一、見覚えがないのは……その油ぐらいか」
咲弥の質問には答えずに、テクトリはゴマ油の瓶を見据えている。
咲弥はその瓶を取り上げて、テクトリに差し出した。
「これは、ゴマ油だよぉ。そっちの世界にも、ゴマって存在するのかなぁ?」
「胡麻など、珍しくもない。……しかし、胡麻から油を搾るなどというのは、あまり聞かぬ手法だな」
がっしりとした指先で瓶を受け取ったテクトリは、キャップを開いて匂いを嗅いだ。
テクトリは咲弥よりもやや小柄であるが、がっしりとした肉厚の体格をしている。魔法の力で強化せずとも、それなりの腕力であることだろう。また、冒険者の中ではひとり壮年であったので、なかなかの貫禄であった。
「確かに、胡麻の香りが凝縮されている。これで熱が通れば、完成か?」
「いや、最後にもうひとつふたつ調味料を加えるよぉ。ご興味があるなら、こちらにどうぞぉ」
咲弥が作業台に舞い戻ると、テクトリに一歩遅れてルウもついてくる。まるでテクトリに懐いているかのようだが、きっと咲弥の身を案じてくれているのだろう。それに関しては、テクトリのいない場でお礼を伝える所存であった。
「味の決め手はこの味噌で、お好みで加えるのは七味唐辛子だよぉ。よかったら、ご賞味あれ」
咲弥は銀の小皿に味噌と七味唐辛子を取り分けて、テクトリに差し出した。
テクトリは迷う素振りもなく、それらを口にする。すると、立派な眉の下でますます眼光が鋭くなった。
「これは……豆か何かを発酵させた調味料であるようだな。それに、魚介の出汁か何かを練り込んだものか。こちらの赤いのは、おおよそ唐辛子のようだが……やはり、見知らぬ香草の風味が感じられる」
「おー、唐辛子は知ってるのかぁ。あるていどの食材は、共通してるみたいだねぇ」
ただし、唐辛子の『唐』はこちらの世界の古い国名であるはずだ。まさか国名までは共通していないだろうから、あちらの言語で語られる別の名称が翻訳の魔法によって変換されているのだろうと思われた。
「ほんでもって、テクトリさんは料理に興味があるみたいだねぇ。もしかして、冒険の間は調理を担当してるとか?」
「……ふん。旅のさなかに真っ当な料理を手掛ける機会などないし、町に戻ったら別行動だ。そうでなくとも、あんな連中に料理を振る舞う理由はない」
「あれあれ? 他のみんなは、大切なお仲間じゃないの?」
「……命を預ける旅の仲間と料理を振る舞う相手は、別物ということだ」
テクトリはぶすっとした顔で、そのように言い捨てた。
咲弥は「そっか」と笑みをこぼす。
「でも、今日はそれなりに真っ当な料理を手掛けるつもりだからさぁ。よかったら、テクトリさんも腕を振るってみない?」
「ふん。こんな見知らぬ調味料ばかりで、まともに腕など振るえるものか。そうでなくとも、俺は竜王との戦いでくたびれ果てているのだ」
そんな愛想のない言葉を残して、テクトリはバーベキューの輪に戻っていく。
ルウは咲弥に目礼をしてから、それを追いかけた。
(ちょっとずつ、みんなの人柄がわかってきたなぁ。テクトリさんはちょっぴり頑固で料理に興味あり、トナちゃんは素直で気弱で気づかい屋さん、ウィツィさんはやや荒っぽいツンデレさん……あとは、ミシュコくんか)
咲弥がそんな思案に耽っていると、チコが元気に向きなおってきた。
「サクヤさま! さぎょーかんりょーしたのです! つぎのごしじをおねがいしますなのです!」
「あー、まかせっきりにしちゃってごめんねぇ。おー、チコちゃんもどんどん手馴れてきたねぇ」
「とんでもないのです! きょーしゅくのいたりなのです!」
チコはもじもじしながらも、嬉しそうに口もとをほころばせている。調理のさなかでなければ、そのふわふわの頭を撫でくり回したいところであった。
「ではでは、次のステップに進みますかぁ。今日の献立は、ジャンバラヤだよぉ」
「じゃんばらや! とってもふしぎなおなまえなのです!」
「それは、あたしも同意見だねぇ。それじゃあまず、お米を取り分けるよぉ」
咲弥が所持する十二インチのダッチオーブンは、十一合まで米を炊けるとされている。ジャンバラヤは具材もそれなりの質量であるので、今回は十合きっかりに留めることにした。
「余ったら、明日の朝食にするだけだし……ドラゴンくんとケルベロスくんがそろってる限り、余る心配はないだろうしねぇ」
咲弥がこっそりそのように告げると、チコは「あはは」と無邪気に笑った。かくいう彼女も、小さな体で一合ぐらいはぺろりとたいらげてしまう食いしん坊である。
「じゃ、焚火台の片方も使わせていただくねぇ。あとはメインの料理ができあがるまで、もう片方の焚火台でバーベキューをお楽しみくださいませ」
八名の混成グループは、それぞれ異なる表情で引き下がる。ミシュコとトナはついバーベキューに夢中になってしまったことを恥じらっているような表情で、ウィツィとテクトリは取りすました表情だ。
そうして咲弥が作業台に鎮座ましますダッチオーブンを持ち上げようとすると、それよりも早く赤い尻尾がハンドルに巻きついた。
「これを、あちらの網にのせるのであるな?」
「おー、どうもありがとぉ。力仕事のチャンスを逃さないねぇ」
ドラゴンは「うむ」と目を細めつつ、重いダッチオーブンを焚火台の焼き網に移動させた。ジャンバラヤは、ダッチオーブンを活用するために考案した献立なのである。
(にしても、こんな馬鹿でかいダッチオーブンをフル活用することになるとは思ってなかったけどね)
しかしまた、フル活用できるならばそれに越したことはない。もとをただせば食いしん坊のドラゴンのために調達したダッチオーブンであるが、よりたくさんの人々と喜びを分かち合えるならば何よりの話であった。
そんなダッチオーブンを使い、まずはオリーブオイルでニンニクのみじん切りを炒めたならば、デザートリザードの肉、タマネギのみじん切り、パプリカ、そして唐辛子のきいたトマトのごとき『ジャック・オーの憤激』を追加していく。
肉にあるていどの熱が通ったら、いよいよ生米の投入だ。十合の生米というのは、やはりなかなかの質量であった。
それらを念入りに攪拌して、油が十分に回ったならば、水と調味料を投入する。調味料は『ほりこし』とコンソメ、そしてケイジャンスパイスである。
『ほりこし』だけでもスパイシーな味わいは実現できるが、やはりジャンバラヤらしさを求めるにはもうひと味が必要であるのだ。それで咲弥が選んだのが、このケイジャンスパイスであった。
蓋をして、沸騰したのちには、焚火台の薪を調節して弱火に落とす。
あとは十五分ほど焚き込んで、十分ほど蒸らせば完成だ。
咲弥はキッチンタイマーをセットして、「ふう」と息をつき――そして、背後を振り返った。またもや、テクトリとルウのコンビがじっと咲弥の所作を見守っていたのだ。
「……こちらでは、ずいぶん風変わりな調理法が披露されたな」
「そんなに風変わりかなぁ? そっちの世界には、お米が存在しないとか?」
「米ならば、南方の区域に遠征した折に口にしたことがある。しかし、油で炒めたのちに煮込むなどという作法はお目にかかった覚えがない」
「にゃるほど。あたしも普段は炒めたりはしないで、そのまま炊きあげちゃうけどねぇ。これは外国から伝わってきた料理だからさぁ」
咲弥の返答に納得がいったのかいっていないのか、テクトリはぶすっとした仏頂面で押し黙る。
そちらにのんびり笑いかけてから、咲弥はバーベキューを囲んでいる面々に向きなおった。
「メインの料理が仕上がるまでもうちょっとかかるんだけど、みんなのお腹の具合はどんなもんかなぁ?」
「こんなにうじゃうじゃいるせいで、俺はぜんぜん足りてねーよ! それに、焼いた肉だけじゃ飽きちまうだろ!」
などと言いながら、ケイはぴこぴこと尻尾を振ることで期待をあらわにしている。であれば、その期待に応えなければならなかった。
「じゃ、おつまみの料理を追加しますかぁ。チコちゃんは、こっちのダイコンをすりおろしておいてくれる?」
「りょーかいなのです!」と、チコはおろし金をひっつかむ。本当に、アトルとチコは日を追うごとに手際がよくなっていた。
咲弥はひと口大に切り分けたデザートリザードの肉をポリ袋に封入し、チューブの生姜と醤油と砂糖と調理酒を加えて、わしわしと揉みしだく。デザートリザードの肉は鶏肉に似ているが固い肉質であるため、入念に時間をかけて揉み込むことにした。
「そういえば、冒険者のみんなは普段どんなものを食べてるの?」
咲弥が肉を揉みしだきながら問いかけると、まだ熱心な顔でバーベキューの肉を頬張っていたミシュコが大慌てで振り返ってきた。
「ふ、普段って、旅の間のことか? そんなもん、他の冒険者たちと変わらねえよ」
「いやぁ、あたしは冒険者ってものと顔をあわせたのも初めてだからさぁ。便利な魔法があるんだから、食材なんかは運び放題なんでしょ?」
すると、一歩ひいたところで腕を組んでいたウィツィが「ふん」と鼻を鳴らした。
「亜空間に物を封じたら、その質量の分だけ魔力を消費していくんだよ? 食料なんかは必要最小限に抑えるのが冒険者の心得ってもんさ」
「ほうほう。ではその選りすぐりの食料ってのは、どんな内容なのかなぁ?」
「……干し肉と干し果実、パンと火酒。それだけあれば、必要な滋養はとれるでしょうよ」
「おー、パンかぁ。そういえば、まだベエくんにパンをご馳走してなかったねぇ」
咲弥が視線を向けると、ベエは陰気にゆるゆると首を振った。
「……冒険者が持ち歩くのは、保存のために固く仕上げた黒パンとなる……あのようなものよりは、サクヤが供するコメやパスタといったもののほうが、よほど美味であろう……」
「そりゃそうさ。やわらかい白パンなんざ持ち歩いたら、三日やそこらでカビちまうからね。そんなことに文句をつけてたら、冒険者なんざ務まりゃしないよ」
「にゃるほど。それじゃあ旅の間は粗食で我慢して、家に戻ったら豪華な料理を楽しむっていう生活スタイルなのかなぁ? だとしたら、あたしと正反対だねぇ」
「……正反対?」
「うん。あたしは家だと気合が入らないからさぁ。家では適当に済ませて、キャンプに来たときに料理を楽しむ感じなんだよねぇ」
咲弥がそのように答えると、ミシュコがドラゴンのほうをちらちらと気にしながら発言した。
「そ、それじゃあお前は……この山で暮らしているわけじゃないのか?」
「うん。家から数日置きに通ってる感じだねぇ。いずれは山にいる時間のほうを長くしたいぐらいだけどさぁ」
すると、ドラゴンが「ただし」と付け加えた。
「先刻も申し述べたが、サクヤは異界の住人である。サクヤの世界とこちらの世界で融合しているのはこの山のみであり、両方の世界に干渉できるのは術者の我のみとなる」
「そ、それがよくわからんのだ。たとえば、俺たちとそのサクヤという娘がともに山を下りたら、どうなるのだ?」
「サクヤは本来の世界に戻り、其方たちは砂漠に出る。山から足を踏み出した瞬間、おたがいの姿が消えたと認識することになろう」
「こ、この山が異界の門そのものであるのなら、そういうことになりますよね。そんな途方もない術式を完成させるなんて……やっぱり、信じられません」
トナは驚くのにも疲れた様子で、深々と息をつく。
こういった話を聞かされた際には、ケルベロスも愕然としていたのだ。それだけドラゴンが、とてつもない力を持っているということであった。
(ドラゴンくんは今でもあたしの車を亜空間とやらに仕舞い込んでるけど、それぐらいはへっちゃらなんだろうなぁ)
咲弥がそんな風に考えていると、ケイが「なーなー!」と呼びかけてきた。
「いつまでそいつを揉んでるんだよ? こっちの肉も食い尽くしちまったぞ!」
「もうちょい時間を置いたほうが、しっかり味がしみこむんだけどねぇ。泣く子とケイくんにはかないませんなぁ」
ということで、咲弥は調理に取りかかることにした。
まずは、三台のバーナーにそれぞれ火を灯す。
すると、テクトリを除く三名が身を乗り出してきた。
「な、何だ、それ? ツマミを押しただけで、火が点いたぞ!」
「な、何か特別な魔法具でしょうか……?」
「魔力なんて、これっぽっちも感じないわよ。それなのに、どうしてあんな風に景気よく燃えさかってるのさ?」
咲弥が返答に窮していると、ドラゴンが穏やかな声音で取りなしてくれた。
「サクヤにしてみれば、精霊に呼びかけて虚空から炎を生み出す魔法のほうが、よほど不思議に感じられるのであろうな。これが、異なる文明に身を置いているということであろう」
「にゃるほど。おたがいの文明を尊重したいところだねぇ」
咲弥は三台のバーナーに二組のスキレットとメスティンを配置して、サラダ油をひいた。そうしてポリ袋の中身を均等に投入していくと、調味液の芳しい香りが一気にたちのぼる。それで冒険者たちの関心は、一気に料理へと傾いたようであった。
「……さきほどの調味料と同系統だが、まったく異なる香りがする。同じ豆を使って、異なる調味料に仕上げたということか?」
目ざといテクトリに「うん」と応じつつ、咲弥はトングで肉をひっくり返していった。
「さっきのは味噌で、これは醤油だねぇ。ただ、生姜と砂糖の匂いもけっこう強いと思うよぉ」
「さっきの白いのは、砂糖だったのか。これは確かに、砂糖が焦げつく香りであるようだ」
きっとこのテクトリは、咲弥よりもよほど立派な調理スキルを携えているのだろう。少なくとも、咲弥には味噌と醤油の香りから原材料の一致を推察することなどできそうになかった。
やがて裏面も焼きあがったならば、ポリ袋に残されていた漬け汁と、チコがすりおろしてくれたダイコンを投入する。それを混ぜ合わせて数分ばかり煮詰めたら、デザートリザードのみぞれ生姜焼きの完成であった。
「お待たせぇ。みんなで仲良く味わってねぇ」
二組のスキレットの中身は銀の大皿にぶちまけて、メスティンの中身は小皿で三等分にする。その小皿を『祝福の閨』の上に並べると、三頭のケルベロスが可愛らしく身を乗り出してきた。
「おー、肉だ肉だ! ったく、肉は俺にまかせればいいのによー!」
「いえ。初めて出された料理には、口をつけずにはいられません」
「うむ……そちらとて、コメや甘味を口にしているのだから、文句は言えまい……」
当人同士で舌戦を繰り広げつつ、ケルベロスたちは仲良く料理を口にした。
いっぽうドラゴンにひと口目を譲った冒険者たちは、我先にと銀のフォークをひっつかむ。銀の食器に余剰があったのは、幸いな話であった。
「こ、これは美味いな! さっきの肉とは、比較にならないぞ!」
「そりゃあ焼いた肉に調味料をふっただけの食事とは、比較にならないでしょうよ」
「で、でも本当に美味ですし、まったく見知らぬ味わいです……ほんのり甘いのが、また美味しいです……」
そのように語る三名を横目に、テクトリは黙々と肉を咀嚼している。喜んでいるというよりは、真剣に味を吟味しているような風情だ。
咲弥としてはテクトリの評価が気になるところであったが、その前にもじもじしている兄妹に声をかけることにした。
「チコちゃんたちも、よかったら味見してみてよぉ。簡単な料理だけど、これもいちおう初出しだしねぇ」
「サ、サクヤさまのごおんじょーに、かんしゃいっぱいいっぱいなのです!」
「おことばにあまえて、ごしょーばんにあずかるのです!」
そうしてアトルとチコが木彫りのスプーンに手をかけると、ミシュコがじろりと見下ろした。
「なんだ、コメコ族が同じものを口にするのか?」
「ミシュコくん」と、咲弥は誰よりも早く口を開いた。
「これはアトルくんたちが捕まえてくれたデザートリザードの肉で、チコちゃんがすりおろしてくれたダイコンも使われてるんだよぉ? そんな二人がこの料理を食べて、なんの問題があるっていうのかなぁ?」
「な、なんだよ? なんでそんなに、怒ってるんだよ? 相手は、コメコ族だぞ?」
「怒ってるかなぁ? これでも、めいっぱい自制してるつもりなんだけどねぇ」
すると、小皿から顔を上げたルウが沈着なる声を発した。
「我々の世界においては、魔力の多寡によって存在価値が定められます。その中でも、修練によって魔力を習得する人間族はひときわ強い優越感と劣等感を有しているように見受けられます」
「うむ……魔族に対する敵対心も、劣等感の裏返しであるのだろうしな……」
「ええ。だからこそ、すべての種族が平等であるという竜王殿の訓示にも、強い反発を覚えることになったのでしょう」
それだけ言って、ルウとベエは食事を再開した。
ミシュコとトナは青い顔をしており、テクトリは横目でドラゴンの様子をうかがっている。そして、ひとり人間族ならぬウィツィが面倒くさそうに口を開いた。
「ミシュコの言い草が気に食わないってんなら、一発ぶんなぐって終わりにしておくれよ。どうせこいつは、ややこしい話を考える頭も持ってないんだからさ」
「お、お前こそ、その言い草はなんだよ! お前だって、仲間だろ!」
「だから、話を丸く収めようとしてるんでしょ。こんな魔力が尽きた状態でやりあったって、勝ち目はないんだからさ」
咲弥はひとつ息をついてから、「ミシュコくん」と呼びかけた。
「あたしだって、ややこしい話は苦手だよ。それに、そっちの世界の価値観に文句をつけられる立場でもないからさぁ。……あたしはただ、自分が大切に思ってるアトルくんとチコちゃんをぞんざいに扱ってほしくないだけなの」
「…………」
「それとね、あたしはドラゴンくんやケルベロスくんやスキュラさんのことも大切に思ってるから……初めて出会った同じ人間を、嫌ったりしたくないんだよねぇ」
咲弥が精一杯の思いで言葉を重ねると、ミシュコは口の中でごにょごにょと何かつぶやいた。
ケイが小皿の煮汁をなめながら「聞こえねーよ」と言い捨てると、ミシュコは子供のような顔でそちらをにらみつけてから口を開いた。
「俺はただ……この美味い料理を他人に分けるのが惜しかっただけで……コメコ族がどうのって言ったのは……もののはずみなんだよ」
「ふん。だったら、根っからコメコ族を見下してるってこったなー」
「し、しかたないだろ! 都では、魔力を持たないコメコ族は獣同然って言われてるし……俺がコメコ族と顔をあわせたのは、これが初めてなんだからよ!」
「あたしは相手が動物でも、見下したりはしたくないけどねぇ」
咲弥は足もとに寄ってきた一角ウサギの一頭をすくいあげながら、そう言った。
「とりあえず、種族がどうのってのは脇に置いてさ。アトルくんとチコちゃんのことを、しっかり見てあげてよ。好きになるのも嫌いになるのも、その後でしょ?」
「……わかった」と、ミシュコはしょんぼり肩を落とす。
年齢は咲弥と同程度であるようだが、精神年齢はずいぶん幼いのかもしれない。咲弥ももはや、怒りの気持ちは抱いていなかった。
(……うちの弟よりは、よっぽど可愛げがあるしなぁ)
咲弥がそんな風に考えていると、いつの間にかアトルとチコも足もとに寄ってきていた。
その紫色の瞳にうるうると涙を溜めながら、咲弥の顔を一心に見上げている。咲弥は一角ウサギを片腕で抱きかかえつつ、もう片方の手で順番にその頭を撫でていった。
「何を涙ぐんでるのさぁ? ほらほら、料理が冷めちゃうよぉ」
「はいなのです……サクヤさまのごおんじょーに、かんしゃいっぱいいっぱいなのです……」
咲弥は頭をかきながら、ドラゴンのほうを振り返る。
ついに最後まで語ることのなかったドラゴンは、ひたすら優しい眼差しで咲弥たちの姿を見守っていた。




