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【書籍化】Fake Earth  作者: Bird
第4章 汝は人狼なりや?

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88話 Two Order(中編)

『Fake Earth』で最初に出会ったプレイヤー、()(どう)ライはかつてこう言った。


「プレイヤーの服装は、『実用性』と『ファッション性』のバランスをうまく考えたコーディネートをした方がいい」と。


 あのとき彼女がレキトに教えてくれたことは、今でも正しいと思っている。

 この現実世界を再現したゲームの厄介なところは、NPCとプレイヤーが見た目で区別できないことだ。

 もし対戦向けの『実用性』に特化したボディアーマーを着て出歩けば、周りから悪目立ちしてしまい、敵プレイヤーに見つかるリスクが高くなる。

 ギアで先制攻撃されれば、いきなりピンチに陥ることもあり得るだろう。


 だからこそ、場の雰囲気に溶け込みつつ、戦いが始まったときに動きやすい格好をすること。


 それが、いつどこで戦闘が起きるかわからないこの世界で、生き延びるための鉄則だ。



 だが、今回の戦いの舞台は、「(ゆう)()革命党(かくめいとう)のアジト」。

 敵ギルドの拠点に攻め込む以上、装備アイテムに街中のNPCに紛れるための『ファッション性』は必要ない。

 RPGの防具のように、「防御力」や「機動力」などに特化した『実用性』だけが求められる。


暗灰(あんかい)(しょく)のボディアーマー

難燃(なんねん)加工のコンバットシャツ

▼リップストップ生地のコンバットパンツ

▼超小型ワイヤレスインカム

▼ハイカットのタクティカルブーツ

▼装甲ガード付きフィンガーレスグローブ


 遊戯革命党との決戦にあたって、レキトたちは「特殊防衛組織『アント』の戦闘服」で装備を固めた。



「いいね、レキトくん。いつも以上に強そうな雰囲気あるよ」


「ありがとう、(あけ)()。本当はヘルメットも装備したかったんだけどね。視野が狭くなるから、目の力との相性を考えて外すことにしたよ」


「せっかくの強みをなくすわけにはいかないもんね。まあ、私も(りょう)(じゅ)くんもヘルメットはつけないし、3人仲良くお(そろ)いってことでいいんじゃない?」



 明智が言い終えた途端、顔が真っ赤になり、耳から湯気が立ち上る。

「お揃い」という言葉から「ペアルック」を連想してしまい、「どうしよう⁉︎ 恋愛対象に見られちゃうかも⁉︎⁉︎」と自意識過剰な妄想がまたしても暴走しているようだった。


 控え室に最後に現れた彼女の防具アイテムは、レキトたちの黒を基調とした装いとは対照的に、()()()()()()()で統一されており、コンバットパンツの代わりに「ミニスカート」と「スパッツ」を組み合わせている。


「勝負服は明るい色で、みんなと違うデザインにしたい!」という強い希望により、カスタムメイドされた戦闘服だった。



 だが、明智が戦闘服の見た目にこだわったのは、()()()()()()()()()()()()

 一人だけ目立つ格好をしていれば、多対多の戦闘でも視線を引きつけやすくなる。

 ギルドマスターの暁星(あかほし)さえも戦闘不能にした、一撃必殺級の催眠音波系ギア《迷える羊の子守歌(シープ・ララバイ)》の存在を、遊戯革命党のプレイヤーたちの脳裏にちらつかせることができる。

 たとえ相手が「味方を巻き込む環境では使えない」と思ったところで、負ければ終わりの真剣勝負で、万が一の可能性を警戒せずにはいられまい。


 そして何より、明智に意識を向けさせることで、《私は何者にもなれる(フリー・カラー)》で透明になれる綾瀬や、奇襲を得意とする(なな)()への注意を逸らすことができる。



 実戦で活かすために『ファッション性』をあえて強調し、仲間の服装を踏まえて自分の見せ方まで計算されたコーディネート。


 明智の装備アイテムの選び方は、レキトには思いつかない発想だった。



──それにしても、さすが運営のアーカイブ社のインターン生にスカウトされただけあるな。



 レキトは照れを隠すように顔を(あお)ぐ明智を見つめる。

 遊戯革命党のアジトに突入するまで残り1時間余り。

 全世界のNPCの命運をかけた決戦を前に、レキトたちが集まったアント本部の控え室では緊張した空気が漂っていた。


 青ざめた伊勢(いせ)(かい)は独り言をブツブツとつぶやきながら、落ち着きなく部屋を歩き回っていた。

 杏珠(あんじゅ)は《もしも光の絵の具がある(フォース・アート)としたら》を起動し、七海や綾瀬のホログラムを次々と出しては消し、自身のイメージ力に乱れがないかを確認している。

 レキトも指先に武者震いが走り、いつもより心臓の鼓動が速くなっているのを感じていた。



 しかし、明智だけが普段とまったく変わらなかった。

 虚勢(きょせい)を張っているわけでもなければ、緊張でテンションが変に上がっているわけでもない。

 まるで授業の合間の休み時間のように、リラックスして過ごしている。


 今から誰がゲームオーバーになってもおかしくない決戦に臨むのに、平常心を保てているのは味方ながら不気味だった。



──とはいえ、大事な勝負の前にプレッシャーを感じることは、必ずしも悪いことではない。

──「絶対に負けられない」という緊張感とうまく付き合えれば、普段以上の集中力を引き出すきっかけになる。

──とくに、()()()()はそういうタイプなのだろう。



 綾瀬と七海は目を閉じ、それぞれの世界に入り込んでいた。

 体育座りの綾瀬はワイヤレスイヤホンで音楽を聴いていた。

 正座している七海は姿勢を正したまま瞑想(めいそう)していた。

 いつも騒がしい二人が一言も発さず、不気味なほど静かに集中力を研ぎ澄ましている。


 遊戯革命党のアジトに突入するまで、残り1時間。

 それを告げるアラームが、2人のスマートフォンから「ピ」と鳴りかけた──その瞬間に音が途切れる。


 綾瀬と七海は目を閉じたまま、すでに指先でスマートフォンの画面に触れており、わずか一瞬でアラームを止めていた。



「よし、時間だね。じゃあ整列して、頼りになる感じで入ろっか」



 正座していた七海は足を崩し、ふにゃっと気の抜けたように大きく伸びをする。

 杏珠は無言でうなずき、伊勢海は「ひっ」と絞首台(こうしゅだい)に連行される罪人のように(おのの)いた。


 綾瀬は短く息を吐き、耳からワイヤレスイヤホンを外す。

 (おおかみ)のような目でレキトと明智の方を見ると、子犬のような笑みをぱあっと浮かべた。



「やばっ! (さい)()の衣装、超可愛いじゃん! スカートもいい感じに短くて、脚線美エグすぎだし!

 遊戯革命党のプレイヤーもメロついて戦えないんじゃね?」



 記念に3人で写真撮ろうぜ、と近づいた綾瀬はインカメラを起動して、スマートフォンを横向きに構える。

 隣で顔を赤くした明智に腕をバシバシ叩かれながらも、楽しそうにピースを作ってシャッターボタンを押した。

 さっきまでの真剣な雰囲気は嘘みたいに消えている。

 けれども、いつも以上にエネルギーに(あふ)れていることがそばにいるだけで伝わり、実際の身長以上に大きく見えた。



 レキトはスクエア型眼鏡をかけ直し、七海を先頭にした列に加わった。

 特殊防衛組織『アント』と同盟を結び、七海たちとパーティを組んで特訓するようになってから10日間。

 杏珠の回復系のギアのおかげで、怪我を気にせず実戦の経験をたくさん積むことができた。

 ソロプレイの頃には気づけなかった弱点を指摘してもらえたし、そこから新しい戦術を生み出すこともできた。


「プレイヤーとして致命的な弱点がある」ということは、「プレイヤーとして大きな伸びしろがある」ということ。


 遊戯革命党の暁星に成す術もなく敗れた頃と比べれば、自分でも驚くほど成長した実感がある。



──あのさ、レキト、ちょっと試したいことあるから付き合ってくんね?



 レキトの脳裏に、綾瀬から模擬戦を申し込まれた記憶がよぎった。

 綾瀬が全身の力をすっと抜いた瞬間、《小さな番犬》が爆発したような勢いで吠えて、激しく振動したスマートフォンに両手を弾かれた場面がフラッシュバックする。


 この10日間でプレイヤーとして一番成長したのは、綾瀬だった。



「みんな、わかってると思うけど、アントの隊員たちは一緒に戦う仲間だよ。彼らの協力をなくして、遊戯革命党の計画を止めることはできない。

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 先頭を歩いている七海が振り返り、レキトたちに念を押す。


 講堂の扉の前に着くと、待ち構えていた隊服姿のNPC2名が静かに扉を開いた。



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