55話 暁星明は自己PRしたい
【No.44:《同類を浮き彫りにする病》】
【特殊なウイルスを精製して、NPCに重度の喘息発作を引き起こすギア】
説明のテロップが浮かんだとき、昼神とすれ違ったOLが咳をし始めた。
彼女の口から吐き出されたウイルスに感染したかのように、咳き込むアバターの数は爆発的に増えていく。
全員の咳は止まる気配がない。
何人かは涙目で苦しそうに喉を押さえている。
血の混ざった咳をするサラリーマンがズームアップされて、《遊戯革命党》の紹介ムービーの映像は暗転した。
『今後プレイヤーだけの世界になれば、総アバター数が70億体から20万体に減ります。
これは東京の人口の1/50より少ない数です』
『そうなれば今までよりもゲームマスターを見つけられる可能性はぐっと高まるでしょう』
『もっとも、全世界のNPCをギアで機能停止するには、準備に時間がかかります。
そして『Fake Earth』はいつ何が起きるのかがわからないゲームである以上、そのときまで様々な困難が立ちはだかるでしょう』
『だから、私たちのゲーム攻略プランを確実に成し遂げるために──』
『《遊戯革命党》はあなたとともに戦うことを望んでいます』
オフィスの真っ白な壁を背景にして、暁星がギルドの入会を呼びかける。
そして、仲間と会議室で談笑したり、道場で対プレイヤー用ナイフの地稽古をしたりする映像が流れていく。
「代表 暁星明(プレイヤー歴3年)」とテロップが画面下に表記された。
「……どうだ、レキト?
自分でも言うのもアレだけど、けっこう格好いいムービーだっただろう?
実は撮ってるとき、みんなセリフ噛みまくりでさ、とくに希羽なんて100回くらいリテイクしたんだぜ」
暁星は思い出し笑いをして、違う動画をカメラロールから再生した。
副代表の朝日がセリフの出だしから噛んで、恥ずかしそうに顔を手で覆い隠す映像が流れる。
次のNGシーンでは、途中でセリフを忘れたらしく、真面目な顔のまま固まっていた。
さきほどの紹介ムービーからは想像できない、意外と抜けてる彼女の一面が映し出されている。
レキトは口元に手を当てて、《遊戯革命党》のゲーム攻略プランの是非を考える。
世界のどこにいるのかわからないゲームマスターを探す方法として、全世界のNPCの機能停止は「アリ」だと思った。
アーカイブ社のブラックカードを手に入れられるのは、ゲームマスターを倒したプレイヤー1名のみ。
もし20万人のプレイヤーだけの世界になれば、ほかのプレイヤーに先に倒されないように、世界中でプレイヤー同士の争いが起きるだろう。
そうなればプレイヤーは自然と淘汰されていき、最終的に誰かしらがゲームマスターを見つけるはずだ。
だが、《遊戯革命党》が機能停止にする70億体のNPCの中には、兄の優斗や妹の美桜が含まれている。
交際相手の真紀も、彼女のお腹にいる赤ん坊も対象になっている。
さきほど暁星がレキトに見せた、《同類を浮き彫りにする病》で息苦しそうにしていた人たちの映像。
美桜と優斗と真紀の3人が苦しそうに咳込んでいて、レキトに助けを求める目で見ている姿が脳裏に浮かんだ。
レキトがゲームに参加した目的は、『Fake Earth』を終わらせて、凛子を現実世界へ連れ戻すことだ。
現実世界とは異なる自分になって、架空の兄妹や恋人との交流を楽しむためではない。
今までNPCのふりをして彼らと長い時間を過ごしてきたのは、プレイヤーである正体を隠す必要性があっただけだ。
──もし全世界のNPCが機能停止になれば、辿り着きたいエンディングに大きく近づくことになるだろう。
──NPCの演技のために高校へ通わないで済むようになるし、特殊防衛組織『アント』に狙われる心配もなくなる。
それなのに、《遊戯革命党》のゲーム攻略プランに対して、レキトは「強い抵抗感」を抱いていた。
「どうした、レキト?
なんか少し顔色が悪いぞ。
……何か悩みがあるなら、相談に乗るけど」
「ああ、NPCとの戦いの疲労が出ただけだよ。
たいしたことはないから心配しないでくれ。
ところで、ギルドに入るかどうかの返事はまた今度でいいか?
大事なことだから、綾瀬と明智と話し合って決めたい」
「もちろん!
ほかのギルドの誘いもあるだろうし、じっくり考えてみるといいよ。
じゃあ今後の連絡手段として、LINEの交換をお願いしてもいいかな?」
暁星はLINEを起動する。
「友達追加」からQRコードをスマホ画面に表示した。
レキトはうなずいて、端末背面のカメラでQRコードを読み取る。
お互いのアカウントを登録して、挨拶がわりのスタンプを送り合った。
ゲーム攻略を効率良く進めるために、ギルドに入ることは必須だ。
おそらく《遊戯革命党》は入会先の有力な候補になるだろう。
これから別のギルドでレキトを勧誘するところはいくつかあると思うが、綾瀬や明智を含めた全員の条件に合うところは少ないはずだ。
だが、今からレキトは暁星にギルドの誘いをLINEで断る文面を考えていた。
ほかに条件の合うギルドがなくても、《遊戯革命党》には入りたくないと思っている自分がいる。
手元にあるLINEのトークリスト画面。
「暁星明」のメッセージ履歴の近くに、「彼女」や「妹」のメッセージ履歴が表示されている。
レキトは「暁星明」のメッセージ履歴を左にスワイプする。
「非表示」と書かれた文字を選択すると、「暁星明」のメッセージ履歴はトーク履歴から消えた。
「今日は急な話に付き合ってくれてありがとう、レキト。
もしゲームで困ったことがあるなら、いつでも気軽にLINEしてくれよ。
プレイヤーの先輩として、アドバイスできることはあるだろうし」
「こちらこそありがとう、暁星。
ギルドの入会は前向きに検討させてもらうよ」
「うん、よろしく!
いい返事を期待をしてるよ!
──さて、話は終わったし、後はそこの面倒なNPCたちを片付けるか!」
暁星は腰に手を当てて、戦闘不能になっている特殊防衛組織『アント』の隊員たちを見下ろす。
部活が終わった後に、グラウンドの整備作業を始めるような言い方だった。
地面に倒れた女性隊員の足をつかみ、立ったまま気絶している隊長の八重樫の近くへ引きずっていく。
うつ伏せになっている隊員を蹴り、仰向けに力ずくでひっくり返した。
「……ちょっと待ってくれ、暁星。
お前、いったい何をやってるんだ?」
「NPC全員の顔がカメラに収まるように配置してるんだよ。
やっぱり強さもギルドの選びの基準になるだろうから、最後に俺のギアを紹介しとこうと思って」
「どういうことだ?
そいつらはもう戦えないのに、今更ギアで何をやるんだ?」
「そりゃ片付けだよ。
いま処分しとかないと、このNPCはまたいつかレキトを襲ってくる。
ギルドとして放っておくわけにはいかないよ」
暁星はレキトに微笑みかける。
琥珀色でシャープな目は、とてつもなく優しい目をしていた。
背を向けた暁星は意識のある隊員に近づいて、何の躊躇いもなく側頭部に蹴りを入れる。
そして、気絶させた隊員の両足を持って、他の隊員を集めたところへズルズルと運んでいった。




