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水曜日に『ケ・セラ・セラ』を訪れた。チャージ料金が多少、割高だった。有名なミュージシャンが演奏をするというのは本当のことであるようだ。
私は『なんちゃって』のジャズファンというだけなので、あのベースは下手くそだとか、あのドラムはなってないとか言いようがない。そのいっぽうで、メイヤ君は「うんうん」と感心した様子でうなずいている。
「どのグループも達者だね。それくらいは、私でもわかる」
「ですね。ちょっとレベルが違いますよ。プロの雰囲気です」
ステージが終了したところで、メイヤ君は、ぱちぱちと拍手をした。
「マオさん、マオさん」
「なんだい?」
「お酒を飲んではいけませんか?」
「ダメだよ。一応、仕事で来ているんだから」
「そうおっしゃらずに」
「ダメだよ」
「ぶぅぶぅ」
次のグループがステージに姿を現した。
そのトリオを見た途端、メイヤ君は「えっ」と声を発した。私も少々驚いた。ピアノの席に着いたのが、青いジャケットを着た少年だったからだ。十二、三といった容姿である。
「あんなおぼっちゃんがピアノを?」
「どうにもそういうことらしいね」
セッションが始まる。スタンダードナンバーの『枯葉』。少年のピアノはなんというかその、輝いて聴こえた。これまで出てきたピアニストとは一線を画していることが、素人の私にもわかった。上手い。上手だ。ヒトに訴えかけるような音色だ。メイヤ君はピアノのアドリブが過ぎると拍手をし、曲が終わると、「おーっ、おぉーっ」と驚嘆したような声を上げながらまた拍手を送った。それから二曲目、三曲目と続いた。メイヤ君は「うんうん」と、うなずき、この上なく感服しているようだった。
この日一番の喝采を受け、少年のトリオは引き揚げていった。
「ビックリです。すごーくイケてたじゃないですか、あのコ」
「ああ。そうだね」
「ああいうコを天才っていうんでしょうね」
「そうなんだろう」
「楽屋に突撃しちゃおうかな」
「どうしてだい?」
「いえ。サインが欲しくて。わたし、あのコのファンになっちゃいました」
今日のセッションは彼らで終わりだったらしい。続けて酒をあおるニンゲンもいれば、店を出てゆく客もいる。
メイヤ君が席を立ち、カウンターに向かった。グラスに入ったビールを両手に戻ってきた。
「一杯くらいはいいですよね?」
「もう買ってきてしまったんだ。飲まなきゃもったいないだろう」
「えへへ。じゃあ、かんぱーい!」
メイヤ君とグラスをぶつけ合い、私はビールを一口すすった。
「それにしても、ミン刑事は何を言いたかったのでしょうか」豪快にグラスを傾けたメイヤ君の鼻の下には泡が付いている。「『こと』の解決にあたっては、この『バー』にヒントがあるとかおっしゃられていたように思いますけど、何もおかしなことはありませんでしたよね?」
「あえて妙なことを挙げるとするなら、小さな少年がピアノを弾いていたくらいのものだ」
「でも、それだけじゃあ、なんの情報にもならないですよ」
「まあね。その通りだ」
「ミン刑事ってば、警察のアーカイブを開けておいてくださるっておっしゃっていましたね」
「ああ。言えば通してもらえるだろう」
「じゃあ明日、署を訪ねてみましょう。ところでマオさん、もう一杯、いいですか?」
「ダメだ」
「えー、いけずぅ」
「何度も言うようだけれどね、メイヤ君。君はもう少し、自らのアルコールに対する耐性を知るべきだ。一人で飲み歩くようなことをしちゃいけないよ?」
「承知しています。マオさんの前でだから飲むんですよぅ」
「本当に、わかっているんだね?」
「モチのロンです」
「約束をやぶらないように」
「だから、わかっていますってば」




