82話 汝は人狼なりや?(後編)
全世界のNPCを機能停止させることで、『Fake Earth』内のインフラが止まる。
そして、食糧の流通も止まり、食糧不足に陥ったプレイヤーたちが飢えに苦しみ、次第に弱体化していく。
遊戯革命党のゲーム攻略プランのもう1つの狙いを知ったとき、犬塚は心が震えた。
もし世界中で食糧の供給が断たれれば、餓死してゲームオーバーになるプレイヤーも少なくないだろう。
食糧を巡る内輪揉めで自滅するギルドも出てくるはずだ。
戦わずして勝つことは、戦って勝つことの何倍も難しい。
無駄な戦いを省略する──まさに『戦略』という言葉を体現した計画だ。
だが、それ以上に犬塚を感動させたのは、暁星たちが歓迎会に用意した料理だった。
「ローストビーフのサンドウィッチ」は噛むたびに肉の旨みと甘みが広がり、焼きたてのパンのサクサク感が心地よい。
「ベーコンとほうれん草のキッシュ」は卵のコクが優しく、控えめな塩気のベーコンは素朴な味わいで、ほうれん草のほのかな苦みが意外にも主役となっていた。
「桜海老とトマトのブルスケッタ」は生の桜海老もトマトも採れたてのように瑞々しく、その美味しさで口の中を満たしてくれる。
そして、歓迎会の料理で何より素晴らしいのは、「香り」だった。
ハーブやスパイスで飾り立てた香りではない。
新鮮な素材の持つ香りが引き出されていて、自然と食欲をかき立ててくる。
「料理は引き算で作る」という美学を強く感じさせる、至高の完成度を誇ったハイティー料理だった。
「どうやら料理はお口に合ったようだね、忠臣。僕たちのゲーム攻略プランの話を聞いてるときより、いい顔してるよ」
「……はっ! すみません、暁星先輩! せっかく大事な話をしてもらってるときに! あまりにも美味しすぎて、つい!」
「あはは、謝る必要なんてないよ。作り手としては、これ以上にない嬉しいことだからね。幸信、君もそう思うだろう?」
「ふっ、僕に話を振っていいのか、リーダー? ただでさえイケメンで料理もできるのに、この美声で喋らせてしまったら、犬塚ボーイは料理より僕に夢中になってしまうだろう?
はぁ、なんて僕は罪深い男なんだ。お詫びのファンサービスとして、『特別なプレゼント』を差し上げるよ」
花宵幸信は前髪をさらりと掻き上げて、プレゼント箱をテーブルの上に滑らせる。
高級感のあるクリスマスツリー柄のラッピングだった。
犬塚が恐る恐るプレゼント箱を開けると、「花宵のサイン付きブロマイド」が100種類ほどぎっしり詰まっている。
……正直、初対面の人のブロマイドは嬉しくないし、無駄に数が多いし、先輩からの贈り物だから捨てづらい。
朝日と豆田が口を揃えて言ったとおり、遊戯革命党で一番変わった人らしい。
「はっ! 童貞のくせに、なにが罪深い男だよ。笑わせるんじゃねえ」
「妬むなよ、昼神ボーイ。それとも僕に惚れてるから、つい意地悪しちゃうのか? 『童貞』とは穢れなき証明であり、天から与えられた才能のように大切にすべきものだ。低俗な価値観で測らないでくれたまえ」
「そういう花宵ちゃんは意味不明な価値観を語ってんじゃねえよ。いつもどっから来るんだ、その根拠のない自信は?」
「根拠のない、自信? 嘘だろ、普段の僕を見てるのにわからないのか?」
「普段のお前を見ててわからないから訊いてんだよ、ナルシスト野郎。まったく、どういうフィルターで世界が見えてんだ?」
昼神は椅子にふんぞり返って、火星をモチーフにしたマカロンを口に放り込む。
悪態をつきながらも、切れ長の一重の目にはどこか楽しげな光が浮かんでいた。
朝日はクスッと笑って、若月は強面の口元を緩めて、花宵は満足げな表情で紅茶を啜る。
険悪になるかと思いきや、むしろ和やかなムード。
新人の犬塚にはわからないが、先輩たちの根っこには固い信頼関係があるようだった。
「じゃあ、真面目な話の続きをしようか。今後のスケジュールについてだ。このまま何事もなければ、1週間後には《1万時間後に叶える夢》のチャージタイムが終わり、NPC機能停止計画は実行できる予定だ。
だが、運の悪いことに、僕たちのゲーム攻略の邪魔しようとする者たちがいる」
──特殊防衛組織『アント』の連中だ。
暁星は敵対組織の名前を告げた瞬間、先輩たちはそれぞれ違った反応を示した。
花宵は余裕そうな笑みを浮かべ、豆田は心底嫌そうな顔に変わり、昼神の目が一瞬で冷たくなる。
若月は涼やかな表情を崩さず、燈の瞳には闘志が燃え、朝日は悲しげに眉を下げている。
犬塚はアントの名前を知らなかったので、わかったふりをせずに尋ねることにした。
「特殊防衛組織『アント』? どっかのギルドですか?」
「アントはNPCの治安部隊だよ。警察が国家から拳銃を携帯することを認められているように、彼らはプレイヤーと戦うために武装することを許可されている。全国に支部があり、隊員の数はおよそ200名。面白いことに、『アプリ兵器』と呼ばれるギアみたいなものを使って戦うのが特徴さ」
「えっ! 隊員が200名くらいいて、ギアみたいな兵器を使うんすか⁉︎ それって結構大きめのギルドと戦うようなもんですよね⁉︎」
「NPCの隊員を恐れる必要はないさ。プレイヤーのように体が丈夫なわけでもないし、『アプリ兵器』も電気を応用しているだけで、ギアのように瞬間移動や回復といった物理法則を超える力はないからね。
ただ、アントには協力関係にあるプレイヤーが6人いる。僕たちが警戒すべきなのは、むしろ彼らだ」
暁星はスマートフォンを手に取り、親指でスマホ画面を叩く。
長い指をこめかみに当てると、スクエア型眼鏡をかけた男子高校生らしきホログラムが、ダークウッド色のテーブルの上に浮かび上がった。
どうやら敵対組織のプレイヤーの姿を伝えるために、頭の中のイメージを投影するギアを起動したらしい。
細かい部分までイメージするのは難しいのか、男子高校生のホログラムの髪や指先が微かに揺らいでいた。
「まずは1人目『遊津暦斗』。忠臣と同じ新人で、山手線バトルロイヤル準優勝のプレイヤーだ。
彼は『眼鏡を外してから60秒間、超人的な視力を発揮できる』特異体質に恵まれている。おそらく、これが『Fake Earth』に招待された理由だろう。
だが、特筆すべきところは、絶体絶命の窮地に追い込まれても諦めない精神力と、土壇場で逆転の一手を見つけ出す頭脳だ。戦う場所や相手のギアを利用する傾向があるから、対戦するときにはよく注意してくれ」
「リーダーが勧誘に失敗して、なぜかアントと手を組むことになった子ね。どうしたら味方に引き込むはずの子が敵になるのか、ほんと信じられないんですけど」
「あはは、燈の言うとおりだね。
でも、彼が敵になることは、僕たちギルドにプラスになると思うよ。きっと次に会うときには、今よりずっと強くなってるだろうし、仲間の力を活かした作戦を考えてくるだろうからね。
どうせアントと戦うなら、強いチームの方が僕たちは成長できるだろう?」
暁星は屈託なく笑った。
琥珀色のシャープな目がくしゃっと細くなり、笑い皺が目尻に寄せられる。
燈は赤くなった顔をしかめて、「また顔の良さで誤魔化して」と言いたげな目で睨みつけていた。
「次に2人目『綾瀬良樹』。山手線バトルロイヤルで優勝して、『身体操作』の才能を持つプレイヤーだ。
彼の場合、人間離れした動きで翻弄する戦い方が得意だけど、一番厄介なのは透明化できるギアの《私は何者にもなれる》と、瞬間移動できるギアの《ULTRA PASMO》の組み合わせ。
いきなり背後に回り込んでナイフで刺してくる──暗殺者のような奇襲を常に仕掛けられることを、全員、頭に入れておいてくれ」
スクエア型眼鏡の男子高校生のホログラムは、チャラついた大学生風の男に切り替わっている。
オレンジベージュ色のウルフカットで、どこか「狼」を思わせる目をしていた。
朝日は口元に手を添えて、考え込むようなポーズを取る。
「あれ? そういえば犬塚くんって、なんで山手線バトルロイヤルで負けちゃったの? 私、雰囲気的に優勝すると思ってたんだけど」
「うっ、すみません! ご期待に応えられず! 実は恥ずかしいことに、山手線と違う京浜東北線の電車に間違って乗っちゃって……。うっかりイベントエリア外に出て失格になったんすよ」
「嘘⁉︎ 私も新人だった頃、同じ理由で失格になったよ! やっぱりあるあるだよね〜」
「ないないですよ、朝日さん。なにアホみたいな理由で負けてるんですか?」
豆田は朝日に辛辣なツッコミを入れた。
チャラついた大学生風の男のホログラムは、猫耳のヘッドホンをつけた女の子に変わる。
「続けて3人目『明智彩花』。新人にして僕を一度負かしたプレイヤーだ。彼女の強みはギアを使いこなす頭脳に、一撃必殺級の催眠音波ギアの《迷える羊の子守唄》を持っていることだろう。
でも、今度僕たちがアントと戦うとき、彼女のことはさほど警戒しなくていい」
「えっ、なんでですか? 暁星先輩がやられたってことは、彼女が3人の中でダントツでヤバいじゃないですか!?」
「《迷える羊の子守唄》の歌声は味方も巻き込むからだよ、忠臣。彼女の切り札はチーム戦で使いにくいはずだ」
「でも、アントの連中は、《迷える羊の子守唄》の歌声を聞かないように準備してくるかもしれないですよ」
「その可能性はほぼないさ。『《迷える羊の子守唄》の歌声を聞こえないようにする』ってことは、『他の音もまったく聞こえなくなる』ってことだからね。
味方が呼びかける声も、相手がギアを起動する声も聞こえないのは、戦う上でかなり不利になるだろう?」
とはいえ、彼女に近づきすぎるのは禁物だけどね、と暁星は注意をやんわり添えた。
「4人目『伊勢海成郎』。……僕たちの仲間だったプレイヤーだ。
彼の特徴についてだけど、敵対する6人の中で最も強いギアを──」
「飯がまずくなる奴の話は飛ばしてくれ、リーダー。あの裏切り者は、俺が責任を持って始末する。
──ここで共有すべきことは、それで十分だろう?」
昼神修は優しそうな笑みを浮かべる。
だが、彼の手に持ったローストビーフのサンドウィッチは握り潰されていた。
ダークウッド色のテーブルに、バルサミコソースが血のようにポタポタと垂れている。
切れ長の一重の目には、薄暗い殺意がたたえられていた。
「うん、それもそうだね。じゃあ、飛ばそうか。
ところで修、《同類を浮き彫りにする病》は希羽に渡してくれたかい?」
「ああ、《愛と勇気の証》でばっちり継承済みだ。これで朝日ちゃんさえ生き残れば、NPC機能停止計画は実行できるぜ」
厨二病じみた黒コート姿の小柄な男のホログラムが消える。
代わって現れたのは、銀髪のスレンダーな美女のホログラムだった。
感情の乏しい表情は、無気力な人間というより、アンドロイドを思わせる。
戦場で生き延びていくうちに、人として大事な何かを失ったような、ひどく冷たい空気をまとっていた。
「5人目『須原杏珠』。このアジトで戦ったことがある人は知ってると思うけど、いま僕が説明に使ってるギア、《もしも光の絵の具があるとしたら》を持っているプレイヤーだ。
ただ、僕の一目でわかるホログラムと違って、彼女は生まれ持った才能によるものか、本物と区別できない精巧なものを一瞬で作れる。
幻覚による撹乱──あのギアに惑わされて、星凪がゲームオーバーになったことを忘れた者はいないだろう。
彼女と戦うときは、地形を壊すなどして情報量を多くして、頭のイメージを作りにくいようにしてくれ」
暁星が遠い目をしたとき、須原杏珠のホログラムが別人の顔に一瞬だけ変わった。
黒髪の三つ編みをサイドアップにし、控えめで心優しそうな笑みを浮かべた女性の顔だった。
《もしも光の絵の具があるとしたら》は、頭に浮かべたイメージを投影するギア。
おそらく彼女は遊戯革命党にいたメンバーで、ゲームオーバーになった星凪なのだろう。
誰も何も言わず、そして何事もなかったかのように、目の前のホログラムは涙袋のふっくらしたスタイルのいい女性に変わった。
「そして、6人目『七海』。記憶喪失のため、本名は不明。敵対する6人のボス的存在で、アントと最初に手を組んだプレイヤーだ。
彼女はプレイヤー専用のスマートフォンを紛失したため、NPCの隊員と同じ『アプリ兵器』を使って戦うスタイル。
ただ、油断ならないのは、異様な勝負勘の鋭さだ。これは一度戦ってみた所感だけど、おそらく彼女には駆け引きが一切通用しない。対戦するときは様子見せず、各々の切り札のギアを迷わず使ってくれ」
「……あれ? なんで『七海』って記憶喪失とか知ってるんですか、暁星先輩? 遊戯革命党にいたわけでもないですよね?」
「それはアントの上層部が教えてくれたからよ。まあ私がギアを使って、"毎日情報を流すように"洗脳したからなんだけど。
おかげで連中がいつ・何人で攻めてくるのかとか、新しく開発された『アプリ兵器』はどんな物なのかとか、重要な軍事機密はぜーんぶ筒抜けよ」
燈が犬塚の質問に答える。
NPC機能停止計画を考案した、遊戯革命党のブレイン。
飲み会の居酒屋を予約しておいたかのような口ぶりで、とんでもないことをやってのけているのが、かえって恐ろしかった。
暁星がこめかみから指を離すと、七海のホログラムは音もなく消える。
「敵プレイヤーの説明は以上だ。燈がつかんだ情報によれば、彼らがNPCと攻めてくるのは7日後。細かい戦略は後日伝えるから、各自来るべき決戦に備えて、今は英気を養ってくれ。
……希羽、例の件は順調に進んでるか?」
「燈ちゃんが考えた奇策の準備ね。大丈夫。アントのプレイヤーたちの驚く顔が見れると思うよ」
朝日は可憐な笑みを浮かべて、いたずらっぽくウィンクする。
相変わらず両目をしっかり閉じていて、驚くほど下手なウィンクだった。
「さて、最後に一番大事なことを話そうか。忠臣、みんなに何のために『Fake Earth』へ挑んだのか、ブラックカードで叶えたい願いを教えてくれないか?」
「えっ? べつに構わないですけど。それが一番大事なことなんですか?」
「ああ、これ以上のことはないよ。ゲームマスターを倒したプレイヤーは、クリア報酬のブラックカードを手に入れたら、共に戦った仲間の願いも叶える──これが遊戯革命党の公約だからね。
忠臣の願いはみんなで叶えるものだし、僕たちの願いも一緒に背負ってもらうよ」
遊戯革命党の先輩プレイヤーたちの視線が犬塚に集まる。
朝日は温かい眼差しを向けていたが、それ以外の人たちは信頼に値するかどうかを見極めようとする視線を送っていた。
こうやって注目される中で、『Fake Earth』に参加した理由を言うのは恥ずかしい。
けど、仲間に言えないような恥ずかしい理由じゃない。
壊れたランドセルから教科書が飛び散り、真っ赤な血が通学路に広がっていた光景が蘇った。
「『世界中の不幸な事故で亡くなった子供たちを、片っ端から生き返らせる』。それが俺のブラックカードで叶えたい願いです」
場の空気が水を打ったように静まり返る。
すでに知っている暁星と朝日を除いて、ほかのプレイヤーたちはきょとんとした顔をしていた。
もしかしたら見ず知らずの他人のために、デスゲームに挑むのはバカだと思われたのだろうか?
たしかにそうかもしれない。
でも、失われた子どもの未来を一人でも多く取り戻すことは、自分が幸せに生きるよりも大事なことな気がした。
「なんだよ〜新人──いや、犬塚ちゃん! お前、そういうことは早く言いなよ。ほら、俺の分の飯も食いな。歓迎会の主役なんだから、遠慮すんなって」
隣の席に座る昼神は犬塚の背中をバシバシと叩く。
悪巧みが好きそうで、何か裏がありそうなプレイヤー。
けれど、今は本心から歓迎してくれているように見えた。
他の先輩プレイヤーたちの犬塚を見る目も、明らかに柔らかくなった気がする。
『Fake Earth』に参加した動機を話しただけなのに、どうしてここまで好印象を持たれたのか?
嬉しい気持ちはある一方で、犬塚は戸惑いを隠せない。
「みんなは君に運命を感じてるんだよ、犬塚くん。まさか私たちの仲間だった星凪ちゃんと同じ志を持つプレイヤーと出会えるなんて思ってなかったからね」
──このギルドに入ってくれてありがとう。
朝日はにこっと笑って、感謝の言葉を口にした。
それから犬塚は遊戯革命党の先輩プレイヤーたちにブラックカードで叶えたい願いを教えてもらった。
プレイヤー「暁星明」は、「痛ましい災害を被った故郷の国を復興するために」。
プレイヤー「朝日希羽」は、「絶滅危惧種の生物を保護するために」。
プレイヤー「若月凱央」は、「連続殺人犯の被害者を生き返らせて、冤罪で死刑宣告を受けた友人を助けるために」。
プレイヤー「栗木燈」は、「亡くなった飼い犬を生き返らせるために」。
プレイヤー「昼神修」は、「現代に失われた伝統工芸品の文化を蘇らせるために」。
プレイヤー「花宵幸信」は、「初恋の人にもらった栞を見つけるために」。
プレイヤー「豆田夜太郎」は、「自身のライブ中にテロで亡くなった観客たちを生き返らせるために」。
なぜ己の人生を賭けてまで叶えたいと思ったのか、彼らは多くのことを語らなかった。
けれど、言葉で語らないからこそ、本気で叶えたい気持ちが伝わってきた。
遊戯革命党の一員として、ブラックカードを手に入れるために、ゲーム攻略プラン『NPC機能停止計画』は何が何でも実現させたい。
仲間たちの願いを知った今、犬塚は自分の命が少しだけ重みを帯びたような気がした。
「7日後のアントとの決戦。勝つのは、ほぼ間違いなく僕たち遊戯革命党だ。地の利はある。戦力でも圧倒している。そして何より、彼らの想像を超える策がある。
けれど、どれだけ盤石な体制を整えても、不測の事態が起こるのが勝負の世界だ。
もし窮地に立たされたとき、あるいは重大な選択を迫られたときは、このことを思い出してほしい」
──『もし誰かがゲームオーバーになっても、NPC機能停止計画を実現すれば、生き残った者が全員の願いを代わりに叶える』ということを。
暁星は1人ひとりの目を見て、静かに言った。
「だから、万が一のとき、仲間のために犠牲になることを迷うな。勝てない敵を倒せるなら、仲間を捨て駒にすることも躊躇うな。
僕たちの命は自分のものじゃない。全員が等しく、遊戯革命党の所有物だ」
暁星は覚悟の決まった目をしていた。
もし自分が犠牲になって勝てるなら、進んでゲームオーバーになる覚悟を。
そして、この場にいる全員が同じ目をしている。
彼らと一緒にプレイしていれば、本当にブラックカードを手に入れられそうな気がした。
◯
犬塚の歓迎会が終わった後、●●はビルの屋上で煙草に火をつける。
遊戯革命党のアジトでは禁煙なので、吸いたくなったら外に出るしかなかった。
吐き出した真っ白な煙が、冷たい夜の空気に溶けていく。
一人ぼっちの静寂の中で、赤く灯った先端がチリチリと燃えている音が心地良かった。
──遊戯革命党はいいギルドだ。
●●は煙草をくゆらせながら、改めて心からそう思った。
ただの仲良しギルドではなく、ゲーム攻略の計画をきちんと立て、全員がギルドのために命を捧げる覚悟を持っている。
少数ながらも、一人ひとりの戦闘力は高い。
もしNPC機能停止計画が実現したら、世界トップクラスのギルドに化ける可能性は十分にあるだろう。
けど、彼らとの友情ごっこも、あと1週間で終わりだ。
●●はスマートフォンを手に取り、別の組織に潜入している仲間に電話をかけた。
「お疲れ〜! てか久しぶりじゃん、元気? 急に電話してきてどうしたの? もしかして潜入バレた?」
「人聞きが悪いな。定期連絡だよ。そっちこそうまくやれてんのか?」
「もちろん。潜入はたまたまうまくいったけど、いい感じにみんなと仲良くしてるよ。このままアント所属のプレイヤーに鞍替えしちゃおうかなって思うくらい」
「おい」
「冗談だって。私はできる女だから、任務はちゃんと果たしますよ〜だ」
特殊防衛組織『アント』と遊戯革命党を戦わせて、どちちも弱ってきたところで、プレイヤー「朝日希羽」を掻っ攫う。
そして、精神干渉系のギアで彼女を操り、《1万時間後に叶える夢》の力を強奪すること。
それが●●たちのギルドの目的だった。
起動から1万時間後に指定したギアの性能を大幅に強化する力には、「もっと有効な使い道」がある。
NPCのいない世界に変えるなんて、くだらない革命に使わせるわけにはいかなかった。
「ああ、情に動かされるなよ。本当の自分を偽って、信頼してくれる仲間を騙し切れ。7日後の決戦で最後に笑うのは、遊戯革命党でもアントの連中でもない。
──運営に嫌われたギルド、我らが《帝都の蟲》だ」
●●はせせら笑って、この世界の煌びやかな夜の都会の街並みを見下ろした。
【〈人狼三つ巴大戦〉各陣営の勝利条件】
◎特殊防衛組織『アント』陣営
〈構成メンバー〉
⚫︎遊津暦斗
称号:穢れなき0キルプレイヤー
⚫︎綾瀬良樹
称号:アサシン・ウルフ
⚫︎明智彩花
称号:未知の奇策士
⚫︎伊勢海成郎
称号:不死身の臆病者
⚫︎須原杏珠
称号:幻影と傾城
⚫︎七海
称号:???
※スマートフォンを紛失したため不明
〈目的〉
NPC機能停止計画の阻止
〈勝利条件〉
プレイヤー「朝日希羽」のゲームオーバー
〈備考〉
NPCの隊員50名が助っ人として参戦予定
◎《遊戯革命党》陣営
〈構成メンバー〉
⚫︎暁星明
称号:新時代を夢見る革命王子
⚫︎朝日希羽
称号:銀蔓の魔術師
⚫︎若月凱央
称号:テトリス・ポリス
⚫︎栗木燈
称号:安楽椅子の司令塔
⚫︎昼神修
称号:嗜虐なる汚れ仕事請負人
⚫︎花宵幸信
称号:清廉を守りし聖騎士
⚫︎豆田夜太郎
称号:武闘する舞踏家
⚫︎犬塚忠臣
称号:青染めの狂犬
〈目的〉
NPC機能停止計画の実行
〈勝利条件〉
プレイヤー「朝日希羽」の生存
〈備考〉
《同類を浮き彫りにする病》は、昼神から朝日のスマートフォンへ継承済み。
◎《帝都の蟲》陣営
〈構成メンバー〉
⚫︎?????
※遊戯革命党に潜入中のプレイヤー
⚫︎?????
※特殊防衛組織アントに潜入中のプレイヤー
〈目的〉
《1万時間後に叶える夢》の力の強奪
〈勝利条件〉
プレイヤー「朝日希羽」の拉致




