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【書籍化】Fake Earth  作者: Bird
第4章 汝は人狼なりや?

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81話 汝は人狼なりや?(前編)

これは遊戯革命党の新人プレイヤー・犬塚忠臣の物語である。

 ……まずいな。

 今日は遊戯革命党の歓迎会があるってのに、さすがに1対3は無茶しすぎたか?


 犬塚忠臣(いぬづかただおみ)は郊外のシャッター街を歩きながら、口の端から流れるシアン色の血を拭う。

 折れた片腕は青く腫れ、顔の半分は凍りついて、腹に風穴を開けられた傷がズキズキと痛んだ。

 現実世界なら、救急車を呼ぶレベルの大怪我。

 けれども、戦ったことが丸わかりの姿で病院へ搬送されれば、NPCにプレイヤーだと疑われ、警察に通報されるだろう。

 治療してもらいたいのに、かえって傷が増えるのは避けたかった。



『忠臣、君は遊戯革命党の一員だ』

『もしピンチになったら、いつでも連絡してくれ』

『僕たち仲間がすぐに助けに駆けつけるよ』



 犬塚はスマートフォンを手に取り、ギルドマスターの暁星(あかほし)が遊戯革命党のグループLINEに投稿したメッセージを見つめる。

 山手線バトルロイヤルの最中にバトルアラートが鳴り、大量のコインが集まっていた東京駅の八重洲(やえす)改札付近へ駆けつけたとき、暁星の戦いを目撃した記憶が蘇った。

 仲間の女性プレイヤーと連携して、数えきれないほど突き立つ漆黒の剣を通路から抜き、凄まじい速さで振るったり投げたりして、20人以上のプレイヤーを次々と斬り伏せていく。


 運営に選ばれた天才しかいないゲームで、彼らが無双ゲームの雑魚敵に見えるほどの圧倒的な強さ。


 遠巻きに見ていた犬塚は胸が熱くなり、仲間にしてほしいと頼まずにはいられなかった。



 もし今LINEで助けを求めれば、暁星はすぐに回復系のギアを持った仲間を派遣してくれるだろう。

 新人プレイヤーの犬塚をギルドに快く受け入れるだけでなく、倒したプレイヤーのコインを1枚譲ってくれた器の大きい人だ。

「いざというときに頼ってくれてありがとう」と優しく返信して、空間転移系のギアで救急車を呼ぶよりも早く駆けつけてくれるに違いない。


 だが、犬塚は暁星に助けを求めなかった。

 戦いで傷だらけになるのは、現実世界にいた頃から慣れっこだからだ。

 根性を振り絞れば、腹に開いた風穴なんて大したことないし、折れた腕だって動かせる。

 死ぬほど痛いけれど、ゲームオーバーになるほどじゃない。

 重傷を負っている原因が、遊戯革命党への手土産としてコインを3枚渡すために戦ったからだなんて、そんな野暮なことは知られたくなかった。


──とりあえず歓迎会で失礼がないように、ボロボロの格好をなんとかしないと。

──暁星さんはLINEで「普段通りの楽な服装でいい」って言ってたけど、初めましての人もいるし、やっぱスーツがいいよな?


 犬塚は地図アプリを起動して、近くのスーツ店を検索した。

 そういえば、フォーマルな場にふさわしいスーツの価格はいくらがちょうどいいのだろうか?

 安いスーツは遊戯革命党を軽んじている印象を与えかねない。

 かといって高いスーツは鼻につくかもしれない。

 足元にシアン色の血が滴る中、どうしようかと必死に考える。


 けれども、出血多量のせいで、ただでさえ賢くない頭はぼーっとして、まったく使い物にならなかった。



「……よし。上は一番高いやつを買って、下は一番安いやつを買うか。これならスーツの値段のバランス取れてんな」


「いや、『よし』じゃねえよ。なんだそのチグハグな組み合わせ。ていうか、その重傷、身だしなみを気にしてる場合じゃねえだろ」



 独り言のつもりでつぶやいたら、いきなり畳み掛けるようなツッコミが飛んでくる。

 犬塚がスマホ画面から顔を上げると、派手に赤く染めた髪の男性アバターと、深窓の令嬢のような雰囲気の女性アバターが並んでいた。


 赤髪の男性は、暁星がビデオ通話で紹介してくれた仲間で、「ブレイクダンス」の才能に恵まれているらしいプレイヤー。

 そして深窓の令嬢は、山手線バトルロイヤルで暁星と共に戦っていた、ギルドのNo.2。


 遊戯革命党のプレイヤー『(まめ)()()()(ろう)』と副代表の『(あさ)()希羽(のわ)』が目の前にいた。



「……えっ⁉︎ なんで先輩たちがここにいるんですか⁉︎ はっ、もしかしてお忍びでデート⁉︎」


「んなわけあるか。(あかり)さんに頼まれて、お前を迎えに来たんだよ。うちのブレインの心配事はほぼ当たるからな」


「で、ちょうど暇してた私はついてきたってわけ。今日からよろしくね、犬塚くん」



 朝日は手を合わせて、優しく微笑みかける。

 まるで春の花が咲いたような笑顔だった。

 争い事とは無縁そうな見た目だが、犬塚は知っている。

 彼女が自分より強いプレイヤーであることを。

 山手線バトルロイヤルの戦いでは、暁星に背中を預けられるほど信頼され、敵ギルドのプレイヤーを一網打尽に縛り上げていた。



「はい、よろしくお願いします! ていうか、わざわざ俺なんかのために、先輩方の手間かけさせてすみません!」


「別にたいした手間じゃねえよ。でも、なんでボロボロになって、しかも俺たちにSOSを出さなかったんだ? いくらプレイヤーのアバターが丈夫とはいえ、別のプレイヤーに襲われたら危なかったろ」


「あっ。えっと、それは──」



 犬塚は言葉に詰まり、思わず目を泳がせてしまう。

「実は先輩たちにコインを献上するために戦ったので、無茶したことを知られたくなくて」──こんな台無しになりそうなことを馬鹿正直に言いたくなかった。

 とりあえず誤魔化なきゃ!

 全力で知恵を振り絞って、必死に言い訳を考える。


 けれども、出血多量のせいで、ただでさえ賢くない頭はぼーっとしたままで、またしても使い物にならなかった。



「まあ、なんでもいいじゃない、夜太郎くん。犬塚くんと無事に合流できたんだし」


「いや良くないっすよ、希羽さん。俺たち、これから一緒にプレイするんですから。変な隠し事されたら困りますって」


「そう? 私は隠し事をされても、信じてあげるのが仲間だって思うけど。むしろ仲間だからこそ、言えないこともあるだろうし」


「それは一理ありますけど。本当に信頼できるんですか、こいつ? 『新しくギルドに入ったプレイヤーが、別のギルドから送り込まれたスパイだった』って意外とあり得る話じゃないですか」


「それなら大丈夫。犬塚くんは私たちが一番信頼できる『大切なもの』を持ってるから。夜太郎くんもすぐわかると思うよ」



 朝日は口元を手で覆い、懐かしむようにくすっと笑う。

 彼女の優しい口調には、絶対的な自信が(にじ)み出ていた。


 一番信頼できる「()()()()()」が何なのか?

 犬塚にはさっぱりわからない。


 山手線バトルロイヤルでの会話を思い返してみても、話したことは「どんなギアを持っているか」とか、「運営に招待された理由となる才能について」とかで、強い信頼を寄せてもらえるようなことを言った覚えはなかった。



「それじゃあ、犬塚くんの怪我を治そっか。──大いなる対価に応えよ、 《冥界に逆らう闇医者(ハーデス・ジャック)》!」



 朝日はスマートフォンを手に取り、音声認識機能でギアを起動する。

「えっ希羽さん⁉︎」と豆田が驚いた表情をしたが、朝日は気にせず近づいてきて、ボタニカル柄のケースの付いたスマートフォンで犬塚の傷だらけのアバターに触れた。

 彼女のスマートフォンの画面が光り輝いた瞬間、真っ赤なバーコードリーダーのような光線が犬塚の額に浮かび上がり、全身をスキャンするかの如く下りていく。

 赤い光線が犬塚の傷をなぞるように通過するたび、タッチ決済のような電子音が響いた。


──ヤバい。朝日先輩からめっちゃいい匂いがする!

──遠目にもキレイな人だって思っていたけど、近くで見ると下まつ毛がくっきりしてて、もっとキレイだ!


 犬塚がドキドキして恥ずかしくなったとき、「数十本の医療用ロボットアーム」が朝日のスマホ画面から同時に飛び出してきた。

 超小型の多関節アームの先端には手術器具が取り付けられており、犬塚の全身の傷に襲いかかるように伸び、精密で高速な動作で外科手術を始めた。

 折れた腕の骨は接着され、凍結した顔の半分には新たな皮膚が移植され、風穴の開いた腹部の血管が縫合(ほうごう)されていく。


 そして、手術を終えたロボットアームがスマホ画面の中へ戻ると、犬塚の血塗れだったアバターには傷ひとつなくなっていた。



「すごいっすね、朝日先輩! 一瞬で骨折も治りましたし、疲れも吹っ飛んで全回復ですよ! 最強のギアじゃないですか!」


「まあ、このゲームを何年もプレイしてるからね。他にも性能のいいギアは色々持ってるよ」


「……希羽さん、ちなみに今回はいくらだったんですか?」


「ん? えっとね、ざっと2000万円だよ」


「2000万円? いったい何の金額ですか?」


「 《()()()()()()()()()()()()()だよ。このギアはどんな怪我や病気も治してくれる代わりに、法外な治療費を支払わなければいけないんだ。……はぁ、燈さんに後で怒られないといいけど」



 豆田は頭を抱えて、深いため息をつく。

 半ば諦めた顔には「たぶん怒られるだろうな」と心の声が滲み出ていた。

 とんでもない課金額に、犬塚は血の気が引くのを感じる。


『Fake Earth』のプレイヤーには、運営から毎月100万円の電子マネーがスマートフォンに支給される。

 普通に生活する分には問題ない。

 けれども、2000万円ともなれば、遊戯革命党のメンバー全員から毎月100万円ずつ徴収しても、集めるまでに3ヶ月は必要だった。



「心配いらないよ、夜太郎くん。きっと燈ちゃんもわかってくれるから」


「本当ですか? 燈さん、『必要なとき以外使わないで』って口うるさく言ってましたけど」


「だからこそだよ。今日は犬塚くんの歓迎会。主役がボロボロのまま、アジトに連れてくわけにはいかないでしょ?」


──ということで、格好いいスーツでも買いに行こっか。


 朝日は可憐な笑みを浮かべて、先輩の余裕を見せるようにウィンクする。


 本人は気づいていないようだが、なぜか彼女のウィンクは両目をしっかり閉じていて、驚くほど下手なところがたまらなく可愛かった。




「はぁ!? 嘘でしょ!? 《冥界に逆らう闇医者》を使ったの!? 私、『必要なとき以外は使わないで』って言ったよね!? 絆創膏(ばんそうこう)みたいに、ほいほい使っていいギアじゃないんだけど!!!」




 都内の地下ショッピングモールを改修した、遊戯革命党のアジト。

 ベンチャー企業のように開放的でスタイリッシュな会議室。


 (くり)()燈は仁王立ちで腕を組み、こめかみに青筋を立てていた。

 明るい茶色の外巻きボブに、利発的で気の強そうな二重のつり目に、ギャル風なミニワンピース姿と厚底ブーツのファッション。

 小柄で愛らしいルックスとは裏腹に、鬼の形相で怒っている姿は、世界で最も凶暴な陸生動物とされるラーテルに似ていた。


 犬塚は隣を横目で見ると、豆田は「やっぱり怒られたじゃん」と言いたげな顔をしている。


「正直に話せば大丈夫だから」と楽観的に話していた朝日は、しゅんとした顔をして縮こまっていた。



「ごめんなさい、燈ちゃん。ギルドに新しく入る子は久しぶりだから、つい何かしてあげたくなっちゃって。悪いのは私だから、他の二人は許してあげて」


「いえ、朝日先輩は悪くありません! 元はと言えば、俺が戦って怪我したせいなんですから! 罰するなら俺だけを罰してください!」


「はぁ? なにかばい合ってるの? どっちも悪いに決まってるでしょ。あと豆田、部外者みたいな顔してるけど、あんたが一番悪いんだからね」


「え? お、俺っすか⁉︎ な、なんで⁉︎」


「犬塚は《冥界に逆らう闇医者》が課金制だって知らなかったし、朝日は天然で時々やらかすのはわかりきってたでしょ。止められるのはあんたしかいないんだから、止めなかったら責任を問われるのは当然じゃない」


「そ、そんな〜。燈さん、あんまりですよ〜」


「ごちゃごちゃ言い訳しない! 罰として3人とも『デススパルタ』で鍛えるから、覚悟しときなさい!」



 燈は眉を吊り上げ、有無を言わせぬ口調で言い放った。


──『デススパルタ』って何だ?


 犬塚は首を傾げる。

 プレイヤーとして鍛えてくれるなら、むしろありがたい話に思えた。

 燈に質問できる空気ではないので、朝日たちに視線を向ける。


 だが、隣にいる先輩たちにも質問できる雰囲気ではなかった。

 朝日は青ざめ、怯えて震えていた。

 豆田は天を仰ぎ、魂が抜けたように固まっている。


──『デススパルタ』は想像してるよりもヤバい内容らしい。

──俺一人なら全然構わないけど、先輩たちを巻き込むわけにはいかない。


 犬塚はなんとか燈を説得する場面を想像した。

 だが、どう考えても燈を余計に怒らせて、連帯責任で全員の罰が重くなる未来しか見えなかった。

 となれば、他の仲間にうまく(なだ)めてもらうしかない。


 犬塚は心の中で「お願いします」と念じながら、会議室のテーブルにシャンパンやカトラリーをセッティングしている()()()()()()()()()の方を見つめた。



「おい、てめえ、なにジロジロ見てんだ。言いたいことがあるなら言えよ。先輩とか気を遣うんじゃねえぞ、こら!」



 若月(わかつき)凱央(がお)が食器を置く手を止めて、色つきサングラスを上げて睨みつけた。

 眉間に皺を寄せて、反社も黙りそうな鋭い目つき。

 彫りの深い強面の顔は、首元の刺青の唐獅子さえも凌ぐ威圧感を放っていた。


──凱央くんは語気が荒くて怖いかもしれないけど、言ってることは優しいから安心してね。


 遊戯革命党のアジトに着く前、朝日が話していたことを思い出す。

 たしかに今の若月の発言を優しく翻訳すれば、「どうしたのかな? 言いたいことがあったら、先輩に気を遣わずに言ってね」となるだろう。


 だが、若月の凄む顔があまりにも怖すぎて、犬塚は首を横に振ることしかできなかった。



「ダメだよ、若月ちゃん。そんな脅迫するみたいな言い方じゃ、新人くんがビビって言えないだろう? 怒ってる燈ちゃんをなんとかしてくださいってさ」



 昼神(ひるがみ)(おさむ)は若月の肩を叩き、優しそうな笑顔で犬塚たちのいる方へ近づいてくる。

 茶髪のアップバングの七三分けに、切れ長の一重の目、通った鼻筋と薄い唇。

 紫色のシャツは胸元が少し開き、金色のチェーンネックレスを首にかけていた。

 片耳にはドロップピアスをつけており、4本の針のようなチャームが揺れている。



「……何よ、昼神。正論を言ってる私より、やらかした3人の肩を持つわけ?」


「そんな怖い顔すんなよ、燈ちゃん。俺はいい提案をしにきただけなんだから」


「いい提案?」


「ああ、『デススパルタ』は過激だし危ないだろ。だから、3人が元気に乗り切れるように、俺がサポートしてやりたいんだ。この素晴らしい回復系のギア、《謎を混ぜた究極魔剤(ブルシコーラ)》を飲んでもらってな」



 昼神はウィンクして、《謎を混ぜた究極魔剤》らしき缶を掲げた。

 極彩色のラベルには、怪物のような翼のロゴがあしらわれ、飲めば覚醒しそうなオーラが漂っている。

 敵に回したら怖そうな印象だったが、意外と身内には優しい人らしい。

 犬塚は昼神に頭を軽く下げて、朝日たちに目配せを送る。


 だが、隣にいる先輩たちは、絶望のどん底に突き落とされたような顔をしていた。

 朝日はますます青ざめて、薄紅色の唇が震えていた。

 豆田は信じられないくらい目を見開いて、吐き気を堪えるように口元を手で押さえている。


 嬉しそうな顔をした昼神は目をキラキラと輝かせて、絶望している朝日たちを満足げに見ていた。


──なぜかはわからないけど、 《謎を混ぜた究極魔剤》は死ぬほど飲みたくない理由があるらしい。

──てか、助けを求めたはずなのに、状況が悪くなってしまってる!



「まったく。昼神、あんたは相変わらずろくなことを考えないね」


「おっと、燈ちゃん、こういうのはお嫌いかい?」


「ううん、めっちゃ大好き!」


「だろ? アントの連中との決戦も近いし、『デススパルタ』のメニューはもっと改良しようぜ!」



 昼神と燈は悪い笑みを浮かべて、楽しそうにグータッチを交わす。

 仲間にも容赦ない燈と、意地悪が好きそうな昼神が組んだら、どうなるか?

 犬塚は嫌な冷や汗が頬を伝うのを感じる。


 一か八かのジャンピング土下座で許しを乞おうとしたとき、会議室の扉がゆっくりと開く音がした。



「やあ、みんな賑やかだね。何かいいことでもあったのかな?」



 焼きたてのパンの香りと、濃厚で甘酸っぱいバルサミコソースの匂いが漂ってくる。

 給仕姿の男性プレイヤー2人が4人分ずつのプレートを運んできた。

 淡い色のプレートの上にある3段スタンドには、「ローストビーフのサンドウィッチ」や「ベーコンとほうれん草のキッシュ」や「惑星をモチーフにしたマカロン」などの皿が各段に飾られている。


「──《願いを込めた視線(ウィックタクト)》」


 金髪マッシュの男性プレイヤーがギアらしき名前をつぶやくと、8人分のプレートは宙にふわりと浮いて、モルタル調のテーブルに並べられた。



 たったいま謎のギアを起動した、影のある雰囲気のプレイヤーは「花宵(はなよい)幸信(ゆきのぶ)」。

 朝日と豆田が口を揃えて言うには、「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()」変わった人らしい。


 そして、歓迎会の料理を運んできたもう一人のプレイヤーは、この世界で一番尊敬している人物。

 ギルドマスターの暁星(あきら)は犬塚に優しく手を振った。



「何かいいことあったように見える、リーダー? 希羽が犬塚のしょうもない怪我を治すために、《冥界に逆らう闇医者》を無駄遣いしたから、罰として『デススパルタ』をやるって話してたところなんだけど」


「なるほど。それは良くないことだね。『戦闘中に全回復できるギアは大事に使わないと』って燈は前に言ってたのに」


「でしょ? もうすぐアントが攻めてくるってときに、貴重な一回を使うなんてあり得なくない?」


「ああ、本当にそうだね。でも、同じミスはもう繰り返さないと思うし、今回は特別に見逃してあげられないかな?」


「はぁ? なに甘いこと言ってんの、リーダー? 私たちは仲良しサークルじゃないんだよ。いつか誰かがゲームオーバーになりそうなときに、お金が足りなくて使えなかったらどうすんの? ブラックカードを手に入れるために、みんな人生を賭けてるんだから、締めるところは締めなきゃダメでしょ!」



 燈は暁星を鋭く睨みつけた。

 今にも戦いが始まりそうな張り詰めた空気が場を支配する。


 暁星は眉を申し訳なさそうに下げ、困ったように頬を掻いた。



「うん、燈の言ってることは正論だよ。だから、僕は『命令』じゃなくて、『お願い』してるんだ。どうしてもダメかな? いつもギルドを支えてくれてる燈のために、明日は燈が好きなキャロットケーキを焼くからさ。今回はそれに免じて、(ゆる)してくれないか?」



 暁星は両手を合わせて、懇願(こんがん)するようなポーズを取る。

 誠心誠意を込めるように、()(はく)色のシャープな目は燈をまっすぐ見つめていた。

 燈は暁星を睨みつけていたが、二重の吊り目が微かに揺らぎ、頬がじわじわと赤くなっていく。

 やがて耐えきれずに目を逸らし、真っ赤な顔で悔しそうに髪を掻きむしった。



「あ〜もう! また困った顔で見つめればいいと思って! わかったわよ! リーダー様のご要望、叶えてあげればいいんでしょ! その代わり、次は絶対にないんだからね!」


「ありがとう、燈。恩に着るよ。明日のキャロットケーキ、最高の出来にするから楽しみにしててくれ」


 じゃあ食べようか、と暁星は朗らかに呼びかける。

 朝日と豆田は顔を見合わせ、感極まったように抱き合った。

 昼神は肩をすくめて、やれやれと言わんばかりにため息をつく。


 そして、全員でテーブルの席について、シャンパンの入ったグラスで乾杯した。



「さて、みんな食べながら話を聞いてくれ。新しい仲間も加わったことだし、遊戯革命党のゲーム攻略プランを改めて確認させてもらうよ。忠臣、これから僕たちがやることは何か覚えてるかな?」


「はい! もちろん覚えてますよ、暁星先輩! 昼神先輩の《同類を浮き彫りにする(モビーウィルス)病》を朝日先輩の《1万時間後に叶う夢(マジックエリー)》で強化して、このゲームのNPCを機能停止にするんですよね? ゲームマスターを見つけやすくするために!」



 犬塚は手を挙げて、暁星の質問に答える。


 遊戯革命党のゲーム攻略プラン、全世界NPC機能停止計画。

《同類を浮き彫りにする病》の「NPCに重度の喘息発作を引き起こすウィルス」と、《1万時間後に叶う夢》の「起動から1万時間後に指定したギアの性能を大幅に強化する効果」を組み合わせ、殺傷力を最大限に高めたウィルスを全世界にばら撒く作戦だ。


 これにより約70億体のNPCが機能停止し、『Fake Earth』内で活動するアバターは数十万人のプレイヤーのみとなり、ゲームマスターを見つけやすくなる。

 NPCに紛れていたプレイヤーも探しやすくなり、警察のNPCに追われる心配もなくなる。

 ゲーム攻略を進める上で、これ以上の環境はないように思えた。



「うん、よく覚えてるね。じゃあ、NPC機能停止計画のもう1つの目的はどうだろ? 実は気づいてるかな?」


「えっ? もう1つの目的、ですか?」



 犬塚は腕を組んで、真剣に考える。

《冥界に逆らう闇医者》で怪我を治してもらったおかげで、出血多量で働かなかった頭も今は正常に機能している。

 だが、もともと賢くない頭なので、答えは全然思いつかない。

 暁星の貴重な時間を奪うわけにはいかないので、早めにギブアップすることにした。


「すみません! 頑張って考えたんですけど、全然わかんないっす!」


「ははは、素直なのはいいことだ。とはいえ、僕もこの計画の発案者に教えられて気づいたんだけどね。うちのブレインは本当に優秀だよ」


 暁星は隣に座る燈に微笑みかけた。

 燈はそっぽを向いて、不機嫌そうにスコーンをかじった。

 まっすぐに褒められて照れているのか、形のいい耳が赤くなっている。



「NPC機能停止計画のもう1つの目的は、『()()()()()()()』だ。

 この世界の歯車が止まれば、食糧の供給は途絶え、全プレイヤーは食糧不足に陥る。いくら戦闘に長けていても、備えのないギルドは食糧の調達に苦しみ、サバイバル能力がないプレイヤーは餓死でゲームオーバーになるだろう。そして、《1万時間後に叶う夢》を起動してから1年余りで、遊戯革命党は半永久的に自給自足できる体制を整えている。

 ──世界を変える革命が起きたとき、僕たちは誰よりも優位に立つことができるんだ」



 暁星はスタンド上段の皿に手を伸ばし、地球の色に似たマカロンをつまむ。


 この小さな星の未来を見通すように眺めた後、迷いなく一口で食べて、満足げに口元を綻ばせた。



 

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